閑話 希望のクリム
悪魔とはなにか?
説明は難しいけど、例えるなら……
ワインの樽に残る澱のようなもの。
そして、このワインの樽を神が持つ魔力を溜めた壺だと思ってもらえればいい感じになるかな。
そう。
悪魔は魔力が固まり、勝手に意思を持った存在。
でも、神が魔力を地上に注ぐときに濾されるから、地上に降りることはほぼない。
小さいのが運よくって感じ。
大きいのは世界創生時か、なにか事故があったときぐらいね。
これらが悪魔の祖。
いえ、悪魔の元というべきかしら。
この地上に降りた大小の澱の総量が、悪魔の総量と言えるのだから。
その悪魔の元を使って存在しているのが、古の悪魔族とか、太古の悪魔族とか呼ばれている存在。
本物の悪魔よ。
一般に悪魔族と呼ばれる種族は……一つの大きい澱が砕け、粉よりも細かくなり、ほかの物や魔力と交わって生まれた存在。
最初のころはまだ悪魔だったかもしれないけど、交わり始めて何千年と経過しているいまは、もう別種族。
こっちは総量とか関係ないから、勝手にどんどん増えてるみたい。
興味がないので、これ以上は詳しく知らないわ。
さて、私の父……偉大なる悪魔は創生時に地上に降りた大きな澱の一つ。
長くその力を保っていたけど、肉体を失い、形を失いつつあったみたい。
父はそれを受け入れていたのだけど、何者かが父を復活させようとしたらしい。
私はそのときに父から分かれ、生まれた。
生まれたばかりだけど、私には父の知識と記憶がある。
力だって、父からはそれなりにもらった。
大きな澱には勝てないけど、小さい澱には負けない。
それが私。
…………
なんだけど、動けない。
私はなにに宿ったの?
父の姿の像?
それなら受肉して動けるはずだけど……
父の知識と記憶を探る。
わからない。
父と交信する。
たすけてー、うごけないー。
父の話によると、父は《美術品を守る悪魔》として復活。
しかし、自身が美術品ゆえに受肉して美術品を壊すことができず、動けないらしい。
私が生まれたとき、復活する父のそばにいたから、その影響で同じように像を壊して動けないそうだ。
なるほど。
……
え?
私、どうしたらいいの?
このまま?
ずっとこのまま?
落ち着け?
大丈夫?
父が友人に救出を頼む?
あの、父の知識と記憶には、友人らしきものは……痛い痛い痛いっ!
ごめんなさい!
父には友人がいっぱいです!
はい、それでその友人が助けに来てくれるのですね。
待ってます。
でも、私はどこにいるかわかりませんが、大丈夫ですか?
生まれたばかりの私にとって、百年とか二百年とかは永遠に近い感覚なんですけど。
できるだけ急ぐように頼むとの父の言葉を信じて待っていたら、悪魔の天敵であるフェニックスに絡まれた。
怖かった。
ほかにもいっぱい、怖いのがいた。
はやくたすけてー。
父から、私の場所を知っている友人に頼んだとの連絡があった。
さすが父!
大好き!
そしてしばらく経過すると、父に頼まれた友人がやってきた。
大きな澱の一つ、《不変》だ。
さすが父の友人。
強い。
え?
あ、いまは《不変》ではなく《知識》と。
承知しました。
それで、どのように私を?
像からべつの人形に魂を移すと。
なるほど。
それなら私も動けるようになりますね。
では、その人形はどこに?
自分で探せ?
無茶を言いますね。
動けないのに、どうやって探せと……あ、こっちの方角に運命を感じる。
すみませんが、近くまで運んでいただければ……
父の知識と記憶によると、多目的人型機動重機と呼ばれる土木用の機械。
あまり強くはないみたい。
外見も無骨だし、かわいくない。
でも、引き寄せられる。
もうこれしか考えられない。
早く早くと《知識》にお願いしたのですが、ちょっと待つようにと。
むう。
焦らしてきますねー。
ですが、それも少しのあいだでした。
《知識》の補助により、私は多目的人型機動重機に意識を移します。
おおおおおおおおおおおっ!
なに、この万能感!
いけるっ!
やっちゃえる!
ふははははははははははははははははははははははっ!
ご苦労だったな《知識》!
……
…………
あの、《知識》の鎖が邪魔なんですけど、どうにかなりませんか?
ならない?
暴れないと約束すればと言われましても、暴れたいのですが?
ええ、暴れたいです。
悪魔とはそういうものでしょう。
自由に力を行使する。
本能のようなものです。
生まれたてなので、それを抑える術を知りません。
どうしようもないのです。
私は《知識》の鎖から逃れようと暴れました。
ですが、駄目。
力の差がありすぎます。
ぐぬぬっ!
そこらの悪魔になら負けないのに!
父はなんて悪魔に頼んだのですか!
もうっ!
もうっ!
もうううっ!
吹き飛べっ!
私が《知識》を吹き飛ばそうとしたところで、これまで気にもとめていなかった存在が私の右足を消し飛ばしました。
文字通り、右足が消えました。
理解不能です。
なにをされたかわかりません。
ですが、気にもとめていなかった存在が、なにかを持って振りかぶっているのがわかりました。
あとでクワだと知りましたが、そのときの私には父の知識と記憶の影響で、天界の神々が持つ雷神の槌に見えました。
それが私に向かって振り下ろされました。
衝撃はありません。
ですが、私の魂が削り取られていました!
ごっそりと!
悪魔は死を恐れません。
ですが……消えるのはいやぁぁぁぁぁっ!
私は必死になって、助かる方法を模索します。
この場から逃げなければ。
ですが動けません。
鎖が邪魔をしています!
鎖をなんとかする?
無理っ!
ああ、また振り下ろされる!
私には逃げる方法が思いつきませんでした。
ただ消える。
その恐怖に怯えるだけです。
ですが、私を助けてくれる存在がいました。
私の入っている多目的人型機動重機です。
多目的人型機動重機は内部にいる私をかき集め、コックピット内で私を生成。
そして、外部に放り出してくれたのです。
たぶんですが、搭乗者を助けようとする意思が働いたのでしょう。
自身は半壊しているのに……
感謝です。
そして、受けた恩は返します。
半壊している貴方を捨て置きません。
私と一緒に来なさい。
嫌だと言っても、すでに貴方は私の体の一部です。
私は多目的人型機動重機を吸収しました。
そのあと、私はクリムという名が与えられ、《希望》という権能が定められました。
姿は……小さな女の子で固定されたようです。
力はほとんどありません。
あのクワによって魂を大きく削られたからです。
そこらの子と似たような力しか……
んー……
そこらの子の大半が、暴力的な力を持っています。
いまの私より遥かに上の。
さらには、ドラゴンの子もいます。
ドラゴン……
悪魔の天敵です。
相性が悪すぎます。
目立たないようにしましょう。
ドラゴンの親もいますし……
同じ悪魔である《慈愛》と《恩愛》がいたのは嬉しかった。
思わず、涙がでるぐらい。
でも、ドラゴンの子に懐かれたのはどうしよう。
《不変》……じゃなかった《知識》は敵。
私をあんなに怖い目に遭わせて。
鎖の恨みは忘れない。
ヨルも怖いけど、まあ、その、大事にはしてくれるから。
悪くはないと思う。
作ってくれるご飯も美味しいし。
クワの持ち主はいまだに怖い。
見ると震えるから睨んじゃう。
なにあれ?
父を復活させた人?
あー、父と交信したときにもらった知識にあった、悪魔より悪魔。
なるほどなるほど。
敵対はしない。
うん。
絶対に。
村から逃げる?
逃げないわよ。
逃げるのは敵対行為。
だから逃げない。
大丈夫。
私はここで生き抜く希望をみつけている。
ふふふ。
それは農業。
農業をマスターすれば、クワの持ち主は敵にならない。
少し観察して、私は結論を出した。
幸いにして、私は多目的人型機動重機を呼び出し、操ることができる。
小さくなっちゃったけど。
逆に農業がやりやすいと思うの!
とりあえず、季節的には次は収穫らしい。
畑からちょっと離れたところで多目的人型機動重機を使って収穫の練習してたら、ドラゴンがダイコンの抜き方を教えてくれた。
親切なドラゴンもいるものだ。
ありがとう。
あ、そうそう。
いまの私は父と交信できないぐらい弱くなってしまったけど、父の像をもらったのでそれを介して交信ができるようになった。
嬉しい。
でも、父は寝ている。
それでも交信はできるのだけど。
そういえば、ちょっと前に苦い食べ物を供えられたって文句を言ってた。
甘い物が手に入ったら、お供えにいこうと思う。
クリム 「父の知識と記憶に、農業関連がなかった……」
美術品を守る悪魔「す、すまない」
ヴェルサ 「ゴーヤだ」
グッチ 「ピーマンはどうでしょう」
ブルガ 「ケールという野菜です」
スティファノ 「セロリも食べてください」
美術品を守る悪魔「振りじゃないって言っただろうがっ!」
クリム 「練習練習……」
ドライム 「見込みがある」
村長 「期待の新戦力だ」




