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穏便かつ確実に婚約破棄を

「まず最初に前提として押さえておきたいのは二つ。余程の事がない限り、王妃様が殿下の婚約への介入から手を引く事はない。そして我が父グラキオス公がこの件に関し娘の反抗を許さないと言う事です」


 シェダルの十歳とは思えぬ切り出しに、しかしアトラスは気にする事もなく同調する。今はとにかく、あの逆らう事の許されぬ母に抵抗できるのであれば何にでも飛び付きたい気分だった。


「お前の父は娘に甘いと聞いているが」

「その通りです。今までも大抵の我儘は許されてきましたわ。それでも……今回の婚約に関してのみ、どうあっても押し通せませんでした。むしろ今まで甘い顔をしてきたのだから、婚約者ぐらい親の言う事を聞けと」

「何だそりゃ、自業自得じゃないか」

「面目ないです」


 責めるような口調にも、表情を変える事なく謝罪する。もっと詰ってやりたかったが、向こうは話を進めたそうなので先を促した。


「それで? 大事なのはその二つだと言うが、まだあるんじゃないのか。例えば、占いだ。星の動きによりおれたちが結婚しないと国が滅ぶと出たんだろう。母上や公爵がどう心変わりをしようと、これが覆らない限り…」

「いいえ、神官は王妃様のご意向に沿う発言をさせられているのです。実際は星の動きなど時期によって変わるし、そこに人や国の運命を見たところで、自分に都合の良い未来しか映りません。

正直に申し上げれば、占いなどさほど気にしなくとも、婚約破棄で国が滅ぶ事はございませんわ」


 あまりにも正直すぎる発言に、アトラスは仰天した。王子を前にして国家の要とも言える占星による神託を否定する事は、反逆罪に問われても仕方のない暴挙だった。とは言え、これはアトラスも薄々分かっていた事なのだが。


 しかし、シェダルは神殿の闇をどうやって知り得たのか。アトラスとの婚姻に乗り気なグラキオス公が娘に漏らすとも思えない。


「逆に言えば、王妃様と我が父さえ押さえれば、後の事は何とでもなると言う事です。私を殿下の婚約者にすれば彼らにとって不利益になる、と認識させれば」

「簡単に言うがな、余程の事がない限り無理だと自分で言ったではないか。今のように人前で占星神託の否定しても無駄だぞ。握り潰されて監禁の上、洗脳されるのがオチだ」


「いいえ、私の言う『余程』とはその程度の事ではありません。婚約破棄せざるを得ない大事とは、例えば……


王妃殺害未遂の容疑者になる、とかですね」


「な……っ!!」


 絶句。


 何でもない事のように物騒な計画を語る目の前の少女が、とてつもなく恐ろしい者に見えた。怯えているアトラスに気付いたのか、シェダルは手を振ってみせる。


「ああ、違いますよ。何も本当に殺そうとする訳じゃありませんわ。ただ何となく狙われている、と危機感を持たせ、疑いの目を私に向けさせるだけです。王家ならばそう言った話は以前からあるように伺っておりますが」

「あ、ああ確かに……」


 ほっと息を吐く。

 アトラスとて自分たちがろくに毒見もされずに食事をしたり、供も連れずに外出する事ができないのは知っている。今も離れた所で、自分とシェダルの護衛の者が立ってこちらを見ていた。まさか彼等の幼い主人たちが、婚約破棄を計画しているなど夢にも思わないだろう。


「だが、そうなってはお前もただでは済まないだろう? 公爵家から勘当もされるだろうし、良くて国外追放…最悪の場合処刑もあり得る。おれはそこまでしてお前との婚約を破棄しようとは思わない」


 そう、アトラスが嫌だったのは、母の言いなりに決められた人生を歩かされる事だった。そんな自分の我儘のために、婚約者として選ばれた少女を犠牲にしたくはない。


 けれどシェダルは静かに首を振る。


「いいえ、殿下。ここまでしないと、私たちは縛られた鎖から逃れる事はできませんわ。何より、殿下自身が婚約者である私を排除したいと思われるようになるでしょう」

「そんな事はない!」


 大声を出して否定するが、ほんの直前までシェダルの事は好きじゃない、婚約はしたくないと言い張っていたのを思い出し、無言になる。

 シェダルはそんなアトラスに、少しだけ悲しそうな笑みを見せた。


「殿下、私とて決められた婚姻であっても、国家のため王家のためならば受け入れましょう。ですが婚約者から愛を得られず、疎ましがられるのであれば、早い内に関係を別のものに置き換えた方が、お互いのためだと考えております」

「別の、関係…?」

「ええ、友情ですわ」


 シェダルは打って変わって、にっこり微笑んだ。


「我々は、穏便かつ確実に婚約破棄を実現するための同志なのです。そして殿下には本当に好きな相手と結ばれてほしいのです」

「そのためにお前一人を破滅させるなど……」

「もちろん、私も黙って殺されるわけではありません。恋の物語を彩る悪役として、舞台から降りるだけですわ」


「恋の物語の……悪役??」


 首を傾げて聞き返すと、悪戯っぽい眼差しを返される。

 その仕種に、思わずどきりとした。

 アトラスの不審な態度に構わず、シェダルはドレスの端を摘まみ上げておどけたように頭を垂れる。


「『星降る王国』にて咲くであろう美しき恋と、その影で散っていく一人の悪役令嬢の、物語――

共にその大舞台へと上がり、見事演じ切ってみせましょう」



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