鶏が頑張る
登場人物紹介
ナナ 四村のフォーグマの一人。村娘風の密偵。
ヒトエ ヨウコの娘。
ギラルが巨大な海の魔獣を退治したことで、海の種族から感謝の便りが届けられた。
内容は……
見舞金、ありがとう。
退治してくれて、ありがとう。
海の魔獣、美味しかったです。
となる。
ちなみに、海の種族の便りは粘土板に書かれている。
海中だと紙は使えないからな。
木板も筆記が難しい。
そこで粘土板。
海中で粘土を集め、海上で粘土を板状に加工。
乾く前に文字を書いて、乾いたら送ると。
……
海上で書くなら、紙でも木板でもよくないかな?
粘土板、重いし壊れるから運びにくそうなんだけど?
い、いや、相手の文化を否定してはいけない。
これが海の種族の連絡手段なのだろうから。
尊重しよう。
でも、粘土板のサイズはもう少し小さくてもいいかな。
今回もらった粘土板、大型テレビぐらいのサイズだったから。
とある村。
五村とはこれまで関係のなかった村から、近隣に見慣れぬ魔獣がいるので、五村に引き取ってもらえないかと言われた。
退治ではなく、引き取る?
「その魔獣の肉や卵がそれなりの食材でな」
夕食時にヨウコに話を聞いたら、魔獣の肉と卵が食材として珍重されているらしい。
しかし、ヨウコは渋っている。
「飼育できたという話を聞いたことがないのでな。
それに、魔獣の捕獲もこちらでする必要がある」
危険な魔獣なのか?
「べテランの冒険者であれば、それほどでもないと聞くが……中堅や新人では厳しいそうだ」
なるほど。
そういった魔獣なら飼育も厳しいか。
無理をする必要はないだろう。
断ろう。
「うむ。
我と同じ判断だ。
が……」
なにかあるのか?
「簡単に言えば、その村は魔獣の出現で困っておる」
?
なら、助けてほしいと言ってくるんじゃないのか?
もしくは冒険者ギルドに依頼するとか。
「その村の長のプライドが高いようでな。
助けてほしいとは口にできんらしい。
冒険者ギルドへの依頼もしておるらしいが、報酬が低くて誰も引き受けておらん」
あー。
「当然、五村とは関係のない話なのだから無視でよいのだが……」
よいのだが?
「その村の長の息子が、父親を追い出すから助けてほしいと言ってきておってな」
ほかの村のそういったことに関わりたくないなぁ。
「まったくだ。
が、その村、五村が東に勢力を伸ばすときに絶妙な位置にある村なのだ」
東に勢力を伸ばすことがあるのか?
「支配するわけではないぞ。
交易相手としてだ。
残念ながら西はシャシャートの街に押さえられておる。
北は門番竜。
南は海だ。
東しか空いておらん」
それで、その村を助けて恩を売っておきたいと?
「放置して潰れても目覚めが悪かろう」
その村の領主は?
「あてになるなら、五村にこういった話は持ち込まん」
ふむ。
わかった。
ただ、動くのはビーゼルやユーリに確認してからだ。
「承知した」
そういった話があったのはいつだったか。
俺は、五村の麓に作られた臨時の牧場にいる魔獣を見た。
飼育は難しいと言われているらしいが、一応は飼育にチャレンジしようと連れ帰ったらしい。
魔獣は巨大な……鶏?
三メートルぐらいの大きさだ。
顔は鶏よりも怖い。
嘴なんか凶悪だ。
だが、肉と卵がそれなりの食材になるというのは納得。
鶏だもんな。
それが二十羽ほどいる。
で、疑問なんだが……
「なんでしょう?」
ここに案内してくれたナナに、俺は聞いた。
牧柵が低いが、逃げないのか?
鶏は飛ばないと言われているが、それでも自身の身長の何倍もの高さに飛べる。
飼育下にあったならともかく、野生ならなおさらだ。
この牧柵では逃げるんじゃないかと不安になるんだが?
「大丈夫です。
逃げません」
そうなのか?
「はい」
あの尻尾なんだが……蛇か?
「模様で蛇に見えるだけです」
そうか。
つまり、ここにいるのはコカトリスじゃないんだな。
「いえ、コカトリスです」
……
噛んだ相手を石化させるという?
「そうですね」
危ないじゃないか!
いいのか?
こんな牧柵だけで?
「石化というのは迷信ですよ。
麻痺毒みたいなもので、相手を動けなくさせるだけで」
いやいや、それでも危ないって。
「……」
言いたいことがあるなら、遠慮なくどうぞ。
「ドラゴンやインフェルノウルフやデーモンスパイダーは、世間一般ではかなり危険な生物とされていますよ」
……すまなかった。
実態を見ずに危険というのはよくないな。
「ドラゴンやインフェルノウルフやデーモンスパイダーは、実態を見ても危険だと思うのですが?」
そんなことはない。
たしかにちょっと暴れるかもしれないが、かわいいぞ!
「ドラゴンやインフェルノウルフやデーモンスパイダーをかわいいと言えるのは、村長だけです」
そ、そんなことは……
「では、村長以外でかわいいと言っている人の名をお願いします」
ウルザ。
「それはずるいですよ」
ずるくない。
不毛な争いが少し続いた。
話を戻して。
このコカトリスは危なくないと。
「はい。
あちらをご覧ください」
ナナが示した先には、普通の鶏がいた。
あのふてぶてしさ。
見覚えがある。
大樹の村の鶏だ。
「そうです。
村長のお屋敷の中庭にいる鶏です」
そういえば、少し前に貸し出したか。
「はい。
ヨウコさまが連れて来まして……
以後、ここのボスとして君臨しています」
君臨しているということは、コカトリスたちをあの鶏が従えていると?
「はい。
五村にコカトリスたちを連れて来たときは、大きな籠に一羽ずつ入れていたのですが、籠を壊さんばかりに大暴れしまして」
あ、連れてきたときはやっぱり籠に入れていたんだ。
「あまりの暴れっぷりに、やはり飼育は無理だと誰もが思っていたところに、ヨウコさまが連れてきたあの鶏がコカトリスたちを叩きのめしまして。
以降は従順で、牧場に放っても逃げません」
そ、そうか……
コカトリスたちが時々、俺に助けてという表情を向けていたのは気のせいじゃなかったのか。
「飼育体制が整うまでは、あの鶏を借りたいのですが」
鶏が嫌がっていないならかまわないぞ。
コカトリスたちは嫌がっているけど……
しかし、ヨウコはどうしてあの鶏がコカトリスたちを従えるとわかったんだ?
「そこに関しては、鶏が立候補したみたいですよ」
立候補?
「ええ。
大暴れするコカトリスをどうしようかと悩んでいたヨウコさまに、鶏のほうから」
へー。
ヨウコは鶏を相手に愚痴でも言ったのだろうか?
その姿を想像し、ヨウコに仕事を任せすぎかなと反省した。
あと、鶏が村に戻ってきたら褒めておこう。
「我が愚痴を言ったのはヒトエにだ。
そのヒトエが鶏に伝えたらしくてな……まあ、助かっておる」
ヨウコに聞いたら、そう言われた。
そうだったのか。
なんにせよ、愚痴を吐かせるほど仕事を任せてすまない。
今度、まとめて休みでもとってくれ。
ああ、もちろん俺がヨウコの代わりになれないことは理解している。
一人ではやらないさ。
手伝ってくれる人手のあてはある。
能力はあるけど、ぐーたらしている天使族に仕事を与えてほしいとマルビットから言われていてな。
ヨウコが休んでいるあいだぐらいなら、なんとかしてみせるさ。
まあ、いきなり休めと言われても抱えている仕事があるだろうから、ヨウコの都合のいいタイミングでかまわないぞ。
あ、うん。
畑仕事があるタイミングは避けてほしい。
すまない。




