閑話2 1992年11月15日(勇者召喚)
「こ、ここは何処だ⁉教室に居たはずだったのに!」
目が覚めると、浅間翔は見慣れない場所にいた。まるでヨーロッパの城の中のようなきらびやかなその空間に、思わず息を飲む。そして、周りには何人もの兵士やメイドと思われる人が立っている。周りにも幼馴染の結月和葉を含めて6人の人が居て、全員がこの状況を理解出来ていないように見える。僕も、この状況は理解出来ていないから周りを見ている訳だが、恐らくこの状況を説明出来るのは自分達の目の前、一際立派な椅子に座っている男だけだろう。
「勇者様、よくぞおいで下さいました。ようこそ、トルレアへ。」
男は近くにいた白くきらびやかな装飾の服を着た人物に何かを告げたあと、椅子から立ち上がってそう言った。男は30歳くらいに見えるが、その全身から放たれている覇気は、明らかに一般人のそれとは違う事が分かる。
「あ、あなたは誰なんですか?」
俺の右側に居た若干太り気味に見える男が問いかける。
「これは失礼。儂はアルタラン王国の国王、アルディ・ニリア・アルタランである。勇者様の教育係を受け持っている。」
ああ、ここは異世界だ。何故だか分からないが、そんなふうに思える。俺と和葉はさっきまで学校に居たのに、今いるのはヨーロッパの城の様な空間。それに、当たり前のように飛んでくる勇者という単語。勿論、すべて嘘という事もあり得るが、とてもそうには思えない。
「勇者様、詳しい話は場所を変えましょう。実は怪しい奴が忍び込んでいたようで、ここも安全とは言えませんから。部屋を用意しているので、儂についてきて下さい。」
国王はそう言うと、一段高くなっている所を降りて、こちらにやってくる。
「では、こちらに。」
メイドによって、俺達の後ろにある巨大な扉が開けられる。俺達は国王について、部屋を出るのだった。
「翔くん。私達どうなるんだろう。」
扉を出た先、これまたきらびやかなな廊下を歩いているとき、和葉が不安そうな声で話しかけてきた。確かに、これからどうなるのかも分からない。他の人達は悪い人には見えないけど、それも思い込みかもしれない。でも、来てしまった以上、ここで生きなくてはいけないんだ。
「大丈夫。和葉は俺が守るよ。」
学校でならまず言わないであろう言葉。でも、その時は自然に溢れていた。
俺達は国王に案内され、旅館の大広間を二つ合わせたくらいの部屋に通された。これまた豪華な装飾で、中央には長いテーブルがおかれ、部屋の隅にはメイドが控えている。
「では、改めて自己紹介と、勇者様を呼んだ目的についての話をしようと思います。何も知らないと言うのは良くないですからね。」
王はそう言って、俺たちを席につかせる。確かに、何も知らないというのは良くないな。他の人達の事も知らなきゃいけないし。俺達が呼ばれたのは魔王討伐とかそんな感じだろうけど、ほんとにそんな事が出来るのかも分からない。すると、部屋の外から何人かの人達が入ってきた。彼らの紹介もするのだろう。彼らはテーブルの一番端、王から一番遠い場所に座った。この人達全員の話があるのか。これは長くなりそうだ。
「では儂から。儂はアルタラン王国、アルディ・ニリア・アルタランと言う者です。教皇様より、勇者様の教育係を仰せつかっています。」
なるほど、教皇様というのが気になるが、多分宗教の偉い人だろう。ローマ法王みたいなものだろうか。
次に話を始めたのは、後から入って来た人達の中で、一番王に近い位置にいる女性だ。見た目は俺達と同じくらいの年齢に見える。赤色の髪を短く切り、動きやすそうな白い服を着ているが、胸の部分だけ金属製の防具を付けている。
「私はアディー・コルテア!アルタラン王国第一勇者支援隊の隊長です!宜しくね!」
明るい。というかすこしフランクすぎじゃないか?和葉もかなり明るい方だと思うが、それとはまた違った明るさだ。まぁ、このくらい明るい方がこっちも安心できる。
その後も十人程紹介があったが、貴族とか軍隊の人達だった。もっと貴族とかの紹介が多いと思っていたけど、この国は軍隊に重きが置かれているらしい。ただ、俺達が普段関わるのはさっきの勇者支援隊なる組織くらいな様なので、ここでは省略する。まぁ、名前を直ぐに覚えられなさそうってのもあるんだけどね。
アルタラン王国側の紹介が一通り終わり、今度は自分達の番になった。まずは、一番王に近い所に座っている、あの小太りの男だ。スーツを着ていて、その見た目はサラリーマンに見える。
「ええと、僕の名前は矢部裕和です。ええと、名前だけでも宜しいですか?」
すこしオドオドとした様子で国王に訊く。
「ああ、問題ない。次に行ってくれ。」
国王はそう言って矢部を座らせる。
「林堂一樹です。宜しくお願いします。」
次に話し始めたのは、先程とは対象的に、ガッチリとした体つきの男だ。何かの店で働いていたのだろう。八百屋や魚屋で見るような前掛けをしている。かなり鋭い目をしていて、国王といい勝負なんじゃないかと思えてくる。
「長部光…………。宜しく。」
次に話したのは、小柄な女の子だ。制服を着ているが、俺は見たことのない制服だった。恐らく、かなり離れた地域に住んでいたのだろう。しかし、他の人達は大人に見えるが、この子の見た目はまるで子供だ。だが、心ここにあらずというか、妙に落ち着いている。
次は、和葉と俺の番になった。
「結月和葉です。よ、宜しくお願いします!」
まあ、和葉はいつもと同じだな。
「浅間翔です。宜しくお願いします。」
俺も軽く挨拶をする。さて、次の人の番になった訳だが……、これはなかなかだかな。
「津久井優吾だ。」
「安藤美希でーす。」
ヤンキーとギャルの二人セット。俺が一番苦手なタイプの人間だ。俺はいじめられたりしていた訳ではないが、こういうタイプの人間が何をするかは嫌というほど見てきたから、絶対に関わりたくない。
自己紹介が終わり、国王が勇者様に魔族を倒して欲しいというテンプレなお願いをした。大人達は若干考えていたが、人々を救う為として全員が了承した。やはり、こういう時に断れない人間が集められたのかもしれない。
全員が了承した所でいきなり扉が開けられ、白い服を着た男が飛び込んできた。
「国王様!大変です!」
その男は入ってくるなり、大声で叫んだ。
「なにがあった⁉まさか、あの怪しい奴を取り逃したのか?」
「はっ、申し訳ありません。しかし、相手は魔族です。奴は魔王の側近と言い残して逃げてしまいましたが、まだ近くにいるはずです。至急、軍を派遣する事を提案します。」
男が急いだ様子で提案する。
「よし、分かった。直ぐに出発の準備を進めてくれ!陸軍は王都周辺を徹底的に捜索。竜騎士隊は一定間隔を開けて空から魔族を探してくれ。海軍は装備を整えてアルティニアに向かってくれ!あそこの植民地は魔族領だ。魔王が何をしてくるか分からないぞ!それとアディー。お前は魔族の痕跡が見つかった場合、直ぐにそこに向かってくれ。軍よりも素早い行動が出来るからな。では、全員直ぐに準備をしてくれ!」
「「「了解!」」」
王は素早く判断し、指示を飛ばす。流石、一国の国王と言うだけあるな。この場にいた軍の関係者達は部屋を出ていった。
「さて、あなた達はどうするのですか?」
王が、先程部屋に入って来た男に問いかける。
「はい、私達は一旦本国に帰ります。もともとの予定というのも有りますが、本国に軍の派遣を要請しようと思います。連絡役にラティアとマテスを残すので、勇者様の護衛にでも着かせて下さい。」
ラティアとかマテスとか、まだ見た事のない人達だ。ただ、恐らく俺達が召喚された時にいた人達だろうな。その後は、魔法やらこの世界の説明という事になっていたが、それは後日と言う事になった。こんな感じで、俺達の異世界での生活が始まったのである。