見慣れた者
昼。
村の屋敷。
雪が積もる中庭に、見慣れぬ者がいた。
黒い服の男。
顔は黒い頭巾で覆われ、スポーツサングラスみたいなものを装着している。
彼はなにも持たずに、体を動かしている。
体の各部の可動域を確認するように。
その確認が終わったのか、今度は格闘の型のような動きになった。
それがどれだけすごいのかは俺には判断できないが、一緒に見ているガルフが「なかなかやるじゃないか」という空気を出していた。
そして、黒い服の男は動きを止め、木の剣を握った。
相対するのはダガ。
軽く木の剣を当てたあと、戦いが始まる。
これでも武闘会を何度も見ているので、どちらが強いかはわかる。
ダガだ。
その証拠に、押してる。
圧倒的な攻め。
対する黒い服の男は、防御一辺倒。
よくダガの剣を捌いているが、ダガの攻撃が決ま……んんん?
黒い服の男が奇妙な動きで、ダガの剣をかわした。
奇妙というか、関節を外して逆に動いたな。
ずるいんじゃないか?
いや、それが勝負か。
ダガだって尻尾を使っているしな。
ダガはその尻尾を使って追撃するが、黒い服の男の奇妙な動きにダガは追いつかない。
そして、黒い服の男がダガの一瞬の隙をついて、反撃。
ダガは降参のポーズを取った。
黒い服の男とダガが、揃って俺の前にやってくる。
ごくろうさま。
怪我はないかい?
俺の質問にダガが大丈夫ですと答え、黒い服の男はジェスチャーで大丈夫と答えた。
それはよかった。
それで、どうかな?
俺はダガとガルフに聞く。
「問題ないかと」
「悔しいが、俺より強い」
そうか。
黒い服の男は、ダガとガルフの評価に喜びのジェスチャーをしている。
「ですが、やはり喋れないのはいろいろと困るのではありませんか」
「声を失くした者という設定でいいんじゃないか?
冒険者とかでも、喋れなくなった者はいるぞ」
「そうだが、それだと目立つのではないか?
周囲の者との協調もむずかしいだろう」
「あー、まあ、そうか。
協調しなくてもなんとかなるけど、目的を考えると……」
ふむ。
黒い服の男の実力に問題なし。
問題は会話できないことか。
しかし、そう言われても対策は……どうしたものか。
まあ、一人で考えても仕方がない。
みんなと相談だな。
そして、黒い服の男……いや、ザブトンの子供たちの意向を聞かなければ。
黒い服の男の正体は、ザブトンの子供たちが操る人形。
外部から糸で操るのではなく、内部に入って糸で操っている。
以前、魔王国のパレードでやった、巨大な蜘蛛の着ぐるみの中に入って操作していたものの人型版だ。
もちろん、一匹では操作しきれないので、黒い服の男のなかには十八匹が入っている。
そのうち、体の操縦を担当しているのが十匹。
本来、いくら優れたザブトンの子供が十匹集まっても、人間の体の動きを再現するのはむずかしいどころか、立たせることも厳しい。
それをダガと戦闘できるほど操れるのにはザブトンの子供たちが入る人型の着ぐるみに秘密がある。
人型の着ぐるみを製作したのは、山エルフたちだ。
山エルフたちは、まず内部が空洞の人型を作った。
内部は空洞だが、いたるところに糸を引っかけられる部分を用意。
また、胴体や頭部にザブトンの子供たちが収まるスペースを作った。
そして、ザブトンの子供たちが入っての試運転。
ここで、人型の着ぐるみが自立できないことに気づいた。
それはそうだ。
内部で各パーツを糸で繋ぎ、どれだけ引っ張ろうが地面に横たわるだけだ。
立ちたいなら、足の裏から糸を出して、地面につけなければいけない。
しかし、それでは満足に動けない。
いや、まあ、現時点でも満足に動けないんだけどな。
以前の蜘蛛の着ぐるみのときは、どうしていたか?
なかに、これでもかとザブトンの子供たちが入っていた。
そのザブトンの子供たちの連携で立ち、動いていた。
つまり、人型の着ぐるみにもザブトンの子供たちがこれでもかと入れば立って動けるのかもしれないが、それでは駄目だ。
できるだけ少数で動かせるようにしたい。
山エルフたちは、考えを変えた。
人型をザブトンの子供たちが人のように動かすのではなく、人のように動ける人型を、ザブトンの子供たちが操る。
なので、まずは人型の着ぐるみだけで自立できるように改造を開始した。
人の骨格を模した骨を入れ、各関節に支えやバネが仕込まれ、さらに胴体の真ん中に重心を操るためのバランサーを仕込んだ。
胴体にザブトンの子供たちを収納するスペースが狭くなったが、それは考えない。
あとで、どうとでもなると割り切った。
自立ができたら、次は可動。
人間の動きを再現できるように、各関節に改良が加えられた。
自立と人間の動きの両立には苦労したようだが、山エルフたちには参考にできる見本があった。
多目的人型機動重機だ。
もっとも人の形に近い一号機のジークフリートは、クリムに吸収されてしまったが、クリムに吸収される前に解体して調査した記録が残っている。
木製の模倣品だって作っている。
それだけで機能や機構を完全に理解したとは言えないが、勉強になったと山エルフたちは言っていた。
その結果だろう。
自立し、糸で操ることで人のように動ける人型が完成した。
山エルフたちは満足だが、ザブトンの子供たちの収納場所がほぼなかった。
頭部に二匹と、胃に一匹、左右の脇腹に四匹。
計七匹。
少数で動かすことを目指しているが、七匹では人型を動かすことはできても、戦闘はむずかしかった。
戦闘をするなら、動かすのにあと五匹はほしい。
欲を言うなら、人型の着ぐるみの周囲を見るためにもう少し、とザブトンの子供たち。
背中にザブトンの子供たちを収納するバックパックを背負わせる案も出たが、人型の着ぐるみの使用目的を考えて却下。
山エルフたちは考えた。
着ぐるみ内部に余裕はない。
空いている空間はあるが、それは可動域を確保するために空けておかないといけない場所だ。
第一、そういった空間の近くは、糸が何本も通り、絶え間なく動く。
糸同士を干渉させないためにも、空ける必要がある。
そうすると場所がない?
いや、どこか無駄な場所はないか?
無駄ではなく、ザブトンの子供に置き換えられる場所は……
あった。
骨だ。
骨のなかに、ザブトンの子供を収納すればいいんじゃないかなと山エルフたちは考えた。
要所の骨を膨らませ、そのなかにザブトンの子供を収納するコックピットを作る。
背骨、大腿骨、上腕骨、肩甲骨。
ついでとばかりに、手の甲にもザブトンの子供を収納するコックピットを作り、指を細かく動かせるようにした。
そうして出来上がったのは、ダガと戦える戦闘力を有するほどになった黒い服の男。
体の各所のコックピットに乗り込んだ十八匹のザブトンの子供のうち、十匹が体の操作。
残る八匹は視覚を担当しつつ、どのように体を動かすかの指示を出している。
判断力が問われるが、現段階では問題ないとされている。
このザブトンの子供たちが入る、人型の着ぐるみ。
その目的はアルフレートの護衛だ。
冬に入って少ししたころ。
アルフレートがお世話になっている始祖さんの国の人から、アルフレートに同行できる護衛が必要と求められた。
俺としてはガルフやダガ、もしくは天使族に頼みたかったのだが……
ザブトンの子供たちが立候補してくれた。
冬眠しているザブトンからは、姿を隠しての少数ならと許可がでた。
なんだかんだ、ザブトンも子供たちには甘いからなぁ。
ただ、本人たちは魔王国のパレードで使った蜘蛛の着ぐるみを使用するつもりだったが、さすがにそれでは支障があると人型の着ぐるみ製作となったわけだ。
「村長」
人型の着ぐるみの製作を担当した山エルフのヤーが、小さな箱を持ってやってきた。
「こちらを頭部に組み込めば、会話はむずかしいですがコミュニケーションなら大丈夫かと」
ヤーの背後にいたほかの山エルフたちが、ヤーの持っていた小さな箱を受け取り、黒い服の男の口のなかに取りつけた。
そして、頭部にいるザブトンの子供たちに使用方法を教えている。
「では、どうぞ!」
ヤーが指示すると、黒い服の男は片手を上げて……
「ボー、クー、ゴー、エー、イー……」
僕、護衛?
おおっ、喋れている!
ちょっと発音は怪しいけど、ちゃんと意味が通じている。
問題ない!
「練習を重ねれば、もう少し聞きやすくなると思います」
そうだな。
すごいじゃないか。
「えへへ。
楽器を改良したものです」
いやいや、たいしたものだ。
そして、それを即座に使いこなすザブトンの子供たちも。
すごいぞ。
ただ、黒い服の男が護衛に行くのはまだ少し先。
春になってから。
当面は操作の熟練と、問題点の洗い出しをやってもらう。
向こうでなにかあると、アルフレートだけでなく始祖さんやフーシュに迷惑をかけてしまう。
それは避けたいからな。
なにはともあれ、そろそろ室内に戻ろうか。
天気がよくても、やはり冬の外は寒い。
ああ、そうそう。
黒い服の男の名を考えないといけないんだった。
いつまでも黒い服の男じゃな。
でも、俺にネーミングセンスはない。
周囲もわかっているのに、俺に頼んでくるんだよなぁ。
第一候補、ザブイチ。
……
うん、みんなと相談して決めよう。




