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士気歌の担い手

作者: れきれき


 その声が聞こえてきたのは当然といえば当然で。その時は普通に、ただ当然のように、きれいな声だな程度にしか感じていなかった。


 この世界で一番力を持っているとされる我が国。戦に強く植民地を増やし、資源も豊富で政治が安定していて、内外ともに争いに置いて圧倒的な国力の差を見せつけてきた。そして、戦の常勝である国の次なる目標は、人ではなく魔物の討伐だった。魔物が蔓延り全く開拓できていないどころか、どの国も自国の領土とすることを避けていたそんな未開の森。そこに住む魔物をすべて殺しきり、土地を確保し入植できれば、さらに国力を増すことができると信じ切って。そんなありきたりな理由での軍の派遣だった。


 歌声が聞こえた。行軍している中で、軍隊の士気を上げるために追従している軍歌隊。士気を上げるため、と言う名目で国が招集して、集められた一般人たち。大部分の兵士たちを問題なく運用するために、何の訓練もしていないのに連れてこられた無力な人々。そんなところだっただろうか、当時の彼らに対する自分の感情というのは。


 確かに戦時中の、さらに移動という何も起こらない場では、人というものは娯楽に飢えていて。それを満たすためには、ちょうどよかったのだろう。そんな投げやりなことを考えながらその時は聞いていたと思う。だけど、その出会いがあったのはそんなことを考えたすぐ直後だった。


「お隣、いいですか?」


「ん?ああ、かまわない」


 その日の移動が終わり、夜営の準備をして天幕を張り、陣を構えた後は、基本的に警邏の時間までは自由行動となる。とはいえ、親しい同僚の友人たちは皆どこかへ行ってしまうのが常だったし、それについていこうとも思わなかった。付き合いは長いが、誰だって自分の時間というものは欲しいだろうし、無理について行って友好関係を崩そうとも思わない。そもそも友人たちといっても趣味が合うような付き合いではないのだ。立場が同じで付き合いやすい性格をしていたから付き合っている。そんな軽い打算と利己的な考えを持っていた自分は、談話スペースで一人本を読んでいた。


 周りを見渡すと、やはり暇な人も多いのだろう、周りの席もほとんどが埋まっており、思い思いの会話をしているのが見て取れる。空いている席も探そうと思えば探せるだろうが、一人でこの長椅子を占領しておく意味もないので、声をかけてきた彼女の相席を承諾した。


「今日もお疲れ様。一日中歌い続けて疲れただろ」


「え?ああ、いえ。ありがとうございます」


 お礼を言われるとは思っていなかっただろうか、彼女は驚いたような表情でこちらを向けてきた。もしかしたら軍歌隊ではなく、軍に入っている自分と同じ一卒兵かもしれなかったが、それはそれで自分の観察眼が悪かったというだけで。そして、予想はあたっていたらしい。自分と大差変わりないくらいか少し年下に見える少女は、少しはにかみながら会話を続けた。


「そんなこと言われたの、初めてでした」


「そうなのか?実際、軍歌隊のおかげで士気が下がっていないというのも事実だし」


「そう言ってもらえると助かります。あの、少し聞いてもいいですか?」


 一言礼をしたらまた読書に戻ろうかと思っていたのだが、彼女も話したいことがあったのだろう。本をめくろうとした手を止めてこちらが先を促すと、彼女は意を決したかのような緊張した面持ちで聞いてきた。


「その本ってどこから買ったんですか?それ、この前売られたばかりの本ですよね」


「お、知ってるのか。そこら辺は軍の特権というか、ある程度欲しいものは支給されてな」


「いいなぁ……。私、発売日に街の本屋さん回ったんですけど、どこも品切れで」


「読み終わったら貸そうか?こんなところで同好の士に会えるなんて、こちらとしても嬉しいし」


「本当ですか!?あ、あの、図々しいかもしれないんですけど、もしかしたら、同じ作者さんの別な本とかも持ってたりしませんか?」


 どうやら、同じ本好きだったらしい。こんなところで同好の士に会えるとは思ってもいなかったので、お互い初対面だったものの、そこからは話が弾んでいった。自分たちの持っている蔵書などをお互いに話し合えば、自分が持っている本もあれば、逆に彼女しか持っていない本もあった。どちらも読んだことある本の感想を言い合ったりと、久しぶりに本についての話題で盛り上がった。読書は小さい頃から好きであったが、そもそも本自体の値段が高いこともあって、なかなか話が合う人に出会えてなかったというのもあるだろう。


 でもまあ、楽しい時間というものはすぐに終わってしまうのだった。


「っと、悪い。そろそろ交代の時間だわ」


「あ、お疲れ様です。えっと、その……」


「今日は明け方まで警邏だし、続きは明日でいいか?」


「はい!では、またここで」


 座る前と比べてだいぶ元気になった彼女を見て、少しいいことをした気分になる。多分、自分も来た時よりは気分が良くなっていたのだろう。そのまま、普段と変わりない、何事も起こらない警邏に向かったが、不思議と気分は軽かった。




「それでですね!そこでの彼女の気持ちは、どうしても諦められなくて、でも彼に迷惑をかけたくなくて、って苦悩が本当に作り込まれてて!」


「ああ、それ故の最後のあの行動だもんな。単なる恋愛感情だけだったら、あんな行動しないよな」


「やっぱり分かります?」


 彼女との会話の内容はほとんどは本の内容についてだった。何を読んだとかそれがどう面白かったとか、そんなたわいない内容ではあったが、それがとぎれることはなく、話題もころころ変わった。長椅子に二人で座り、テーブルの上に本を開いては、二人してここがよかっただの、この部分が伏線になっているだのと話しているのは、普段の休日でも味わえないほど充実していた。


「ほんといいなぁ。一度あなたの家にお邪魔してみたいです……あっ、えっと、その、変な意味じゃなくて!」


「はは、分かってる分かってる。街に帰ったら家の場所教えるから、いつでも歓迎するよ」


「いいんですか!」


「ああ、できる限り約束する」


 戦の場に絶対なんてものはない。だからこそ、ぼかしてしまった自分がそこにはいた。幸いにもそういった機微に敏感ではなかったようで、彼女に気づかれることはなかったようで。うちの軍隊は、強い。それは事実だ。装備は充実しているし、数は揃えられているし、兵士の質だってほかの国に比べたら高い方だろう。だけど、今回の相手は今までの人間が相手ではなく、魔物が相手で。不安になっている自分を自覚しているものの、長年鍛え上げた自分の外面はそれを見せることなく動くことができるようになっていて。


「……大丈夫ですか?」


「ん、ああ、悪い。ちょっと考え事してた」


「上手く言葉にできませんけど、軍人さんって私たちなんかよりも色々考えてて大変だと思うので……その、無理はしないでくださいね?」


「それをすることでお金もらってるのが俺たちだからな。それよりも、自主的に参加してくれた君たちの方がすごいと思うけどな」


「いえ、私は……ううん、なんでもないです」


 彼女は、何かを言おうとして。気になりはしたものの、ずけずけと相手のことを聞きに行っていいほどの間柄でもないために話が止まり、趣味の世界から現実の世界に引き戻されてしまった。別に彼女が悪いわけではない。だからこそ、自分には言う言葉が見つからなくて。


「じゃあ、また、明日」


「あ、はい。またここで」


 そう言ってその場を離れるのが精一杯だった。





「とまあ、こんな感じでいいか」


「ああ、差し当たって問題になりそうなもんはこんなところだろ」


「あとは当たってみないことには分からない、か……こういった威力偵察はあまりやりたくないんだが」


「だが持ってきた兵糧の量のことを考えると、安全策を取るのも愚策だろ。やめやめ、ここで話してても何も変わんねえんだし。それよりも、聞いたぜおい」


 軍議を終えて、友人の同僚と一緒にもう一度軍議の内容の見直しをしていると、作業の手を止めて友人が肩に手をかけてきた。付き合いがそれなりに長い自分だから分かるが、彼はオンオフの切り替えが速くて、このときの状態がオフモードに入っていることが分かった。そして、どうせろくでもないことを考えてる時であるということも気づいてしまった。


「かわいい子捕まえたんだろ?お前さんが年下好きだとは思わなかったわ」


「は?」


「いやー、来る見合い毎回断ってきたお堅いお前さんが毎晩毎晩逢引とはな。似たようなタイプの子は何人かいたのに、何がよかったんだよ」


「ああ、彼女のことか……いや、そういう対象じゃない」


「別に嫌いなわけじゃないんだろ?お前さんも結婚適齢期なんだし、嫁の一人や二人くらい作っとけよ」


「一応国の法律では一夫多妻制は認められていないはずなんだけどな……」


 彼女のことを思い浮かべる。確かに、一緒に居て嫌なわけではないし、話してて楽しいもの事実だ。だけど、その楽しいが、友人として付き合いをしての楽しいなのか、異性として付き合いをしての楽しいなのかが分からない。いや、考えたことがなかったという方が正しいか。


「で、どこの子だよ」


「さてな。出自は知らないけど、軍歌隊の子だよ」


「ふーん…………なあ」


「なんだ?」


「下げたらどうだ?一部隊くらいなら俺らの権限でも勝手に動かせるだろ」


 下げる。その意味を理解できなかったわけではない。そろそろ件の森へと到着する。もう軍歌隊の目的は果たしたのだから、街に戻してもいい。そういう意味合いだろう。その発言は倫理的に間違っているわけではない。訓練も受けていない一般人たちが使える場面など、そうそうないのだから。だけどそれは、自分の立場からしてみれば常識的にあり得ないことで。


「下げるための部隊を割く余裕なんてないだろう」


「ま、万全の態勢で挑むならごもっともな理屈だな。でもちっとだけ私情を加えてもいいと思うぜ?」


「そんなことできるか。そんな横暴を通すために金をもらってるわけじゃない」


「はぁ、お堅いのは相変わらずか。まあ、お前さんがそれでいいならいいさ。ほれ、ここの片づけはやっとくからさっさと今日の逢引に行ってこい」


 しっしっと手で追い払われて、有無を言わずに天幕から出されてしまった。一度だけ戻るかどうか逡巡したものの、戻っても同じことをされるだけだろうと思い、いつもの場所に向かいながら先ほどの会話を思い返す。確かに、彼女が死んでほしくはないとは思う。けれども、自分のエゴで救う人物を決めるなんてことは、軍人である自分にはできなかった。救う人物を決めるということは、見捨てる人物を決めるということと同義なのだから。




 談話スペースは相変わらず混んでいた。むしろ戦闘までの時間が近づいてきていることで、一人でいると精神が持たなくなりそうで、誰かと話していたいという気持ちになる人が増えてきたのだろう。そんな緊張感を感じ取りながら、いつもの長椅子へと向かうと、そこにはもう彼女が座っていた。こちらに気づくと、どこかほっとした表情を見せた。


「お疲れ様です」


「そっちもお疲れ。悪いな、軍議が長引いた」


「いえ、お仕事ですから」


 そう言って、少しだけ横にずれてくれた彼女の隣に座る。


「一ついいか?」


「はい、どうかしました?」


 少しだけ緊張した面持ちで、こちらをじっと見つめてくる彼女。


「今すぐ帰りたいか?」


「え?」


「そろそろ、本格的な戦闘になる。安全な今のうちに帰りたいか?」


「いえ、その、ですね。こんなことをあなたに言っても仕方がないんですけど」


 聞いた言葉をかみしめて、考えた後に、口を開く。


「私、帰る場所がないんです。私、その、この前戦争に負けて、植民地になった国の貴族の娘なんです。貴族って言っても、爵位ははく奪されましたし、お父さんとかは責任取らされて死んじゃって。私は放逐されるだけで済まされて、命は取られなかったんですけどね」


「それは……」


「だから、帰る場所がないんです。お仕事を探すにも、生まれのせいでちょっと難しくて。なので、私、この仕事終わったら、またお仕事を探さないといけないので……だから、ごめんなさい」


 考えてみれば、自分と同じくらい本を持っているというのは、恵まれた家庭じゃなければあり得ないことだった。口調も丁寧で気立てのいい彼女が、志願兵もどきである軍歌隊に参加しているのだから、よほどの理由があるはずで。そのことに全く思い至らなかった自分が嫌になる。


「すまん、悪いこと聞いた」


「いえ、好意から聞いてくれたのは分かってますから」


 前と同じく、またしても沈黙。お互いに話し上手ではないがため、言葉が続かない。数分くらいそんな無言の間を続けてから、自分から口火を切った。


「これが終わったら、手を貸すよ。仕事の斡旋くらいならできるだろうし」


「いざという時は頼らせてもらいますね。それと、約束、楽しみにしてますから」


「ああ。楽しみにしててくれ」


 それくらいしか、自分からは言えなくて。そういって、その日は彼女と別れた。











 約束は、未だに果たされていない。

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