殻を破れ
続き。どれぐらい続くかは気分次第。
あれからどれぐらいの時間が経ったのだろうか。雲湖出流は、未だ深く暗い闇の中で丸まっていた。今ここで、起きたとしても待ち受けるのは、いい歳こいて脱糞をした惨めなおっさんという、不名誉極まりない称号を与えられるだけだ。だから、出流は諦めたのだ。ここで自分が目覚めなくても、同僚や上司がきちんと業務を処理をしてくれるだろう。なら、もうこのままでいい。このまま眠り続けたほうが自分の身を守るのには最適だと殻の中に閉じこもる。
だが、そんな殻に閉じこもる出流に何者かが干渉をしてきた。
(うん…こ…雲湖…出…流、起きるのです。あなたは、ここでいるべき人ではない。だから、目覚めるのです。あなたは、このまま閉じこもってしまっていては駄目なのです。まだ、完全に折れては駄目なのです。たかが、脱糞如きで失われるようなことをあなたは今までの人生でしてきていないでしょう?だから、お願いします。早く起きてください。)
その聞き覚えのない声は、ひたすらに呼びかけてくる。ここにいるべきではない、起きろと。だが、この何者かは現状一番触れてはいけない「禁忌」について触れてしまったのである。当然の如く出流は激怒した。
「誰か知らんが、たかが「脱糞」如きだと?あんたそれは冗談でも言っていいことじゃない。あんたには、たかがかもしれないが俺に…とっちゃ…それだけで…!人生が終わった!と言ってもいいぐらいなんだ!それを「たかが」だと良くも言えたな!なら!あんたも味わってみればいい。中のいい友人たちや公衆の面前で脱糞をしてしまうことを!いや、今すぐ味わえ!惨めな俺と同じように!!」
それは、マグマよりも熱く闇よりも更に暗い深淵のごとく。どこまでも悲痛な叫びを上げて。
その叫びが終わった直後、何者かに変化があった。
(雲湖出流起きるのです。早く起きるので…え?何これ…なんで私は排泄行為など無用な存在なはずなのになぜ…こんなに下腹部が痛いのですか…?あ、ちょっとこれはどうすればいいのでしょうか?この私が抵抗できない…?そんなはずは…あ…もう無理ぃ…)
と、何者かはあっさり抵抗をやめた。その直後、出流の中に聞き覚えがある声と音が響き渡る。
(ああああああああああああああああああ(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)こ、これが、雲湖出流…あなたの力の一端ですか…そう…脱糞…これが…確かにこれは堪えるものがありますね…フフフ…)
と、さっきまで一定の感情を保っていたであろう声は酷く落ち込んでいるようである。
そう、この何者かが、脱糞をしたのである。そのことを出流は直感でわかってしまった。
出流はその音と声を聞かされて、この居心地が良いはずの闇から何者かに急かされるように早く起きなければならないと思うのであった。でも、起きるとしてもどうやって起きれば良いのかわからない。もう、ここは自分が無意識のうちに完全に殻を形成して閉じてしまっている。
だが、この脱糞音が脳内に残っている限りここは地獄だ。早く出たい、早く!この音がない場所へ!出流は、ヤケクソになって上へ上へと手を伸ばす。この闇に高さがないことなどわかっていても、なお、手を伸ばす。
「嫌だ、またこの音があるところなんて堪ったもんじゃない!どこだよ!もう俺はこの音を聞きたくないんだよぉぉおおお!だから、出せよ!こんなクソみたいなところから!!誰でも良いから助けてくれよ!」
今まで生きてきた人生史上最も藻掻く。どんなに無様でもいい。この音が聞こえなければ。
その気持ちに応えるように段々と小さくはあるが光だと思われるものが確実に近づいてくる。
「俺は、こんなところに居たくないんだよ!どんなにクソッタレでも!届けぇえええええええ!」
なおも、届かないと思っていても手を伸ばす。脱臼しても良い。あの光に届けば。その思いが、完全に通じたのかわからないが、遂に光に手が届いたのである。その瞬間、今まで出流を囲っていた闇が砕け散った。出流は、安堵する。あぁ、これでやっと解放されたと。
それはどこまでも青く澄み渡る大空のように、それはどこまでも届きそうな暖かな太陽の光のように、その光は全てを包み込み雲湖出流という人間を祝福するのであった。
彼にとって、最低最悪な「贈り物」を送りながらー
それはそうと、藻掻いて殻を破った彼だが、一番始めに見たものは、青く澄み渡る青空の下の草原で酷く落ち込んでいる美少女だったとか。
まぁ、誰しも一度や二度ありますよね?(多分)