美術館のお出迎えオブジェ
大樹の村にやってきたプラーダから、美術館の展示室の入り口付近にオブジェを飾りたいとの提案があった。
オブジェを飾ることで、美術館に足を踏み入れたときの印象を固めるそうだ。
特定のオブジェを見て、あの場所かと記憶させるわけだな。
悪くないことだと思う。
だが、プラーダの持ち込んだオブジェの案、金で作られた俺の像は却下する。
「三倍の大きさでは小さすぎましたか」
五メートルちょっとの計画になっているが、そういう理由じゃない。
「では予算?」
メッキにする気のない計画だから膨大な予算が必要となり、それはそれで問題だが、違う。
俺の像が駄目だということだ。
「むう」
美術館を印象つけるのが目的のオブジェなら、安直だが神さまかドラゴンにすればいいと思うぞ。
「んー、悪魔族としては、どちらも柵のある相手でして」
ドラゴンはわかるが、神さまも?
「人間の味方をした神からすると、悪魔族は滅ぼすべき種族だったようで」
そういうものか。
でも、全ての神が敵だったわけじゃないんだろ?
「そうですが、悪魔族として神を信仰するのはちょっと違うなぁと」
ふむ。
まあ、プラーダの美術館だ。
プラーダが好まない物を飾るのはよくない。
プラーダの好きな物は美術品、あとは金貨だっけ?
「金貨が嫌いな人っているんですか?」
ははは、たしかにな。
金貨関連だと、以前作った金貨が降り注ぐ小屋を思い出すが、あれは美術館には似合わない。
欲が前面に出すぎる。
カジノだとかだといいかもしれないけどな。
美術館だと……
やはり、素直に彫刻や像がいいな。
ただ、神さまもドラゴンも駄目だとなるとなにが残る?
悪魔族の像とかか?
プラーダたちを直接表現するのは、自分の像を嫌がった俺としてはできない。
なので前の世界の悪魔のイメージで……
こういったのはどうだろうと、木を削ってみた。
サイズは小さめ。
五十センチぐらい。
問題がなければ、大きいサイズで作ればいい。
俺が作る必要もないしな。
俺の作ったサンプルの悪魔の像を、プラーダと一緒に美術館に持っていった。
プラーダからは絶賛されたが、カティたちの意見も聞きたかったからだ。
まずはカティ。
「腰、ほっそ!」
次にルディオ。
「角、でっか!」
最後にシャルネ。
「肩の大きさがいいかんじ。
腕が四本あっても違和感がない。
肩甲骨が……それぞれの腕に独立していて可動域も問題なし」
えーっと、これはどう評価されたと判断すればいいんだ?
「好評ということです。
これでいきましょう」
プラーダがそうまとめた。
いいのだろうか?
「素材はこちらで用意しますので、村長に制作をお願いしても?」
俺でいいのか?
専門家に頼んだほうがいいものができると思うが?
「ですから村長なのです。
お願いします」
わかった。
引き受けよう。
ただ、細かい注文は受けられないからな。
細かい注文を受けられるほど、器用ではない。
数日後。
プラーダが素材を用意した。
素材は巨大な黒い岩だった。
高さは……八メートルぐらい?
横幅も同じぐらい。
設置予定の場所に作られた巨大な台座の上に、どどーんと鎮座している。
「サンプルから推測して、これぐらいのサイズが必要かと思いましたので」
いや、まあ、それはいいんだ。
【万能農具】で彫るから、サイズはあまり気にしない。
気になるのは、この巨大な黒い岩を、どうやって美術館に運び込んだかだ。
明らかに搬入用の扉より大きい。
そしてかなりの重量だろう。
「カティの能力です」
プラーダの説明によると、カティはどんなに大きい物でも箱に入れて持ち運ぶことができるそうだ。
すごく便利だな。
それを知っていれば小型の飛行船を運ぶのを任せたのに。
「便利ですが、条件がいろいろありますよ」
たとえば、箱から出した物はすぐに入れられないとか。
箱に入っている物は駄目とか。
飛行船は?
「厳しいと思います。
家とか馬車は無理ですから」
プラーダの説明を、カティは否定しなかった。
うまい話はそうないということか。
いや、使い方次第だな。
今回の素材を運ぶのには役立っているわけだから。
制作開始。
素材の周囲に足場を組み、俺はノミの形にした【万能農具】を構える。
サンプルとの素材の違いは気にしなくていい。
【万能農具】がなんとかしてくれる。
サンプルをそのまま大きくして彫るだけだから、それほど難しい作業でもない。
しかし、それでは形を作っただけ。
像ならば魂を入れなければと思うのだけど、悪魔の像に魂を入れていいものなのだろうか?
いや、迷うな。
迷うと出来が悪くなる。
ただ無心で素材と向き合い、全力を尽くす。
それでいいはずだ。
無心で取りかかったら、二日すぎてた。
時間感覚がなくなっていたようだ。
【万能農具】を使っていたから疲労感はなかったが……
ここまで集中したのは初めてのような気がする。
食事はちゃんと取っていたらしい。
プラーダたちが運んでくれていたようだ。
手間をかけさせてすまない。
だが、そのお陰で完成した。
サンプルとはビジュアルがちょっと違って……だいぶ違うが許してほしい。
サンプルより迫力があるところとか、武器を持っていることとか、気にしなくてもいいんじゃないかな。
悪魔の像なのは間違いないから。
うん。
……
俺がそう言い張っても、この美術館はプラーダたちが管理している。
プラーダたちが駄目だと言えば、悪魔の像は撤去するしかないだろう。
その肝心のプラーダたちの反応は……
拝むな拝むな。
神の像じゃないんだから。
でも、受け入れてくれたようだ。
よかった。
像のタイトル?
それは決まっている。
美術品を守る悪魔だ。
「なるほど。
美術品を汚そうとする者の首を、あの大剣で切るわけですね」
「美術品を貶す者の歯を、あのペンチで引き抜くと」
「美術品を盗もうとする者の手を、あの釘で打ち抜くわけか」
「美術品を破壊する者の頭を、あのノコギリで割る……」
そ、そういった設定は考えていなかったけど、まあ好きに決めてくれ。
ただ、いまさらだが……
美術館の入り口に悪魔の像があるのはどうなのだろう?
ま、まあ、来館者の印象には残るか。
俺は一仕事を終えた満足感を持って屋敷に戻った。
当然ながら二日も制作に集中していたので、いろいろと仕事が溜まっており、消化するのに時間がかかってしまった。
反省。
あー、叱ってくれてもいいんだぞ。
そうルーやティアに言ったら、逆に甘やかされた。
うーん。
ちょっと葛藤があったけど、俺は甘えた。
すると、リアやアン、ハクレンにラスティまで甘やかしてきた。
遠慮なく甘えた。
後日。
俺が彫った悪魔の像の噂を聞いたグッチ、ブルガ、スティファノの三人がプラーダ美術館に向かった。
プラーダ美術館はオープンしているが、大々的な宣伝はしていないので客は少ない。
像だけでなく、展示されている物もゆっくりと観られるだろう。
戻ってきた三人に感想を聞かせてもらった。
「本物の……いえ、まさに美術品を守る悪魔でしたね」
「緊張感のある美術館です」
「美術館内では、怖くて喋れません」
ひょ……評価されたってことで、いいのかな?
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