プロローグ
稲瀬櫻花は、どこにでもいるサラリーマンだった。有名大学に進学し、大手会社に就職。そこそこの収入を得て、そこそこの生活を送っていたが、彼女は居なかった。
ーーーー
体がやけに軽い。意識がはっきりしない。自分はさっきまで何をやっていた?頭が回らない。
そうだ、自分はさっきまで仕事をしてた筈だ。じゃあ寝落ちしたのか?ヤバい!午後までに会議の資料を作らなきゃいけないんだ!
イタッ!全身に電気が走ったみたいだ。誰かのイタズラか?起きて注意しなきゃ。
「えっ⁉」
目を開けると、そこは見慣れた自分の机ではなく、何処かの森の中だった。周りを見ると、白い恰好をした男女が10人程いて、自分の周りを囲っている。
「お、おい!此処は何処だ!お前たちは誰なんだ!」
慌てて尋ねる。相手はこちらを見て何かを話しているが、何を言っているのかまったく分からない。英語でもないし、中国語とかロシア語でもない。
すると、前に立っていた女性が、こちらに手をかざしてきた。俺は少し後ずさりする。すると、突然女性の手が光だし、次の瞬間、俺は意識を失った。
帝国暦1992年11月14日 アルタラン王国西部 リーネイ大森林
「準備整いました、フィーリア様。」
勇者召喚の魔法陣を設置していたカインが、報告する。地面には、複雑な青い魔法陣が描かれている。これ程複雑な魔法陣を使うのは私も初めてだ。
最後に、僅かな魔力を流して、魔法陣が繋がっているか確認する。私が魔力を流すと、魔法陣が僅かに青く発光した。これで準備完了だ。あとは、アルタラン城に潜入している部隊からの通信を待つだけだ。
「潜入部隊からの連絡です!王の間にて、勇者召喚の儀式が開始されたそうです!」
右手を耳に当てて、通信をしていたカインが報告する。
「よし!これより、我々は勇者の奪取を開始する!この作戦が成功すれば、偽りの神々に対する我々人類の勝利に大きく近づくことだろう。それは諸君らの働きに掛かっている。では、作戦開始!」
それと同時に、白いローブを被ったカインの部下10人が、右手をかざし、魔法陣に魔力を注ぎ始める。魔力が注がれた魔法陣が青く光りだし、激しく回転する。そして、光があたりをつつんだ。
目を開けると、魔法陣は消え、そこには見慣れない格好をした男が立っている。この魔法は、異世界人以外は召喚されない。つまり、作戦は成功だ!
「フェーリア様、作戦は成功です!」
「うむ、よくやった!あの男を回収して村に戻るぞ!潜入部隊にも撤退を指示してくれ!」
カインに指示していると、男がなにか話している。聴いたことのない言語だが、異世界人なら当たり前か。どうも混乱しているようだ。
「あれでは意思の疎通は不可能です。フェーリア様、”例の魔法”を。」
カインが提案する。
「うむ、分かった。」
右手を男に向ける。
「翻訳魔法、発動!」
男が倒れる。当たり前だ、この魔法は”ノウ”に干渉して、こちらの言語情報を一気に覚えさせる魔法だ。ノウが負荷に耐えられず、タイミングが悪いと即死してしまう。ただ、勇者は体が平均より強いことはわかっている。これで死んだりはしないだろう。
「ノウがなんなのか禄に知りもせず、魔法の効果だけ都合よく使っているのは、なんとももどかしいな……。カイン、この男を抱えてくれ、それと、念のため治癒魔法を。」
「了解しました。」
「うむ、では、私達の村にに帰るぞ!カイン、長老に馬をよこしてくれと連絡をしておいてくれ。この国との国境を抜けたら、そこからは馬で帰る。」
「了解しました。フェーリア様。」
こうして、私達は撤退を開始した。アルタラン王国軍は、二日ほどでやってくるだろう。彼らは国境を超えて来ることは絶対にない。速度的には追い付かれることはないと思うが、念の為に早めに行動した方がいいだろう。