殿下の事は同志と見なします
シェダルの計画によれば、こうだ。
王侯貴族しか通う事が許されぬ、彼等も入学する予定の王立聖ルミネル学院で、アトラスは平民と恋に落ちる…予定なのだそうだ。
即座に反論しようとしたがシェダル曰く、
「学園生活で婚約者以外と一時の恋に落ちるなど、よくある話ではありませんか。ましてや殿下は決められた婚姻に反発を覚えていらっしゃる……ならば、許されぬ関係ほど深みにはまる可能性が高いと踏んだまでです」
ちなみに平民と言っても、学院に通えるのは爵位を持つ者が家族と認めた者のみ。多くは貴族が愛人や使用人に産ませたり、養子として引き取られたケースであって、結局は彼女も貴族には違いないとの事。
しがらみとは無縁の飾らない人柄に惹かれていくアトラス。だが婚約者の務めとして、シェダルは口を出さない訳にはいかない。彼女(仮)にも度々辛く当たり、それがますます二人の恋を燃え上がらせる…らしい。
それを快く思わない王妃。ある時毒殺未遂事件が起こり、犯人は彼女(仮)と言う事になる。時期はこの国の行事の一つ、海神祭のあたりで、海の怪物への生贄として指名されるところを、アトラスが真犯人を突き出して代わりに生贄とし、見事彼女(仮)と結ばれると言う筋書きだ。
そして最後に怪物に食われるのが、他ならぬシェダルだと。
「認めないぞ!」
得意気に計画をぶち上げるシェダルに怒鳴り付けると、彼女は何が問題なのかときょとんとしている。それがますます腹立たしい。
「お前一人を犠牲にして、おれだけ幸せになんてなれるはずもないだろうが!」
「犠牲になるつもりはありません。食べられたふりをして国外に逃亡するのです。協力者も募りますし、行き当たりばったりで行動する訳ではありませんよ」
「だとしても! こんなシナリオ通りに上手く行くはずないじゃないか。大体、誰なんだよその平民の女って! お前が用意したやらせの相手を、おれが好きになるとでも!?」
アトラスを思い通りに動かすのが、親かシェダルかの違いだけだ。たかだか十歳の子供がどう足掻こうと大人の掌の上だと言うのに、どうしてこんなにも自信満々に出し抜けると思っているのか、アトラスには理解不能だった。
「なりますよ。殿下がその御心のままに行動すれば、必ず思惑通りに事は運びます。お相手については…どなたになるかは存じませんが、殿下が選ばれた方と言う事になりますね。少なくとも、私ではないのでしょう?」
「あっ、当たり前だ!」
お前のような操り人形…と続けようとして、口を噤む。
(こいつは、人形なんかじゃない。雁字搦めにされた運命から逃れようと、自分でその糸を断ち切ろうともがく戦士だ)
今のシェダルの目は、不思議とそんな印象を与えた。
「私も殿下の事は想い人や婚約者ではなく、同志と見なします。お互いの自由のため、共に戦い勝ち取りましょう」
不敵に微笑み、そう言って手を差し出したシェダルは、握手をしても既にどこか遠い場所に行ってしまったようで、何故かズキリと胸が痛んだ。
(おれとの結婚より…家を捨て国を捨て自由になりたいのか。お前がおれを縛り付けるんじゃなく、おれがお前を縛り付けていると言うのか)
彼が言い出しシェダルが承諾した婚約破棄計画は、アトラスの心に早くも煮え切らない想いを生み出していた。