転
二つの死骸は畑の横の虹色溜まりに沈めた。
深さが足りずにかさばっていた部分は切り分ける必要があったので、討伐とはまた違った労力を要した。
その後しっかりと戸締りをして、リビングのソファで仮眠を取ることにした。ベッドは血まみれで使えたものではなかった。
疲労が溜まっていたのもあって、僕は横になるとすぐに眠りについた。
半覚醒のまどろみの中、お腹に妙な重みを感じる。
僕はゆっくり目を開くと、そこには可愛らしい少女の顔があった。
「だれ……?」
「勇者さま! おはようにゃん!」
少女は猫の耳と尻尾を生やしていた。
服装は黒い薄手のワンピース……というかネグリジェ? を装備している。絶妙に肌が透けて見えるのでえっちだなと僕は思った。
「えっちだな」
「いやーん」
しまった。うっかり声に出してしまった。
「ちょっとクロちゃんっ! 勇者さまにいつまでも乗っかってずるい……じゃなかった、失礼なんだわん!」
頭の上の方から別の声が聞こえてきたので視線を向けると、大きな胸の犬耳の少女が顔を真っ赤にしていた。
クロと呼ばれた猫少女とは対照的に、白いネグリジェを着ていて犬の尻尾を生やしている。
胸が大きい分、目のやり場に困る。
「おっぱいが大きい分、目の――」
「勇者さま、さっきから心の声、ダダ漏れにゃん……」
クロは自分の胸にぺたっと手を当てて寂しそうにしている。
犬耳少女はさらに顔を真っ赤にして端っこに移動してしまった。
「あ、なんか、ごめん」
「……好きで大きくなったんじゃ、ないわん」
「じゃあシロ、それちょーだいにゃん!」
「きゃー! なにするのクロちゃん」
呆然とする僕をおいて二人は騒ぎ始め、文字通り揉みくちゃになっている。
「なにごとなんだ……」
「ちょっと二人とも! 静かになさいな。タカヒロは大事な休息中なんだから」
遠くの方から女神が姿を現した。
「ああ女神さま。どこに行ってたの?」
「ご飯作ってたのよ。お腹すいたでしょ?」
料理できるのか。霊体的な存在とはいったい。
まあそれは置いておくとして、
「あの、あそこで揉み合ってる二人は?」
「クロとシロね。魔物に封印されていた妖精よ。あなたに感謝しているらしいけど、まあ基本的に自由な子達だから」
なるほど。とりあえずは仲間……なのかな。
「じゃあ皆でご飯にしようか。食べられる時に食べないと怖いからね」
僕たちは女神の料理したというカレーを食べた。
意外にも美味しくて、あっという間に鍋の中が空になってしまった。
「ふう〜。まんぷくですわん」
「シロは身体が大きい分たくさん食べたにゃん」
「なっ……クロちゃんと同じ分量だったわん!」
「おっぱいよこすにゃん!」
時計を見ると朝の6時を指している。
カーテンを少し開けて外を覗くと辺りは明るくなり、ウィスプも姿を消していた。
「さて、もう一眠りするかな」
日没まで長い。昼間は魔物の活動時間帯だから、今、外に出るわけにはいかない。
そして、カーテンを閉めようとした時に気付いた。一匹の魔物が玄関へ向かって歩いているのだ。
「こっちにくるわね」
「やるしかなさそうだ」
そのままやり過ごす事も出来るが、まだ討伐の初期段階だ。少しでも警戒されるようなことは避けたい。
上手いこと隠せたとは思うが、虹色溜まりに沈めた死骸が見つかったら最後、奴らは一気に警戒を強めるだろう。
「怖いにゃん……」
「なにか手伝えること、ありますわん?」
「いや、いい。君達は隠れてて」
危ないからというのもあるけど、何よりも彼女たちには戦うところを見せたくなかった。
平和の象徴というのだろうか。とにかく彼女たちを守る事が、僕の平穏を守ることに繋がる。そう直感した。
「正しい判断だと思うわ」
「わかりましたわん」
「ご無事でにゃん!」
二人が奥の部屋へと身を隠すとほぼ同時に玄関の扉がノックされた。
「オハヨウ ネボウカ? シンブン ダゾ」
一丁前に人の言葉を操っているが、誰が聞いても魔物の声に変わりはない。
扉の覗き穴から様子を伺うと、見ているだけで不快になるような、おぞましい顔がすぐそばにあった。
そして、ガチャガチャと扉のノブを回し始める。
「 カギ? ルスカ?」
僕は出来る限り身を低く構えて扉を解錠した。
「ナンダ イルノカ」
がちゃり、と扉が開いていく。
醜悪な顔があらわになり、すぐにでも突き刺したい衝動に駆られる。
だがまだだ。相手は気付いていない。もっと引きつけて――
「イナ……イ?」
扉が大きく開かれ、魔物が一歩踏み出してきた。
目と目が合う。僕は
殺意の塊を視線に込めた。
――今だ。
聖槍を突き上げると同時に全力で跳躍する。
相手が人語を喋ろうと一切の手加減はない。
「アッ……ガッ」
声を出せるはずもなかった。魔物の身体は宙に浮かび、その喉元には聖槍の四角い刃が食い込んでいるのだから。
「はあアアァッッ!!」
――獅子吼がひとつ、青空に響き渡る。
高く跳躍したあとは、重力にしたがって地に落ちるだけだ。
僕は突き上げていた聖槍をそのまま下向きに反転させて、槍先に全体重を委ねた。
これまでにないくらいの手応えが、槍から手、手から全身へと伝わった。
結果をみれば、たったのひと突き。
それだけで終わっていた。
魔物の首は、血を吹き出しながら軒先の外側へと勢いよく転がっていく。
「断罪の一撃をモノにしたわね!」
振り返ると、女神の背後からクロとシロが顔をのぞかせていた。
「あ……」
見られてしまった。
ああ、でも戦闘の興奮から我に帰るにはまだ少し時間がかかりそうだ。
僕は今、一体どんな顔をしているだろうか。
「笑ってるわよ?」
そりゃそうだ。こんなに気持ちの良い体験なんて滅多にない。
クロとシロはきっと、こんな僕を見て――
「すごい……すごい!」
――全力で抱きついてきた。
「ちょっ……平気なの?」
「勇者さまカッコいいですわん!」
「悪者をいっぱつでやっつけたにゃん!」
クロは頭をぐりぐりと僕の胸に押し付けてきて、シロは肩に乗りあげて、あげく頬をペロペロと舐め始める。
「ぬわーっ」
「ちょっと、私も混ぜなさい」
僕がバランスを崩すと同時に女神が覆いかぶさってくる。
「女神どくにゃん! クロが一番にゃん」
「いやよ。タカヒロは私のよ」
「ぺろぺろぺろぺろぺろ」
「シロ、完全にケダモノにゃん……」
「あっああっ! そこはだめえ」
結局、日が暮れるまで三人は僕を求め続けた。
もちろん、それはこれ以上ないくらいの至福のひと時で、僕は強く勇気付けられた。
今まで僕は、漠然と狩る為の狩をしていたけれど。
本当の戦う理由を見つけた気がした。