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お前を好きなわけじゃない

「言っておくが、おれはお前との婚約を認めた訳じゃないからな!」


 初めて顔を合わせたその日、二人きりにされた庭園にて、ホーリーブライト王国の第一王子アトラスは、グラキオス公爵の娘シェダルに憎々しげにそう宣言した。


 通称「星降る王国」。

 その呼び名は単に他国よりも流星がよく見られると言う事ではなく、この国の文化において、星の動きは国事を左右するほど重視されている所から来ている。英雄や脅威の出現など、あらゆる吉兆が星占いによって決定されるのだ。


 今回のアトラスとシェダルの婚約についてもそうだ。この国の神官が、二人の結婚がなければ国家の危機が訪れるだろうと預言したのだ。アトラスにしてみれば、バカバカしい話だった。

 彼の母であるエイシア王妃が神殿を押さえ込んでいるのは知っている。どうせ自分に都合のいい相手を選んで、星がどうのこうのと言わせて王家を思い通りにしたいだけなのだろう。


 アトラスは親が勝手に決めたこの婚約にうんざりしていた。大体、自分はまだ十歳なのだ。将来的には国家のために政略結婚も考えなくてはならないのだろうが、まだ子供のアトラスに好きでもない相手を無理やり押し付ければ、今から仲良くしろと言われても反発心しか湧いてこない。

 グラキオス公爵に連れて来られた己の婚約者シェダルは、確かに美しかった。輝くばかりの金色の髪に、蒼い瞳にかかる長い睫毛。肌は透き通るように白いのに、頬だけが薄っすら薔薇を思わせる色に染まっている。見た目だけは、愛らしいと認めざるを得なかった。

 が、その瞳はアトラスを映さない。薄い唇をきゅっと結び、この婚約を嬉しいとも嫌だとも表情に現わさず、ひたすら彼の近くで待機している。


(これじゃ、ただの操り人形だ―――)


 母親が自分を縛るための道具に過ぎない。アトラスにとってシェダルは、そんな嫌悪すべき存在に映った。

 それが、冒頭の発言に繋がる。


「親が決めたからって、おれがお前を好きな訳じゃない。その辺勘違いして調子に乗られても困るから最初に言っておく」


 指を差されて、シェダルはぱちぱちと瞬きをする。自分が何を言われているのか、まだ理解していないのだろう。

 重ねて文句を言おうとした、その時。


「つまり殿下は、この婚約に乗り気ではないと。できれば破棄に持って行きたいと言う訳ですね?」


 突如、『操り人形』が口を開いた。ぼんやりしていると思っていたのが、割とはっきりした口調だった。不意打ちに仰け反ってしまったが、とりあえず肯定する。


「あ…ああ、そうだ。おれは自分の結婚相手ぐらい自分で選びたいんだ。もしくは、もっと大人になってから決めてもらいたい」

「ですが、私はあまりにも無力でございます。此度の婚約は王妃様たってのご要望。父もまたいたく乗り気であり、小娘の主張など一笑に付されるかと」


 言外に、嫌なら自分から断れと言われている。


 しかし、それを言うならアトラスとて同じだった。今日この日を迎えるまでに、散々王に訴えてきたのだ。けれど父は母に強く出られず、また神官が示した凶事の予兆に怯えてもいた。国が決めた結婚に難色を示したアトラスに王妃は激怒し、当日まで逃げ出さないよう彼を部屋に閉じ込めるという念の入れ様だった。

 だから婚約についてはもう諦めているのだが、それでもシェダルの方からも言い含めてもらいたい気持ちはあったのだ。無理やり婚約者にされた者同士の、共感を期待して。


 ところがシェダルは、反抗心の欠片すら見せず、粛々と己に与えられた役割を果たす気でいる。

 かと言ってアトラスの事が好きなのかと言えば、そうも思えない。婚約者と顔を合わせているというのに愛想の一つも見せず、単に義務としてそこに居るだけなのだ。アトラスにはそれが我慢ならなかった。


(こいつにちょっとでも期待した、おれがバカだった!)


 失望感にそう溜息を吐き、彼女を放置して庭を出て行こうとする。


「お待ち下さい」


 凛とした一声が、アトラスの足を止めた。

 振り向くとそこには、さっきとは雰囲気をがらりと変えたシェダルがいた。眉をつり上げ目を見開いていたが、怒っている訳ではないようだ。

 何かを、決意している。

 息を呑むアトラスを前に、シェダルは深呼吸すると口を開いた。


「もしも、殿下が本気で婚約破棄を望むなら……その実現は、容易ではありません。けれど私は、そこに至るまでの道筋を用意しております。殿下にご協力頂けるのであれば、『計画』をお耳に入れたいと存じますが」


 いかがです? と首を傾げられ、アトラスはぽかんと口を開けた。


(こいつは、一体誰だ? 本当に十歳の小娘なのか?)


 アトラスが背を向けるまで、彼女は間違いなく運命に流されるだけの操り人形だったはずだ。けれど今、そのきりりとした眼差しには強い意志が宿っていた。まるで、死地に向かう兵士のような―――


「いいだろう、お前の『計画』とやらを聞いてやる」


 気付けば、アトラスはそう頷いていた。



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