修理した飛行船
なにごとも、やろうとする気持ちが大事。
気持ちが乗っていると仕事が早い。
飛行船。
修理が完了した。
現在、試験飛行中だが、問題なく浮いている。
すごい。
乗れないのが残念だ。
試験飛行中の飛行船に乗っているのは、ルーとティア、それと天使族たち。
万が一のとき、自力で飛んで逃げることができるからな。
「村長が用意したパラシュートを使うのでは駄目なのですか?」
乗りたかった山エルフたちがそう言ってくる。
残念だが、パラシュートは高度がないとうまく開かない。
低空でトラブルがあったときに困る。
わかっている。
数度の試験飛行が終わったら、順番に乗ってもらうよ。
修理を終えた飛行船は、大きな気嚢を小さな気嚢二つで挟む形の飛行船。
元々は王族の所有物だったが、それがどういった理由かは知らないが払い下げられ客船として使われていたそうだ。
たぶん資金不足でしょうとはベルの予想。
王国が滅ぶとき、その客船となっていた飛行船でエイプリーたちは逃亡。
以後、隠して使用していなかったらしい。
つまり、長いこと無整備。
トラブルが起きてもしかたがない状態だ。
それを修理し、無事に試験飛行できているのはすごいことだと改めておもう。
試験飛行を終え、飛行船が大樹の村の競馬場に着陸。
着陸と言っても完全に地面に降りるわけではなく、数メートルほど浮いている。
飛行船とは、そういうものらしい。
そして、飛行中は気嚢が目立つけど、着陸すると客室部が目立つ。
客室部は四層に分かれており、各層の天井は高い。
いろいろな種族が乗るからだろうな。
なんにせよ、四層ということは四階建てのビルがあるような感じだから目立つのも仕方がない。
船として考えても、水中に隠れる部分がないわけだからな。
客室部の内部。
一番上の層は操縦室と船員用の部屋、それと機関室。
重要な要素は気嚢近くに集中している。
上から二層目は特別客室と一等客室。
特別客室は船の前方を占有する形で配置された一部屋のみ。
一等客室は左右に一つずつ配置された二部屋だけになる。
三層目は二等客室と調理室。
二等客室と呼称されているが、二畳もないかなり狭い個室が並んでいる。
壁を取っ払って大部屋にすればと思う。
四層目は貨物室。
ここはほかの層より天井が高い。
大きい荷物を運べるようにだろう。
底が抜けないか不安になるが、床面はかなり厚い。
不時着時などでは、一番最初に当たる場所だからだろうな。
この客室部の屋上に行くと……あまり景色はよくない。
気嚢ばかりが目に入る。
それなりに重量がありそうな客室を持って浮遊する飛行船の気嚢に入っている気体は、俺の知る気体ではなかった。
浮遊ガスとそのまんまな名前のガスで、羽魔水晶……風魔水晶の類似品みたいなものに、特殊な魔法薬をかけて生成されるものだそうだ。
毒性や可燃性はないので、とても安全。
ただ、普通の袋や布だと浮遊ガスを留めておくことはできず、これまた特殊な魔法薬を内部に塗った容器や袋が必要とのこと。
飛行船の気嚢の中には、そういった容器と容器を固定する支柱、あと、容器に浮遊ガスを送り込む配管が詰め込まれている。
「配管はもう少し整理したかったけど、とりあえずは復元を目指したからね」
一回目の試験飛行を終えたルーが説明してくれる。
ティアと天使族たちは、気嚢の内部でガス漏れがないかを調べている。
「客室も昔のままに復元したけど……どうする?
二等客室は潰しちゃう?」
あー、そうだな。
それは飛行船をどう使うか決めてからだな。
客船にするのか、観光船にするのか、交易船にするのかで内容が変わる。
……
そういえばこの飛行船。
何人で運行するんだ?
「動かすだけなら航法士、操舵士、機関士の三人がいれば問題ないわ。
三交代勤務でも九人ね。
あとは船の使い方で増えるかな」
使い方で増えるのか?
「例えば客船にするなら、客室乗務員や料理人、医療スタッフが必要でしょ?」
あー、たしかに。
「あと、航路によっては護衛も同乗させないと」
空を縄張りにする魔獣や魔物はいるもんな。
護衛は必要か。
「飛べる種族か魔法使いじゃないと、役に立たないけどね」
ふむ。
船員の人選も大事だな。
とりあえず、どう使うかを早めに決めるよ。
「了解。
それと……」
なんだ?
「試験飛行中、ずっと万能船が横を飛んでいたんだけど」
飛行船が心配で見守っているだけだ。
気にするな。
「そう言われても……どこかで使うってなったとき、万能船がついてきたりしない?」
さすがにそれは万能船の船長であるトウが止めるだろう。
「そのトウが、万能船が言うことを聞かないって私に相談してくるんだけど」
万能船を作ったのはルーだからな。
わかった。
俺から万能船に言っておくよ。
「お願いね」
頑張る。
飛行船の新造計画。
製造は技術的に問題ない。
問題は浮遊ガス。
飛行船の気嚢に使うには特大サイズの羽魔水晶が必要となるのだが、その特大サイズの羽魔水晶はかなり希少だ。
そしてそれは消耗品でもある。
試験飛行のために使った特大サイズの羽魔水晶は、大サイズの羽魔水晶になってしまった。
毎回、飛行船から浮遊ガスを抜くわけではないので試験飛行で使い切ることはないが、潤沢にあるというわけでもない。
「ゴロウン商会やダルフォン商会に頼んでも、入手はむずかしいと思うわ」
ルーの意見に俺も同意。
実際、ゴロウン商会やダルフォン商会に特大サイズの羽魔水晶の在庫はなく、入荷に関しても未定と言われた。
試験飛行に使った特大サイズの羽魔水晶は、ドースから購入したものだ。
うん、購入。
でも支払いはお金ではない。
ヒイチロウが作るブローチの数が増えてしまっただけだ。
ふがいない父を罵ってもらいたい。
ヒイチロウにはそれなりの代金を払うけどな。
なんにせよ、飛行船を新造したとしても、特大サイズの羽魔水晶の入手が安定しないと使えない。
それどころか、修理した飛行船も満足に飛ばせない。
特大サイズの羽魔水晶を採掘できる場所を見つけるか、もしくは新たなガスの生産方法を考えるかなんだが……
とりあえず、ゴロウン商会やダルフォン商会に特大サイズの羽魔水晶を頼んでいる。
冒険者ギルドが頭をよぎるが、冒険者ギルドには依頼を出さない。
それらはゴロウン商会やダルフォン商会が出すからだ。
そこを無視して俺から依頼を出すと、特大サイズの羽魔水晶の値が跳ね上がってしまう。
実は特大サイズの羽魔水晶。
希少なのに値が安いという変な状態。
浮遊ガスを発生させるため以外の使い道が、ほぼないからだ。
しかも、浮遊ガスを扱うにも特殊な魔法薬が必要となると、気軽に浮遊ガスを作れるわけでもない。
そうなると、浮遊ガスってほんとうに必要なのかと思う者が出てくる。
浮遊ガスというか飛行船だな。
飛行船がなくても移動する方法はある。
例えば、転移門とか、空飛ぶ絨毯とか。
そして飛行船が飛ばなくなり、羽魔水晶は必要とされず値が下がり、さらに持ち込まれなくなって希少性が高まったという現在。
「新造の飛行船って、必要?
修理した飛行船だけでよくない?」
ルーが冷静に聞いてくる。
うーん、飛行船を使った観光遊覧とか交易船は悪くないと思うんだよなぁ。
ほんとうに特大サイズの羽魔水晶の入手がネックだな。
ルーには浮遊ガスに代わる新たなガスの研究を任せてもいいか?
「ごめんなさい。
ちょっとほかの依頼が立て込んでいるから厳しいわ」
そうか。
「私の代わりに、シャシャートの街のイフルス学園でいいかしら?
私から頼んでみるわよ」
いいのか?
「ええ。
ただ、支払いはそれなりに必要になるけど」
研究に金がかかるのは当然。
とりあえず、金貨百枚で。
「あはは。
ありがたいけど、相場を超えてお金を出したら逆効果よ」
そうなのか?
やる気になるものなんじゃないのか?
「お金でやる気になるなら、研究者をやってないわよ」
そ、そうなの?
「ええ。
ただ、研究にはお金が必要だから、お金には釣られるんだけどね」
つまり?
「最初はぎりぎりか、ちょっと余るぐらいの額を出して、依頼を達成できたら追加でお金を渡すって形にしないと」
なるほど。
「研究者は依頼よりも、自分のやりたいことを優先する生き物だから」
否定しきれない。
重みのある言葉だ。
研究者「あと少しで完成しそうです」
ルー 「全然、進んでないってことよ」
研究者「もうすぐ完成します」
ルー 「まだまだかかるわ」
研究者「完成しそうです。でも、完成させるには予算が足りなくて……」
ルー 「出しちゃ駄目よ。自費でやらせて、完成したら払う方式で」
研究者「……ルーさま、厳しくない? 貴女も研究者ですよね?」
ルー 「だから手口を知ってるの」
万能船「妹が飛んでる……」
トウ 「俺たちの時代の飛行船だから、お前より遥かに年上だぞ。姉じゃないか」
万能船「……」
トウ 「最近、万能船と上手くいかなくて……」
ルー 「私に言われても……」
村長 「村に来た順に決まっているだろう! 妹で間違いない!」
万能船「ですよね!」
村長 「トウにも強く言っておく!」
万能船「よろしくお願いします!」