1992年11月16日
「おはよう、お兄ちゃん!」
なんだ、もう朝か。眠い、まだ寝させてくれ。妹の咲は毎朝うるさいんだ。そもそもなんで早起き出来るんだよ。
「お兄ちゃん、早く起きないと学校遅刻するよ!」
「うるさいなぁ。咲が早起きしてるだけだって。」
毛布にくるまる。新しい布団はフカフカで、いくらでも寝れそうだ。
「起きろおぉぉぉおおおお!!!」
布団を剥がされた。だが、なにかおかしい。布団を剥がされた感覚がない。
そして気づいた。これは夢だ。何故か分からないが、そう確信した。
目が覚める。眠っていたのは新しいベッドの上ではなく、硬いベッドの上だった。やはり夢を見ていた。家族が夢に出てくるのなんて何年ぶりだろうか。
「本当に、ここは異世界なんだなぁ。」
涙が溢れてきた。もう元の世界には帰れない。そんな気がしたからだ。
布団から出て、軽くベッドを整えていると、扉がノックされた。
「入るぞ、オウカ。」
どうぞ、と言うと、扉を開けてフェーリアが部屋に入ってきた。後にはカインもいる。どうも、昨日は鍵をかけないまま眠っていたらしい。ここは日本とは勝手がちがうから、もし不審者が入ってきていたらどうなるのだろうと考えると、すこし背筋が凍るような感覚に陥った。
「おはようございます、フェーリアさん。」
軽く挨拶をしながら、フェーリアとカインをベッドの前のテーブルに座るように催促する。しかし、カインは座らなくていいと言うので、代わりに俺が座ることになった。
「む?もしや泣いておったな。」
やっぱりバレるか。やっぱり恥ずかしいな。
「まあ仕方ない。落ち着いたかの?」
「はい、大丈夫です。」
どうも子供扱いされているような気がする……。見た目的にはフェーリアの方が子供なのに。
「そうか。では、昨日の続きと行こうか。一日たって、言語翻訳の魔法もだいぶ効いてきたじゃろ。聞きたいことかあったら質問してくれ、何も知らないのは恐いじゃろ。」
そう言ってフェーリアは、軽く頭に指を当てる。確かに、昨日よりも言葉が聞き取りやすくなっている気がする。
「先ずはお主から質問して良いぞ。いろいろ聞きたい事があるじゃろ。ああ、それとカイン。ここの主人に、なにか食べる物がないか聞いてきてくれ。」
フェーリアがそう言うと、後にいたカインは分かりましたと言って部屋を出ていった。
「じゃあ質問させて貰います。ここは本当に異世界なんですか?」
昨日の魔法を見ても、まだ信じきれていない所がある。
「うむ。ここはお主から見れば異世界じゃ。トルレアと呼ばれておる。」
やっぱり異世界だったか。まぁ、魔法を見せられた時点で分かってはいたが……。
「じゃあ、どうやって俺はつれてこられたんですか?」
これが重要だ。俺はここから帰れるのか。もしテンプレと同じなら、他にも日本人がいるかもしれない。
「召喚魔法という魔法じゃ。今いるこの国、アルタラン王国で勇者召喚が行われると聞いての。その魔法陣を少し使わせて貰ったのじゃ。」
勇者召喚か。異世界物のテンプレだな。
「じゃあ、あなた達は王国で召喚されるはずだった俺を横取りしたんですか?」
「いや、違うな。召喚される人数を増やし、場所を変更したのじゃ。まあ、向うもその事には気づいたと思うがの。それと、アルタラン王国の召喚は魔法ではなく、国王のスキルじゃ。異物が紛れ込んだら、感覚的に分かるはずじゃ。私達がいたのは王都から30キロの森の中。そろそろ王国軍がここに来てもおかしくないが、実際にはまだ出発はしていないじゃろうな。それに、少数なら私達だけで対処できる。最悪逃げれば良いしな。呼ばれてすぐの勇者をよこしてくる確率も低い。」
スキルというのはやっばり異世界物のテンプレのあれなのか?だとしたら今の俺にはとうてい敵わないだろう。都合よく隠れた力が発動するなんてことも有るとは思えない。
「あの、そのスキルって言うのは、俺も使えたりするんですか?」
「いや、召喚された者はスキルを使えないのじゃ。勇者も、数人のトルレアの人間とパーティーを組んで、彼らのスキルの支援を受けて戦っているらしいからな。それと、私達もスキルは使えないぞ。スキルを使えるのは人間だけじゃ。代わりに私達は魔法は奴らよりもよく使えるのじゃ。奴らはスキルは神が人に与えて下さった特別な物、ランクの高いスキルを持つものは神の祝福を受けた特別な人間だ、と言っておる。おかげで魔法は他の生き物よりも使うのが下手じゃ。最近はスキルが絶対ではない国もあるそうだが、殆の国が今でもそう思っておる。そのくせスキルのない勇者は崇められるのだから、おかしな話じゃの。まぁ、魔法はお主でも使えるじゃろうから、練習してみるとよい。コツは教えてやるからの。」
そう言ってフェーリアはすこし笑う。スキルと魔法の違いはよく分からないが、魔法を使える可能性があるのなら、俺も練習してみよう。いや、まてよ。さっきから人間人間と言っているが、フェーリア達は人間じゃないのか?
「なぁフェーリア。さっきからまるでフェーリアたちが人間じゃ無いような言い方だけど、もしかして人間じゃないのか?魔王って言うくらいだから、もしかして魔族とかなんですか?」
「なんじゃお主、やけに感が鋭いの。もしかしてお主の世界には魔族がいたのかの?」
フェーリアが驚いている。いえ、いませんと返すと、
「なんじゃ、居ないのか。」
とフェーリアはすこし残念そうに呟いた。
「まぁよい。確かに私達は魔族と呼ばれておって、魔族領に住んでおる。だが、私達は元々人間と同じ存在だったと信じておる。私達の神話にもそう書いてあるしな。ま、その辺りは今は重要ではないな。」
「そうなんですね。でも、ホイホイそんな事教えていいんですか?」
「問題ない。この世界なら誰でも知っている事だしな。」
そうなのか。小説とかだとこんなとこは設定だとかでちょこっと出てくるだけだろうな。でも、実際聞いてみると、いろいろ深いんだなぁ。
そう考えていると、ふと、フェーリアの雰囲気が変わったような気がした。
「それに、」
フェーリアは腰の短剣を抜き、俺の喉元に突きつけた。
「逃げようとしたところで、私はあなたくらい簡単に殺せる。」
殺されそうになる体験をしたことの無い俺でも、はっきりとわかる程の殺気をだしてきた。恐怖で息もできない。
「まあ、妙なことをしなければ何もしないがな。だが、もし妙な事をしたら、その時は分かっているな?」
そうして、殺気を引っ込めて、短剣を腰に戻した。5秒程だったが、俺にはもっとずっと長く感じられた。
そして、フェーリアの雰囲気が元に戻った。何だったんだ、今の。
そう思っていると、フェーリアの後の扉が開き、手にお盆の様なものを持ったカインが入ってきた。
「フェーリア様、宿の主人に料理を作って貰いました。それと、アルタラン城潜入部隊のリリアからの報告です。数時間前に、王国軍が王都を出発したようです。」
「ふむ、予想よりも早かったな。カイン、直ぐに出発の準備を。魔法隊のうち五人は斥候を頼む。残りは私達と一緒に来てくれ、リリア達にはこのまま王国軍の監視をするよう伝えてくれ。」
フェーリアが的確に指示を飛ばす。その姿は、頼れる上司といった雰囲気だが、やはり魔王というだけあって、ある種の覇気のようにしかな物を感じる。
「そういう訳じゃ。オウカ、早く飯を食べてくれ。三十分後には出発するぞ。」
「は、はい。わかりました。」
そう返し、カインからシチューの様なものを受け取った俺は、薄い塩味のそれを掻き込み、フェーリアに連れられて外に出た。
「よし、準備はできたな。カイン、状況は?」
宿の前に集まった、俺、カイン、それと五人の男達は、フェーリアと、情報の共有をしていた。
「リリア達の報告によれば、王国軍がここに来るまではおよそ1日かかるとの事です。追い付かれる前に確実に国境を越えます。」
「うむ、分かった、斥候からは?」
「前方に異常はないとのことです。しかし、海側を通って、コスティアのアルタラン入植地につく頃には王国軍が先回りしている可能性が有るため、山側にむかい、トハ峠を越えて魔族領に入る事を提案してきています。」
「ふむ、では山側から行くとしよう。カイン、トトリ族に馬を用意するよう伝えてくれ。」
「はっ!」
「それと、オウカ、お主には強化魔法をかけておく。これで早く走れるはずじゃ。」
そう言ってフェーリアは右を俺にかざす。すると、俺の身体が淡く輝き、それがおさまると身体が軽くなったような感覚を覚えた。
「よし、では私達の村に帰るぞ!」
そうして、俺たちはフェーリアが住んでいる村に向けて、走り出したのだった。