閑話1 1992年11月14日(アルタラン城にて)
かつて、この世界は混沌に満ちていました。人々は互いを憎み、殺し合っていました。争いは永遠に続くかに思われました。しかし、偉大な神々は、争いばかりを続ける人間に呆れ、人間に変わって、美しく清らかな世界を作ることにしました。神様は、人々にスキルとステータスプレートを与え、すべての人が魔法を使って、幸せに暮らせるようにしました。こうして、世界は平和になったのです。
〜ニリア教聖書より〜
アルタラン王国。アルミア大陸西方部、第三文明圏の端に位置するこの国は、西はシルトゥ山脈を挟んで魔族領が、東には神聖アルティニア教皇国を始めとする、第三文明圏主要国家が位置する。その国の王都、西部に位置するティラ・カトイにて、歴史的な儀式が行われようとしていた。
「アルディ様、アルティニアから召喚術師の方々が到着されました。」
王の間の最奥にて、豪華絢爛な椅子に座るアルタラン国王、アルディ・ニリア・アルタランに、宰相が報告する。
「そうか、長旅で疲れも有るだろう。まずは食事を出してくれ。それが終わったら、儂がそちらに行こう。」
王が他国の使者に挨拶に行く。事実上、相手国の方が格上だと認めているが、第三文明圏では神聖アルティニア教皇国が絶対な為、宰相もそれを気にする事無く、「分かりました。」と言って、部屋を出ていった。
「勇者召喚か。これで、魔王を討伐出来れば良いのだが……。」
誰も居なくなった王の間で、王はそう呟くのだった。
ーーーーーー
「おお!これがあの有名なティラ・カトイですか!この堅牢な造り、なんと美しい事か!」
隣を歩いていたラティアが興奮して私に話しかける。私とラティアは、後にいるアルティニアの召喚術師達がティラ・カトイに到着した事を伝えるため、先行して街の城門まで来ていた。
「マテス殿!是非ともこの都市を詳細に記録して頂きたい!」
そう言われても、私は書記ではあるが、都市の様子を事細かに記録する仕事ではないのだが。
「ラティア殿、それは私の仕事ではありませんよ。それに、記録に残した事がバレると、この国の民に不安を与えかねません。例えば、魔族の大規模侵攻など。」
他国の都市を無断で調査しよう物なら最悪戦争になりかねない。アルティニア相手に事を起こす者は居ないだろうが、それでも不満は出る。ラティアもそれは分かっているはずだが、都市マニアな彼にとって、それは些細なことなのだろう。
「ふむ、マテス殿がそこまで言うのなら、今回は辞めておきましょう。」
きちんと分かってくれる所がラティアのいい所だと思う。同期だから気兼ねなく話も出来るし、彼にはいつも助けられている。
城門の前には商人などの人々が長蛇の列となっていた。本来なら並ばなくても優先して通して貰うこともできるが、ラティアがじっくり見たいと言った為、こうして並んでいたのだった。本隊ははるか後方にいるため、ずっと並んでいても問題は無さそうだった。
「次!ここに来た目的と身分が分かるものを見せろ!」
私達の番になると、先程までと同じように、兵士が大声で要求してきた。本来なら有ってはならない事だが、今の私達は召喚術師の格好をしていないから、まぁ仕方ない。それに、辺境ともなると同等と賄賂を要求する事もあるから、この対応は流石王都と言ったところだ。
「我々は、神聖アルティニア教皇国魔法研究庁所属の召喚術師である!我々はこの地で勇者召喚を行う為にやって来た。この後一時間程で本隊が到着する。この紙の通り、我々は教皇様から全権を委任されている。至急、用意をするように!」
私は、声を目一杯張り上げて、教皇様のサインが入った紙を見せる。恐らく事前に指導されていたのだろう。魔法研究庁と言った時点で、その場にいた兵士全員が深く頭を下げた。この機関の知名度は低いから、よほどの物好きでない限り、兵士が名前を覚えることはない。
ラティアは本隊に戻って状況を伝えるので、その間は私がこの場を取り仕切る事になった。この日に備えて、殆どの準備は出来ていたようで、私の仕事は城への連絡と周辺の警備を命じるだけで済んだ。後に並んでいた商人達には悪いが、別の城門に並び直して貰ったので、今は城門前はとてもすっきりしている。
そうこうしているうちに、本隊の馬車が見えてきた。私は、兵士に門を開けるよう指示してから、馬車まで走って行った。私も召喚術師の一員なので、街に入るのは同じタイミングの方がいい。私は、ラティアの乗る一番後の馬車に乗り込み、肩の力を抜いた。
「お疲れ様です。マテス殿。」
「ありがとう。それにしても疲れたよ。やはり人に指示を出すのは慣れないね。まぁ、兵の質が良かったから、作業は早く終わったよ。流石はアルタラン王国だ。」
この馬車には私とラティアしか乗っていないので、気楽に過ごすことが出来る。そして、馬車は城門を抜け、ティラ・カトイの市街地に入る。
ティラ・カトイは東部に広がる平野と、シルトゥ山脈の麓から広がるリーネイ大森林の境に位置する、小高い丘の上に作られている。街の周囲を囲む城壁を潜ると、道は真っ直ぐに中央のアルタラン城に向かって伸びている。その周りには、リーネイ大森林の木材を使った木組みの建物が所狭しと並んでいて、その間を人々がひっきりなしに動いている。
私達が門を潜った先では、城までの道の両脇に兵士が並び、その後ろから住民達がこちらの様子を見物していた。馬車は少しゆっくりと進む。私達が顔を覗かせたりする訳ではないが、馬車の豪華さを人々に見せつけているのだ。
馬車が城に着くと、まず私達は大広間に通され、食事を出された。長旅で疲れた私達へアルタラン国王から贈られた物という事らしい。この辺りで有名な、鳥の丸焼きやベリーを使った甘味が出された。どれも美味しく、とても満足した。
食事が終わると、アルタラン国王が挨拶に来て、隊長と話をしていたが、おそらく社交辞令としての当たり障りのない話をしていたのだろう。それよりも、この時私は、明日の勇者召喚に、漠然とした不安を抱いていた。根拠は無いが、妙に不安が付き纏うため、その日は早くに寝てしまった。
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「おはようございます、マテス殿。」
朝起きると、相変わらず早起きのラティアが召喚術師の制服に着替え終わった所だった。昨日の様な不安は無くなっていたので、素早く着替えを終わらせ、ラティアと軽く朝食を食べたあと、王の待つ『召喚の間』に向かう。
「いよいよですな、マテス殿。」
ラティアが興奮して話す。
「ええ、そうですね。勇者召喚という、歴史的な瞬間に立ち会えるのですから。」
「それにしてもマテス殿、勇者とはいったいどのような方なのでしょうか。」
「過去の文献によれば、召喚された勇者は高い魔法適正と、正義感に溢れていたとされているな。」
「うーむ……。よくわかりませんな……。」
ラティアが首を傾げながら、「よく分からない」と言って歩いているうちに、私達は召喚の間に到着した。召喚の間の奥にはアルタラン国王が座り、その前の魔法陣を私達召喚術師が取り囲むみ、周りには王国軍の兵士が待機している。今回召喚される勇者の管理はアルタラン国王が担っているので、この場では一時的に国王の方が立場が上になっている。
「では、召喚を始めてくれ。」
国王は掛け声とともに固有スキル『勇者召喚』を発動し、魔法陣と接続させる。それと同時に私達も手に持った杖を魔法陣に向け、魔力を注ぎ込む。すると、魔法陣が起動して青い光を放ちながら回転を始めた。国王の固有スキル『勇者召喚』は、文字通り勇者を召喚する為の物だが、その反動で所有者が死んでしまうという恐ろしい物になっている。その発動を助け、負担を肩代わりするのが我々の役目だが、実際には殆の作業を我々が行い、王の役目はスキルの起動だけになっている。だが、今回は何かがおかしかった。
(どういう事だ。魔力の消費が異常すぎる。まるで底無しの井戸に魔力を注いでいるみたいだ。今は十人以上が魔力を注いでいるのに、これだけ魔力が吸われると言うことは、強力な勇者が召喚できるのか?)
魔力切れで気を失いそうになりながらも、なんとか魔力を注ぎ続ける。そして、魔法陣が大きく発光し、部屋を包みこんだ。
光が収まると、魔法陣の中心に7人の男女が立っていた。どうも、この異常な魔力消費は、7人も召喚したからだったらしい。だが、やはり漠然とした不安は消えない。いったいこれは何なのだろうか……。
「こ、ここは何処だ⁉教室に居たはずだったのに!」
やはり勇者達は驚いているな。勇者は突然呼び出されるそうだから、当然といえば当然だ。私達には、混乱した勇者を静める役割もある。だが、この程度なら混乱して逃げ出すような事もしないだろう。
だが、国王はまず隊長を呼び出し、なにか耳打ちをした。隊長の目が見開かれ、隊長は私達に外に出るように指示する。
「お前ら、緊急事態だ。国王が召喚中に怪しい魔力の流れを感知したらしい。魔力は天井裏に流れていったようだ。誰がやったかは分からないが、怪しい奴を見つけ次第始末しろとの事だ。いいか!城の外に出る前に始末するんだ!」
隊長の言葉に、その場にいた全員が硬直する。そして、城全体を探せるように散っていく。
私は城の裏側に向かって走り出し、上級スキルである探知スキルを発動させる。
「ステータスプレートオープン!スキル、探知魔法発動!」
ステータスプレートの上に城の中の地図が写し出されて、無数の点が現れる。点は魔力を持つ生物を表していて、映っているのは城の使用人達だ。だが、その中に一つだけ、人間とは明らかに違う反応があった。
「こ、この反応は魔族だ!隊長、見つけました!魔族です!城の裏側、平野方面に向かっています!」
右手を耳に当て、魔法で隊長に呼びかける。
「よし、お前はそのまま魔族を追ってくれ!俺達もあとから追っていく!魔法研究庁の維新にかけて始末しろ!」
隊長との通信を終え、空いていた城の窓から外に飛び出す。魔族は、市街地の建物の屋根を伝って逃げているようだ。
「スキル、高速移動発動!」
その言葉と同時に足が淡く発光し、10倍以上に加速し、100メートル程離れていた距離をいっきに縮め、魔族の前で止まる。
「くそっ。スキルか、余計な事をしてくれたな。」
魔族は突然現れた私に若干驚きながらも、直ぐに腰からナイフを抜き、攻撃の構えを作る。どうやら女のようで、黒い髪を長く伸ばしている。服は全身黒色で手首と足首の部分が紐で巻きつけられていて左腕には小さな金属の盾がつけられており、同色のローブを羽織っていた。
「召喚の儀式を邪魔するなど、やはり魔族は邪悪だな。お前にはここで死んでもらう!」
高速移動で加速された体で魔族の背中側に周り込み、短剣を魔族の首に突出す。魔族は体を捻って短剣をかわすと、背中に魔法陣を出現させ、ナイフを私の腹に向けて投げつける。
「クソッ!バリア発動!」
とっさにバリアを発動して攻撃を受け止める。ガキンッと音を立ててナイフが弾かれ、そのすきに双方が距離を取る。下を見ると、騒ぎを聞きつけた住民達が、逃げているようだ。
「おい、お前はなんという名だ。」
魔族がこちらに問いかけてきた。だが、その目はしっかりとこちらを捉えている。
「まずはそっちが名乗ったらどうだ?どうせお前は殺されるが、名前くらいは覚えておこう。」
「これだから人間は……。まあいい、私の名前はリリアだ。そうだな、魔王の側近と言えば分かりやすいかな?さて、お前の名前は?」
魔王の側近。その言葉に私は目を見開く。そんな者がここにいると言う事は、やはり魔族は何かしらの企みを企てているに違いない。すると、隊長から通信が入った。
『マテス!馬車から「銃」を取ってきた!俺のスキルで複製してから一斉に撃つ。それまで時間を稼いでくれ!』
銃とは、他の文明圏で使われている鉛玉を打ち出す武器だ。魔法に比べてかなり弱いが、速度は出る為初見でかわすのは難しいとされている。隊長なら銃を撃つまで約30秒。それまで時間を稼がなければ。
「私の名前はマテスだ。神聖アルティニア教皇国魔法研究庁に務めている。」
「アルティニアか……。と言う事は、やはりお前たちは我々の土地を奪いたい訳か。勇者を召喚してまでやりたいのか?」
魔族、いやリリアは教皇様がしようとしている事をピタリと当ててきた。だが、魔王の側近ともなればそのくらいは知っているだろう。問題は、その情報、特に勇者の事をどこで知ったかだ。
「なぜそこまで知っている?」
「なに、そのくらいは魔族の中では………………」
そこまで魔族が言いかけた所で、隊長から通信が入る。
『マテス避けろ!』
私はとっさに地面を蹴って後ろに飛ぶ。隊長が視界に入ったので目を向けると、50丁程に複製されたマスケット銃の引き金を、隊長が魔法で一斉に引いた。
だが、魔族は焦る事なく左腕の盾に魔法陣を出し、弾から守るように構える。すると、銃の弾がたどり着くまでの間に魔族の周りが一瞬で凍りつく。すると、魔族に当たる直前まで真っ直ぐ進んでいた弾がまるで盾を避けるように飛んでいった。
「なっ!弾を避けた⁉」
「私がこんな策に引っかかると思ったのか?ああ、言い忘れていたな。私の得意魔法は氷結魔法だ。その気になれば、お前たちを凍りつかせる事などたやすいからな。」
そう言い残して、私達が油断した一瞬のすきに、魔族は街の外に逃げて行ってしまった。
「マテス、城に帰るぞ。奴らが何を考えているかは分からないが、今は勇者達を守らなければならない。俺達の処分は二の次だ。」
こちらにやってきた隊長にそう言われ、私達は城へと戻るのだった。