三話、訓練生の平和な生活
「今日も疲れたー!」
「ボクも動けないー」
「……無理」
緋色、鳴、真中がへたり込む、自分の訓練で疲れ切ったのだ。
一人、統也だけは立って体を動かしている。ミルンの訓練は基礎を固める事と個人の資質を伸ばす事、それぞれの時間をとってあるのだが、それによって訓練終了時間に少し差が出る。
魔力の少ない統也、大量に放出する鳴はすぐに魔力が切れる。
魔力を固めることに特化した緋色はお題の通りに魔力を形作るため二人よりは長く持つ。
そして複雑な操作を行う真中は集中力を長持ちさせるため少しの魔力を動かす、それを何セットも行うので時間がかかる。
そして魔力が切れた後には戦う上で必要な動作のため体を動かすのだが、統也はそれが長かった。走り込みから簡単な打撃を数種類をひたすら繰り返す、体力づくりを主にしたため途轍もなく長くなったのだ。
「それで最後のセットだ!気張ってやりな!」
ミルンの激励に対し、もはや返事もできないほど疲れ切った統也が少しだけ動きにキレを取り戻し最終セットをやり終える。
「明日も訓練なんだ、しっかり休みな!ご飯もしっかり食べるんだよ!」
四人に厳しく言いつけてミルンはトレーニングルームから出ていった。
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この世界は平和だ。
魔法による資源の生成、飛行型の魔物への対策で発展した建造技術は風雨にも強い。
生活基盤は魔法使いでなくとも不便なく生活できるように整備するため科学も発展している。
だが科学でも魔法でもどうにもならない事もある、それが知識だ。
「緋色、気持ちだけで嬉しいから、な?泣くなって」
「でも……みんな疲れてるから私がご飯作ってあげたかったのにぃ……」
緋色が焼いた肉は焦げてしまっている、安全のためにしっかり火を通そうとしたのだが火加減が下手な上に肉を返すことを知らなかったため起きた悲劇だ。
「料理なら俺と真中でやるから、覚えたかったら見といてくれ、なんなら一緒にやるか?」
「鳴がお腹空かしてるはずだから大人しく見てる……」
孤児院にいた時は分担して家事をしていたが、統也ともう一人という形での分担で、それを礼子がしっかりできているか確認したり、うまくいかない時はアドバイスをしていた。
統也が全てやらされていた理由は男であることと、器用だから。
帰ってきてすぐに、汗を流すために風呂に入ったのはよかったのだが疲れきったあとのお風呂上がりはやる気がでないもので、統也も真中も動けなかった。しかし緋色に気を使わせて動かないわけにもいかないと統也はご飯を作り始め、統也に呼ばれた真中もこればかりは素直に動く。
ついでに折角だからと緋色にも大根おろしを作ってもらうなどしてできたご飯はいつも通りの四人の口に合う味だ。
「ぷはー!ご飯も食べてお腹いっぱいだしボクもう寝ちゃいそう……」
言っているそばから眠りそうな鳴を緋色が抱き起す。
「鳴、歯磨き忘れてるよー」
そう言ってそのまま緋色は鳴を引きずっていく。
「私も……限界……なんだけど……統也連れてって」
そう言って真中は床に仰向けに寝そべる。
「ちょ、せめてもうちょっと立ち上がる努力をしてくれ!」
「ふにゃふ……ふにゃにゃにゃ」
あまりの眠さにもはやまともに会話もできなくなった真中になんとか歯磨きをさせてから、同じように鳴に歯磨きをしてもらうために精一杯頑張った緋色とハイタッチを交わしてから統也は眠りについた。
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この世界は平和だ。
そう見えている、だが『SB』という組織の仕事は無くならない。
陽の国を含む全ての国は外壁に囲まれていて、その外には魔物がいる。
外壁の内に留まるだけで生活できるのならどんなに良いのだろうか、しかし戦いは避けられない。
魔物は、魔力を持つ生き物の力の源、魂核を食らうことで魔力を強くする。いずれは外壁を壊すほどの魔物にも成長するだろう、その前に狩らなくてはならない。
遺跡内の神器が悪人に渡ればどんな被害が現れるのだろう。
そして、今日の食べ物にすら困る者がいないわけではなく、小さな犯罪が起こらない訳では無い。
表面化していない問題は見えず、大多数の人にとっては間違いなく、当たり前のように享受している空は青く、世界は平和だ。
無知であるほど、世界は平和に見える。
「あぁ……動けないと余計な事しか考えられないのは本当によくねぇなぁ」
SB所属の男は自分の魂核を魔物が食べることで強くならないよう、魔物を巻き込み自爆した。
後には何も残らない、彼を追い詰めた魔物も、外壁の外では電波が届かないので彼がどこで息絶えたか知られる事はない。
一人の失踪者が出ても明日も無知な世界は平和だ。