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借金術師ケーリュ

 数日後、自室の窓に伝書鳩が止まっていたので慌てて開けると、一旦逃げてしまったのでヒヤリとしたが、すぐに戻ってきてほっとする。


 シェダルからの手紙には、魔術師ケーリュが会いたいと言っているので、一緒に冒険者ギルドに行ってくれないかと書かれていた。

 そこで都合の良い日を決めて直接ギルドまで馬車で向かう。


「殿下、シェダル嬢のご用件に同席されるのですか」

「ああ。あいつがどうしても紹介したいと言っているからな。…一人で行かせるのも危険だし、仕方がないだろう」


 あの時も同行して聞いていたのに何を今更、と言ってやると、アルケイデスは神妙な顔をして返してきた。


「いえ…確か殿下はシェダル嬢との婚約を嫌がっておいでだったかと」

「おれが嫌なのは、親が決めた婚約だよ。別にあいつ自体がどうこうじゃない」

「……それは、ご自身がシェダル嬢を気に入っておられると」

「!!」


 アルケイデスに指摘され、かあっと顔が熱くなった。だがこの感情が怒りなのか照れなのか判別がつかず、以降は拗ねたようにむっつりと黙り込んだ。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 冒険者ギルドに着くと、受付前にはシェダルとアンディーが待っていた。


「ごきげんよう、アトラス殿下」

「公式でない場所で『殿下』は止せ。騒がれるのは御免だ」

「そうですわね、アトラス様。ケーリュ殿は先に応接室でお待ち頂いてます」


 そのまま合流し、案内された部屋に入ると、そこには薄汚いローブを着た二十代半ばくらいの男が座っていた。


(こいつがケーリュか……シェダルと並んだら、下手すれば誘拐犯に見えそうだが)


 ケーリュはアトラスたちに気付くと、即座に立ち上がり礼をした。


「あなたが、ケーリュ=ケイオン殿ですね?」

「は…はい! この度は、その……」


 敬語に慣れないのか、もごもごと言葉を濁すケーリュだが、急にがばっと床に手を突くと、頭を擦り付け土下座した。


「恩に着る!! 俺だけじゃ、孤児院を救えなかった!」


 突然のこの行動に、呆気に取られる。シェダルを金蔓と見て利用するために近付いた可能性もあって警戒していたが、どうも話が見えない。


(孤児院……?)


 説明を求めるようにシェダルの方を見ると、彼女は頷いてケーリュを立たせる。


「ケーリュ殿は元々は魔の森に捨てられていた孤児でしたの。魔物に育てられた、あるいは契約したと判断された赤ん坊は洗礼を受けられず、亜人関連の孤児院に預けられると聞きます。後に高名な魔術師の弟子となり、冒険者としての経験を積んだケーリュ殿は、生まれ育った孤児院を守るため、所有権を買い取ろうとしたのはいいのですが、悪人に騙され、逆に多額の借金を背負う事になってしまったのです。担保にしていた杖も質に流され、借金取りから逃げるために今まで身を隠していた……そうですわよね?」


 ペラペラと澱みなく自分の経歴を暴かれ、ケーリュは仰天する。と同時に、警戒心を露わにしてシェダルから距離を取る。


「あんた…どこでそれを!? 調べたにせよ、俺がどこで拾われたかまでは辿れないはずだ!」

()()()からお聞きしましたの。それと私は魔術師ではないのですが……これだけは覚えましたのよ。その方から伝言を預かってますので、見て頂ければすべて分かります」


 そう言うとシェダルは、異国の言葉のような言語を喋り出した。違う、これは…呪文だ! 一瞬、大量の文字が空中に浮かび上がり、そして消えた。

 ケーリュは驚愕の表情は変えなかったものの、何故か頷く。


「そう言う事だったのか……! 事情は把握した。あんたには恩もあるし、ぜひとも協力させてくれ。()()()()、あんたを救ってみせるから」

「はい。改めて、よろしくお願いしますね」


 いきなり物分かりが良くなったケーリュに、すっかり置いてきぼりにされてしまったアトラス。今までは婚約破棄計画の共犯者として、少しずつ縮まっていたシェダルとの距離を、一足飛びで追い越されてしまった気分だ。


「おい、どう言う事だ。さっきの呪文は何だ? 『ある方』って誰なんだよ。ちゃんと分かるように説明しろ!」


 二人の間に割って入ると、王子の介入に萎縮したケーリュがシェダルの顔と見比べて戸惑っていたが、シェダルが助け船を出す。


「殿下、人は誰しも触れられたくない秘密を抱えているものですわ。私が殿下にそれを明かせば、ケーリュ殿の尊厳を踏み躙る事になりますが」

「それは、王子の…いや、同志のおれにも話せない事なのか? 悪いが隠し事をするような奴を信用する事はできん」


 シェダルから無言の責めを感じるが、アトラスとて引き下がる気はなかった。彼女はケーリュを仲間にしたいと言ったのだ。アルケイデスでさえ全貌は明かせないと言った以上、ケーリュが信用に値する男だと証明してもらわねば。


「殿下、私めはクエストで稼いだ報酬を元手に、孤児院を買い取れるだけ増やす方法があると吹き込まれ、賭博に手を出しました。あの孤児院は多くは亜人の血が混じった孤児が多いのですが、そこから奴隷商に引き取られ、サーカスや娼館…稼ぎと引き換えに尊厳を著しく損なう職場で働くかつての仲間にも、借金をしました。

シェダル嬢は私のそうした後ろ暗い過去を話す事で、殿下に軽蔑されないよう、配慮したのです」


 そう明かしたのは、ケーリュ本人だった。確かに十歳の王子に聞かせる話ではない。が、同じく十歳のシェダルは知っている訳で、自分だけ子供扱いされたのが面白くなかった。


「バカにするな、おれだって過去をどうこう言うつもりはない。それにもう、金の問題は解決しているのだろう?」

「ええ。孤児院の所有権は我がグラキオス公爵家が買い取り、設備や医療、教育環境を整えるつもりですわ。後に行う事業についても人手が要りますから、今回ご協力頂いた、ケーリュ殿の旧友方にも声をかけておきました」


 シェダルの抜かりなさに歯噛みする。確かにケーリュは紹介してもらったが、彼が抱える問題を事前に解決してしまった事は不満だ。もっともアトラスは本当の所、賭博や借金をするような男に吐き気を覚えていたのだが、それを見抜かれているとは死んでも認めたくなかった。

 これからの課題は、ケーリュが彼女への恩にどこまで報いられるかだ。


「なら良い、次だ。お前にケーリュの秘密を教えたのは誰だ? そいつもここに連れてこい」

「できません。あの方はもうこの世界のどこにもいないのです」

「……死んだって事か? ケーリュはそいつを知っているのか?」

「まあ…知っていると言えば、よく知っている…ような」

「いずれにせよ、二度と会えない事に変わりはありません。そしてあの方は、ケーリュ殿に力になってもらうよう、私に後を託したのです」


 歯切れの悪いケーリュに、抽象的な事しか言わないシェダル。イライラしつつも彼女が涙ぐんで俯いてしまったので、アトラスはそれ以上追及できなくなった。そのため、最初の質問には何も答えてもらっていない事に気付けなかった。



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