八話、何も知らない
裏方 日陰は仕事としてずっとSBに関わってきた、陽の国出身とはいえ知識を増やすためにいろんな国をだいたい一年の周期で周る時期もあった。
このだいたい一年、というのが年に一回各国の支部から中央本部に新人の登録、死亡者リストの提出、などで数人の団員が固まって動くのに便乗していたからだ。
それなりの腕とそれなりの運があれば、普段からSBが巡回し、遺跡から出てきた魔物を討伐している壁の外を国から国へ渡り歩けるだろうが、一人では安心して眠れないのだからそんな事をするバカはいない。
そして裏方の内心はそれ以上のバカを見たような気持ちになっていた。
「どう考えても狂気の沙汰でしょ〜」
緋色、鳴、真中は素晴らしく安定した魔法使いらしい魔法水晶の選び方だ、問題は統也だ。明らかに魔法使いとしての戦い方のセオリーから外れている、そして何より
「これ、早死にしますって〜」
先程から何も言わないが近くに立っているミルンに対して裏方は統也の出した資料をひらひらさせる。
「ああ、本人にも、他の三人にも確認を取った、それで作ってやってくれ」
「ただでさえ魔力が少ないのにこれじゃ……いや魔力が少ないからこそか〜、相手が人間なら確かに効果的ですけど、魔物が相手だと簡単に死んでもおかしくないですよ〜?わからないって事はないですよね〜?」
「体格差、周りに毒を撒き散らすなりで近づく事が死因になる魔物、そういうのを相手にするには危険過ぎる、その上でそうすると決めたんだとさ」
「説得とかできませんか〜?結局生き残らないと意味ないんですよ〜?この仕事」
ミルンだって、いや現場に出ていたミルンの方がよくわかっている、その上で説得などできないと思ったのだ。
「あたし達はさ、勘違い……いや、ナメていたのさ」
苦い物を舌に乗せたように顔を歪め、搾り出すようにミルンは自分たちの過ちを語る。
「礼子先輩が死んだ事、他の三人は知らないが統也だけは知っていたよ。あの子は子どもにしてはしっかりしている、だから真面目な子だと私たちは疑いもしなかった」
「不真面目って事ですか?」
「んぁー、言い方が悪かったね、真面目は真面目なんだ、ただ私たちに見せている一面、礼子さんが居なくなって他の三人の面倒を見るという状況、それが余裕を無くしてる、礼子先輩と居る時はもっと口が悪かったり、それこそ殴り合ったりもしてたそうだよ」
信じられない、ミルンが最初に聞いた時はそんな思いだった。
だが、思い起こせばそんな様子は見て取れたのだ。たまに口調からはボロが出ていた、それは子どもだからだと思っていた。
最初から近接戦に持ち込んでいた、それは彼にとって近接戦が慣れ親しんだものだから。
それでいて態度は丁寧だった、それはいい子だからというよりもまだ信頼しきれていないから。
今までどれだけ仕事を任されていたと言っても、安心できる要因としてあった信頼できる大人が彼にはもう無いのだ、他の三人は礼子の死を知らない。
体調が悪くなったから病院で治す、そうしたらお金が足りなくなるから四人の今後の生活をなんとかする手立てを考える。という礼子の嘘を信じている。
「どんな思いで、どれだけの重圧を持ってあの子が生活してるのかは知らないけどね、私はもう統也をただの子どもとしては見ていないよ。あの子がこれでいいと言ったんならそれを信じてやるさ」
「わかりました〜、私の中でも統也君のことは子どもですけど、一人格として尊重するようにします〜」
これが正しいかどうかはわからない、ただこの業界で生きていくのに子どものままでいられないのは確かなのだ。10歳の少年には更なる重荷になるかもしれないがそれでもなお、危険な戦法をとってなおも生きるためには子どもでいてはならないのだから。
せめて他の三人にとっては自分が心の底から信頼できる大人になれればいいのだが、その役目はきっともうすでに統也が担っているのだろう。
「世界ってのは……優しくないねぇ……」
暗くなりすぎた空気を無理矢理にでも入れ替えようと深呼吸をしてから日陰は努めて明るく話す。
「今更嘆いても仕方ありませんよ〜、こんな死と隣り合わせの職種をしてるなら特に〜」
「違いないねぇ!だったらせめて全員生き残れる程度には鍛えてやらないと!」
「そうですよ〜!激戦区って言われる陽の国支部、その中でも屈指の実力者、『鉄塊の魔人』のミルンさんにかかればみんなが魔人になるのもちょちょいのちょいでしょ〜!」
「はっはっは!心配しなくても生きてりゃそのうち魔人にしてやるさ!生きていればね!」