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卑怯と言っていられない

 婚約した当日に婚約破棄計画が上がってから、二人の間に密約ができた。


 この計画を誰にも漏らしてはならない。(ただし協力者となる者は別)

 連絡は伝書鳩を通じて行い、直接会っての相談事は指定した場所でのみ行う。

 人前に出る時はお互い素っ気ない態度を取り、仲が悪いように見せかける。


 内容に関して不満はないものの、これをシェダルが一人で決めてしまったのが、アトラスには不満だった。

 例えば母やシェダルの父は論外として、協力者に乳兄弟アルケイデスを入れるのはどうかと提案したのだが。


「アルケイデス様は殿下に忠実な御方。ご協力頂けるのであれば心強いのですが、忠義が過ぎてこの計画に国家反逆の意思有りと見なされる可能性があります。そうなれば私は死んだふりどころか、その時点で処刑されるでしょうね。ですからあくまで、殿下が私を追い出したがっていると言う体でお話し下されば。

後は…第二王子のピュリアス殿下には全容を明かしても構いません」


 見てきたかのようにペラペラと乳兄弟をそう評するシェダルに薄気味悪さを覚える。決して貶している訳でもないが、信用もしていない。いや、それを言うならアトラスに対してもだが。まるで自分から消えてやるんだから黙って見ていろとでも言いたげだ。

 その癖、まだ五歳の弟の事は妙に信頼しているから意味が分からない。


「気に入らない…くそっ、あいつの思い通りになんてなってやるものか!」


 だがそうなると王妃の思惑通り、アトラスはシェダルと結婚しなくてはならない。身動きの取れない彼は、今はただ様子を見る事しかできずにいる。いっそ自分が国を捨てて逃げ出したかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 剣の稽古のため、訓練場に来たアトラスとアルケイデスは、騎士団長から紹介された新たなメンバーに唖然とする。


「護身のため、剣術を嗜みたいとの事です」

「よろしくお願いします」


 革の胸当てを着け、長い髪をポニーテールにしたシェダルが彼等に向け頭を下げる。勇ましい格好も華奢な体躯のせいでただただ可愛らしいだけだが…笑えない。


「ちょっと待て、貴族の女が何で剣なんて持つんだよ!?」

「言いませんでしたか? 私は婚約破棄の後、身分を捨て冒険者になるのです。腕に覚えがなければ生きていけませんよ」


 周りに聞こえないよう、ぼそぼそと声を落として会話していると、アルケイデスがバカにした目でシェダルを見下ろしてきた。


「将来お妃になろうと言う御方が、衛兵を信用できぬとは……それとも、グラキオス公の従者はそんなにも頼りないのか。剣術は婦女子のお遊びではない」

「あら、いざと言う時()()()命を守って頂けるのかしら? 少なくとも今の貴方は、私に対して何か思う所があるようだけれど」

「っ、私を愚弄するか!」


 アルケイデスが柄に手をかける。伯爵家の次男でシェダルよりも身分は下だが、乳兄弟なだけあってアトラスは手足として側に置いている。アルケイデスがシェダルを嫌いなのは、即ちアトラスがシェダルを嫌いである事の表れだった。


「まあまあ待てって、お嬢様も。本当にじゃじゃ馬だなまったく……

それならアル、お前がシェダルお嬢様と手合わせしてやったらどうだい」

「!? 騎士団長、私に婦女子のお遊びに付き合えと?」

「いいわね、手加減は無用よ。お遊びかどうか、ご自分の腕で確かめてみたら」


 まったく怖がる様子を見せないシェダルに、アルケイデスの顔は真っ赤になった。アトラスもカチンときたが、横でそれ以上に憤慨されてはある程度冷静にもなる。


「後悔するなよ……顔に傷ができても自己責任でお願いしたい」

「まあ、それは困るわね。お嫁に行けなくなっちゃう」

「ほざけ!!」


 手合わせ開始の合図と共に、茶化されて激怒したアルケイデスが突っ込んでいった。アトラスたちより二歳も年上で既に剣の稽古を始めているアルケイデス。しかも男と女では力の差は歴然なのだが……驚いた事にシェダルは最小限の動きでそれをいなした。剣の動きを読み切っているようだ。

 気付いた彼は舌打ちするが、このまま激昂に任せても勝機はないと見て、隙を付いてシェダルの剣を弾き飛ばした。後は彼女に剣を突き付け…ようとした一瞬、腰を落としたシェダルに足払いをかけられ、倒れたところを圧し掛かられて首筋に小刀を当てられた。


「勝負あり、そこまで!」

「こ、こんなの卑怯だ!」


 二つも年下の少女にしてやられ、屈辱的な表情で睨み付けるアルケイデスだが、シェダルは小刀を仕舞いながら飄々と返す。


「そう、卑怯。ですから正々堂々、一対一の試合となれば、私に剣は向かないのでしょう。ただし暗殺者を差し向けられれば、そうも言っていられない」


 シェダルの呟きに、はっとなったアルケイデスは頭垂れる。命を狙われる事、それは何も王族だけの話ではない。誰かにとって不都合であると言うのは、存在するだけで恨みを買う。彼女が護身術を身に付けたいと願うのは、決してお遊び半分ではなかったのだ。


 僅か十歳でその境地に達している事に、アトラスは畏怖を覚えると共に、自分を顧みて情けなくなった。


(おれは、何をしている? 母上に反抗しているつもりでも、実際は悪くないシェダルに当たり散らしているだけ。彼女が婚約破棄に動いているのは、そもそもおれのためじゃないのか。そんなおれは……何をしてやれているのか)



「くそっ」


 アトラスは稽古のない日でも、素振りやアルケイデスとの手合わせで剣の腕を鍛えた。協力して欲しい、と言っておきながらこちらに心を開こうともしないシェダルに、いつか頼られるような男になるために。



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