携帯食と和室部屋
鬼人族メイドたちが厨房でなにかを作っていた。
なにを作っているのだろうと見ていたら、出来上がったのは短い棒状の食べ物だった。
「栄養調整食です」
たいていの種族は一本で、体の大きな種族は三本から五本で一日に必要な栄養が取れる……ことを目指した食品らしい。
一本、もらってひと齧りする。
………………
美味しいものではないな。
「味よりも栄養重視なので。
あ、お腹に溜まる食材を多く使っているので、全部食べるのは避けてください。
夕食が入らなくなります」
そうだな。
「どうです?」
どうですと言われても……もう少し食べやすく味をつけてほしいかな。
チョコとかフルーツとかを使うのはどうだ?
「なるほど。
参考にします」
それで、急にどうしてこんなものを作ろうと思ったんだ?
「ヨルさまに求められまして」
ヨルが?
門番のときの食事か?
いや、違うな。
ヨルなら……
ダイダロスやジークフリートに乗っているときに食べたいと考える。
「その通りです」
鬼人族メイドたちがそういった遊びに付き合うのは珍しいな。
「ハイエルフのみなさんからも、携帯しやすい非常食がほしいと要望されていましたので」
なるほど。
「ハイエルフのみなさんも、独自に携帯しやすい非常食を作っているのですが……
その、草を丸めたようなもので、味も独特というか……」
知らずに食べると、吐き出すレベルと。
「あまりの青臭さに……
ただ、食べきると二日ぐらいは食欲が湧かなくなるらしいです」
それは体にいいものなのだろうか?
「最終手段だそうです」
そうであってほしいな。
そして、その前段階として、今回の携帯しやすい非常食か。
後日、チョコ味、フルーツ味、ハチミツ味、チーズ味、ヨーグルト味、小麦味などの携帯しやすい非常食ができた。
……小麦味?
パン味ではなく?
「小麦味です」
美味しいのか?
「美味しくないです」
なのに作ったのか?
「ヨルさまが、不味くないと駄目だと」
へ、変なこだわりがあるな。
「小麦味はヨルさま専用で、少量の生産予定です」
そうしてほしい。
この携帯しやすい非常食の名はどうするんだ?
「とくに考えていませんでしたが……
携帯食棒でかまわないのではないでしょうか」
わかった。
生産数とかはどうするんだ?
「長期保存できるようにしていますが、実際にどうなるかはわかりません。
ここにあるもので確認してから……おや?」
妖精女王がフルーツ味とハチミツ味の携帯食棒が載った皿に手を伸ばしていた。
がっつり掴んでいる。
妖精女王。
全部は駄目だ。
半分は残しなさい。
あと、子供たちには食べさせちゃ駄目だぞ。
これらは非常食。
夕食が食べられなくなるから。
そう言うと、妖精女王は皿から手を離し、フルーツ味とハチミツ味の携帯食棒を数本ずつ持っていった。
「フルーツ味とハチミツ味の携帯食棒は、人気が出そうですね。
保存期間を確認できたら定期的に生産します」
鬼人族メイドはそう言ってニコニコしている。
妖精女王には甘いなぁ。
「村長ほどではありませんよ」
そうか?
俺は妖精女王に厳しいつもりだぞ。
うん、厳しいはずだ。
村は秋を迎えたので、各地で武闘会に向けた訓練が始まる。
普段から訓練はしているが、いっそう激しくという感じだ。
元気があってよろしい。
そう思う一方で、コタツを求めてくる一部の天使族。
まだ寒くないだろ?
「飛行船に載せたいのです。
ゆったりとした飛行船の部屋で、コタツに入りながらお茶……素敵」
飛行船の運行スタッフになることを希望した天使族だった。
いや、気持ちはわからなくもないけど、飛行船のなかって魔道具で室温が調整されているだろ?
コタツは邪魔じゃないか?
「村長。
コタツはテーブル兼布団なんです」
キリッとした顔で言われても……
まあ、保温石を抜けば問題ないか。
わかった、余っているテーブルと、コタツ用の布団を渡そう。
「あと、あの草を編んだ床も」
草を編んだ?
ああ、畳ね。
たしかに、コタツには畳が必要だな。
わかった。
そっちも渡そう。
「わーい」
当初は運行スタッフの個室にと思ったが、コタツを設置して入ってみると、窓の位置が高くて景色がよくなかったので一等客室に変更。
一等客室は窓が大きいからコタツに入っても景色はいいだろう。
飛行船は当面、交易に使う予定なので一等客室は空いているしな。
同じく、窓が大きく使う予定のない特別客室に設置してもいいのだけど、あそこは調度品が揃っているからな。
……
特別客室はルーやティアが気に入っているから、手を出しにくいの。
一等客室に畳を敷いてコタツを設置してみた。
中途半端な和室になった気がする。
「ベッドがあるからじゃないですか?」
なるほど。
一等客室には、六つのベッドが並んでいる。
コタツに入ると、そのベッドがかなり目につく。
ベッドを外して布団にするか。
「そちらのほうが部屋を広く使えますしね」
となると、床は全て畳にしないとな。
「ですが、それだと扉が開かなくなったりしません?」
飛行船の客室の扉は、通路をふさがないように部屋のなかに向かって開く。
室内に畳を敷き詰めてしまうと、扉と畳が当たって開かなくなる。
だが、畳を敷くと靴を脱ぐ場所も必要だから、扉付近に土間を作れば大丈夫だろう。
土間を……作る前に、まずは畳を敷き詰めるか。
畳はこの飛行船用じゃないからな。
ちゃんと敷き詰められるか確かめないと。
「……少し余りますね」
だな。
客室に畳を敷き詰めると、壁と畳のあいだに十センチほどの隙間ができた。
畳の方向を変えてもどこかに隙間ができる。
あまり気にならない場所に隙間を集め、その隙間は木板で埋める。
そして扉付近に畳一枚分の土間を設置。
土間は木枠で囲って畳がズレないようにしておいた。
下駄箱やスリッパ立てもいるか。
設置。
そして本命のコタツを設置。
飛行船はあまり揺れないイメージだけど、それなりに揺れる。
揺れたときにコタツが動かないようしないと危ないので、しっかり固定。
飛行船のなかのテーブルやベッドとかもそうなっていたしな。
「村長。
布団をしまう場所が必要です」
そうだな。
隅に布団を置いておくのは、なんだか合宿場みたいな感じになってしまう。
部屋が少し狭くなるが、押し入れを作ろう。
「それでもベッドが並んでいたときよりは広いですよ」
だな。
「あ、そうだ。
布団を干す場所も必要ですよね」
飛行船の窓は基本、開かない。
この部屋では干せない。
となると……
飛行船の客室部の上、気嚢ばかりが目に入るが風通りはいいはずだ。
そう思って客室部の上に行ったら、物干しが並んでいた。
客室で使っているシーツや、洗濯物を干すのに使っているらしい。
前に飛行船に乗ったときには、こういった物干しはなかったと思ったけど……
おおっ、収納式の物干しだったか!
飛行船の客室部の上には、一回ぐらいしか行かなかったから気づかなかった。
「これなら布団も干せますね」
そうだな。
飛行船の一等客室を和室に改造し終えた。
個人的には、変えにくい飛行船の柱や壁紙とのミスマッチが気になるが、天使族には好評だった。
コタツが奪い合いになるぐらいに。
「一等客室は六人部屋なのに、コタツには四人しか入れないのが問題なのでは?」
……
もう一回り大きい、八人が入れるコタツに変更した。
運行スタッフや護衛の数を考えると、もう一つの一等客室も和室にしたほうがいいのかな?
いや、洋室好みの天使族もいるはずだ。
大丈夫だろう。
ただ、飛行船を新造するときは最初っから和室も作れるようにしよう。
感想、いいね、ありがとうございます。
誤字指摘も助かっております。
これからも、よろしくお願いします。