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そこまでしても

「依頼と言うのは、実は人探しをしていまして。

魔術師ケーリュと言う御方なのですが」


 シェダルが切り出すと、マスターは首を捻る。


「ケーリュさん? そりゃ知ってますよ、有名人だ。だがパーティーを組もうとお考えなら止した方がいい。あの人、借金取りに追われてる内に質に預けた家宝の杖を流されちまったんだ。関わったらあんたまで…」


 ゴトン。


 マスターの言葉は、シェダルがテーブルに置いた黄金の杖で途切れた。羽が付いていて二匹の蛇が巻き付いている凄いデザインだ。


「『カドゥケウス』でしたよね? あの方にお返し頂けますか」

「こ…これはっ! 御令嬢、あんたこれをどこで!?」

「ですから、質屋で買ったのですよ。正確には父に頼んだのですが…

ケーリュ様にはこうお伝え願えますか?

『この杖と引き換えに仲間になって下さい。そうすれば借金もチャラにしてあげます』と」


 アトラスはこのやり方には嫌悪感を覚える。父のグラキオス公は自分に甘いのだと、シェダルは言っていた。この杖や件の人物の借金がいくらかは知らないが、マスターの反応から見て相当の金額が使われているのが分かる。それを、金をちらつかせて言う事を聞かせるなど、厭らしい貴族そのものではないか。



「お前、家の金を使う気か!? 貴族の財産は領民の税であると…」


 ギルドを出てから次の目的地に向かう馬車の中、そう責めたのだが、シェダルは一切萎縮する事なく答える。


「存じ上げております。ですから後程、返さなくてはなりません」

「……何!?」

「父には将来的に何か一つ、事業を起こして返済すると約束しました。こっそり冒険者ギルドのクエストも受けて、足しにしようと思っていますが……これに関しては、内緒ですよ?」


 唇に人差し指を当てて、悪戯っぽく笑う仕種に、ドキッとする。慌てて咳払いで誤魔化すと、まだ腑に落ちない点を突いた。


「そ、それにしてもだ! その御仁を仲間に加えるために取り引きを持ち掛けるなど、小賢しいにも程がある。ここは善意で手を差し伸べ、相手が恩義を感じた上で…」

「殿下。私は今、命張ってるんです」


 若干苛立った声が、アトラスの言葉を遮った。シェダルはアトラスの方を見ていなかったが、まったく笑っていない。何だかよく分からないが、地雷を踏んでしまったらしい。


「城から一歩出れば、殿下がいつもご覧になられている優しくて綺麗な世界など、ハリボテだと嫌でも分かります。誰もが騙し合い、本音と建て前を使い分け、少しでも自分の得になるよう知略を巡らせる。弱肉強食の世界なんですよ。小賢しくて結構、気を許せば骨までしゃぶられます」


 こちらに向けた目を見て、悲鳴を上げそうになる口を押さえる。どんよりと濁ったその眼差しの奥に、地獄を見た気がした。どうやったらたった十歳の令嬢に、そんな目ができるのか。

 生意気に口答えされたにも関わらず、アトラスは彼女の瞳に見入ってしまった。


(こいつは本当に……あのシェダルなのか?)


 人形のように言いなりだった彼女。その婚約者である自分。窮屈で仕方ない生活をシェダルは「優しくて綺麗な世界」と言った。

 ならば…城下が地獄と言うのなら。


『そこまでして、婚約破棄なんてしなくていいんじゃないのか?』


「そこまでして、その魔術師を仲間にする必要あるのですか?」


 似たような問いかけをアルケイデスにされ、はっと我に返った。シェダルが婚約破棄のために動くのは、アトラスがそう望んだから。それを忘れてどの口で言えるのだろう。


「魔術師であれば、宮廷お抱えの者もいたはずです」

「残念ですが、こればかりは王家の力を借りる訳にはいかないのですよ。私用で協力して頂くので、冒険者ギルドでの契約がちょうどいいのです」


 私用と言うのは、国外逃亡の手助けの事だろう。学院入学後だから何年先の話をしているやらだ。


(しかし、魔術師か……魔法を使わなくてはならないほど、達成は難しいと見ているって事だな)


 ホーリーブライト王国における最上位魔法は、占星術。読んで字の如く占いなので、あてにならなそうだが、未来の予言はそれほどまでに重要視されているのだ。外れたとしてもそれは術師の腕が悪いのであって、星の動きに誤りはない、と捉えられる。そんな訳で、この国の神官は皆、占星術師と言えた。


 次に召喚術だ。これは王家に無断で召喚はできないので、召喚士とは宮廷お抱えである事が鉄則になる。魔王が復活するなど有事の際には異世界から救世主を召喚するが、それ以外は暇なのかと言えばそうでもなく、神託によって凶兆が出た時には大地の精霊(スピリット)を呼び出し、少しでも良い傾向に戻してもらうのだ。巫女(シャーマン)に近いと言える。


 魔術はさらに地位が落ち、宮廷魔術師はともかく冒険者ギルドで戦闘しているような輩は鼻つまみ者だ。だが回復魔法(ヒール)魔法薬(ポーション)など医療の及ばない治癒手段は重宝されるので、一概に不要とは言えない。それに山岳や森には魔物が出る事もあり、戦力はあるに越した事はないのだ。


 シェダルが仲間にしたがっているケーリュなる人物は、そんな偏屈な連中の中でもさらに甲斐性がないようだった。

 先程の彼女の台詞を思い出す。


『小賢しくて結構、気を許せば骨までしゃぶられます』


 シェダルはケーリュと渡り合う気でいるようだが、やはり心配だ。アトラスはケーリュが接触してきたら、必ず自分も呼ぶように約束させた。


「ええ、もちろん。殿下にもご紹介致しますわ」


 まるでもう仲間にしたような口振りで、シェダルはそう言った。



 その後は、シェダルの案内で様々な場所を回った。鍛冶屋では何と、先程の杖にそっくりのレプリカを作らせていたり(父親に強請った以上、ないと困るらしい)、喫茶店で庶民に人気のデザートを食べたりした。


「殿下にも恋人ができてお忍びデートをされる際には、おすすめですよ」

「……お前が勝手に決めるな」


 デザートは甘かったが、シェダルの言葉のせいでアトラスの胸には苦味が広がっていた。



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