表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/4

 


 ぐぎゅるる。

 本日10回目の腹の虫が鳴いた。

 もう三日は何も食べてないんじゃないかと思う。

 最後に食べたのはなんだったか……もはや思い出す事すら難しい。


 ……なんて大袈裟な妄想をしながら母の帰りを待っているのが僕、タカヒロだ。

 ちなみに昨日の夕食は味噌汁とふりかけご飯。

 現在はちょうど正午を回った頃だから、本日の朝ごはんと昼ごはんを抜いたという事になる。

 食べ盛りの僕にとっては由々しき事態なのだ。



 ──タカヒロと母が二人で暮らすこの家は、山間の小さな田舎村の中にある。

 過疎化の進んだ村ではあるが、食料品店が無いわけではない。

 しかし、タカヒロ達は訳あって店を利用出来ずにいた。

 村の外から食料を調達するには、かなりの距離を移動しなければならず、日に数本のバスを乗り継ぐ必要がある。

 そして、タカヒロの母は前日に買い出しの為に外出したきり、家に戻ってきていなかった──



 どこかで物音がするたび、母が荷物を大量に抱えて帰ってくる事を予想しては打ち砕かれる。

 何故こんなにも帰りが遅いのか。

 もういくら考えても仕方がないので、僕は意識を外すためにネット小説を読むことにした。


 引き篭もりの主人公が生まれ変わり、伝説の勇者として悪党を退治していくファンタジー小説だ。

 平和のために戦い、まわりの人々に好かれて、認められて、たくさんの女の子に囲まれて……。

 何度読んでも楽しい、幸せなストーリー。

 もし、生まれ変わる事が出来るのなら、こんな風に――


 ぐぎゅるるるる。

 本日30回目の腹の虫が鳴る。

 うん。もうダメだ。わりと本気でお腹がすいた。

 転生するにしても前世が餓死なんてのはまっぴらごめんだ。


 家の中にはもう食べ物の気配が無かったので、少し離れたところにある蔵に向かうことにする。


 確か蔵の中には、超絶臭いニシンの缶詰とかが封印されていたはずだ。アレが役目を果たすのは、何でも食べられそうなこのタイミングしか考えられない。


 玄関の施錠をしっかり確認して、徒歩五十メートルの蔵に向かう。

 たったこれだけの外出でも心臓がどきどきする。

 僕は誰にも見つからないよう祈りながら、慎重に蔵へと進んだ。


 古ぼけた蔵は、ところどころが土埃や苔で汚れていて、人工物というよりも自然に出来上がった構造物を思わせる。


 そして、入り口に到着すると扉に違和感を覚えた。

 ――鍵がかかっていない。

 僕は妙な胸騒ぎを覚えて、一息に扉を開いた。


 むっとした埃っぽい臭いと、ほんの少しの嗅ぎなれた臭いと……あと、ひどく嫌な臭いが室内に充満していた。

 ニシンの臭いとも違う。もっと場違いな、生理的な嫌悪感をおぼえるような臭いだ。


 僕は慌てて、壁にある照明のスイッチをオンに切り替えた。


 部屋全体が明かりで照らされる。


 埃の被った古い箪笥(たんす)。ぐるぐる巻きに畳まれた布束。よく分からないモノ。(なた)(すき)などの農具。年季の入った柱時計。


 見たところ、蔵の中は以前と特に変わらないようだった。

 だというのに、どういうわけか動悸がおさまらない。


 本当に、いつもとおなじか?


 箪笥。これは母の着物などが入っている。

 布束。用途はよく分からない。

 よく分からないモノ。よく分からない。

 農具。父がいた頃は僕も作業を手伝っていた。

 古時計。まだ動いていて、現在は午後の四時を指している。


 ……()()()()()()()()()

 これは何なんだ?

 なんだがうまく視点が合わせられないというか、焦点がズレるというか……。


 僕はそれが何なのかしっかり確認するために近づこうとして――


 突然、全身から力が抜けて目の前が真っ暗になった。






「……もし」


 何だろう。だれかの声が聞こえる。


「もしもーし」


 気がつくと、女の人がこちらを覗き込んでいた。顔がくっつきそうなくらいの距離で。


「う、うわ! なんだ!?」

「よかった。まだ元気そうね」


 女の人はくすくすと笑い、すっと顔を引いて立ち上がった。

 光を受けて輝く金髪に、端正な顔立ちは笑顔でもなお上品な崩れ方をしている。真っ白なワンピースのような衣装は強く発光していて、それでも眩しさは感じなかった。

 なんというか、端的に言うとすごい人感が滲み出ている。


「さあ、立てるかしら?」


 すごい人の手を借りて立ち上がる。

 周りを見ると、真っ白な景色がどこまでも広がっていて……なんだか不思議な世界にいるようだ。

 まさかとは思うけど……。


「ここはどこ? あなたは?」

「あなたが住んでいた世界とは違う世界よ。そして私は女神様」


 なんてこった! 異世界転生ってやつだ。

 という事は……。


「あの、やっぱり僕、死んだんです……?」

「あら。話の早い子って好きよ。あなたはそうね……餓死したわ」

「ええー……」


 餓死で転生は嫌だっていったのに。


「あなたにはこれから、世界平和のために魔物と戦ってもらうわ」

「戦うって……僕、喧嘩もまともにしたことないよ?」


 ともあれ、きっとここは強力な能力を貰う重要な場面だ。上手く誘導できるなかな。


「前世でもへっぽこのいじめられっ子だったんだ! 引きこもりだったし、ご飯も一人で買いに行けないくらいで、何をするにもお母さんがいて――」


 一瞬、テレビ画面に流れる砂嵐のようなものが、びりっと視界全体を覆った。


「おわっ、なんだ?」

「レベル99とスキル【餓狼(グリード)】・【獅子吼(ラース)】をあげるわ。私が渡せる限りで最強で最高のプレゼント」


 女神はぱちっとウィンクをした。

 確かになんだか強そうな感じがする。でも気は抜けない。


「スキル名が微妙に不穏だし、レベル99は実はそこまで高くなかったり……」

「もう、信用ないわねー。ステータス画面を開いて見てみるといいわ」


 おお。アレがあるのか。それなら予習済みだ。


「ちなみに開き方は」

「ステータス・オープンッッ」

「念じるだけでいいわよ……」

「ええっ」



 名前:餓狼の勇者【タカヒロ】

 ・レベル99/∞

 ・筋力999/∞

 ・体力999/∞

 ・素早さ999/∞

 ・魔力999/∞

 スキル【餓狼(グリード)】:戦闘に飢えた闘争心が貪欲に成長を促進する。レベル及び各パラメータの上限が無くなる。元の上限値はレベル99及びパラメータ999。

 スキル【獅子吼(ラース)】:湧き上がる怒りをコントロールし、純粋な力として振るう事が出来る。攻撃に一切のためらいが無くなり、全ての攻撃が致命的な一撃(クリティカル)となる。




「どうかしら? 大罪スキル二つなんてすごいことなのよ」

「す、すごい……強そう」


 目の前に表れたステータスウィンドウを見ても、デメリットらしい記述は見当たらない。それどころか、これは完全にチートというやつなのでは。


「本当に強いのよ。まだ心配? そうねぇ……最後に武器を選んでいくといいわ」


 女神がパチンと指を鳴らすと、二つの武器が現れた。


「剣と……槍?」

「ええそうよ。ノーグウェポンといって、先代の勇者もこれを使っていたわ」


 かなり年季が入っているけど、どちらも頑丈な作りだ。

 剣は分厚い刄がついていて、槍と比べると全体的にかなり短い。持ち手が広く作られているので両手で振り回す事ができそうだ。

 槍は長い棒の先端に四角い鉄の刄がついていて、もう一方は握りやすいように、三角形のグリップになっている。


「じゃあ槍をもらうよ」


 僕は即答した。


「あら、どうして? 剣の方が勇者っぽくないかしら?」

「剣道三倍段というのがあってね。素手で剣を持った人と戦うには三倍の腕前が必要、というやつなんだ。色々な要素があるんだけど、リーチの差が一番大きいといわれてるよ」

「まあ、博識。そのノーグウェポンは【スペード】といって、先代勇者が一番使い込んでいた武器なのよ。一目で強い武器が分かるなんて、さすがは私の見込んだ転生者ね!」


 絶賛する女神。僕の世界ではわりと常識なんだけど……。


「さあ勇者タカヒロ、行きなさい。その扉を出れば魔物がうろつく危険な世界が待っているわ。でも大丈夫、あなたは最強なのだから」


 女神が指をさした方向に真っ赤な扉が現れた。


「うん。いってきます」


 時刻は0時。魔物達も眠る深夜帯。

 僕は湧き上がる妙な高揚感に戸惑いを覚えながらも、その扉に手をかけた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ