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洋菓子店の職人

ちょい長めです。


 私は辺境の村で生まれた魔族の女です。


 ですが、私には魔力がほとんどありません。


 魔力がないと、魔法が使えないので戦力として一段下の扱いをされます。


 また、結婚もできません。


 生まれてくる子が魔力がない可能性が高いからです。


 辺境の村では、魔獣や魔物との戦いが常にあります。


 なので仕方がないと受け入れていましたが……


 まさか、村から追い出されるとは思いませんでした。


 ぐぬぬ。


 村の連中は、吟遊詩人ぎんゆうしじんが語る物語を知らないのでしょうか?


 聞いていたはずなのに!


 そう、主人公を追い出した側は、不幸な目にうのですよ!


 いや、私が主人公と言い張るのは難があるかもしれませんが……


 誰だって自分は主人公なのです!


 ……はっ!


 ひょっとして、村で活躍できない私を、活躍できる場に送るために……


 違う?


 私は食にうるさいくせに、三人前食べるから?


 ……


 バーカバーカ、戻って来いって言われても戻ってあげませんからねー!



 私は各地を転々としました。


 どこかに定住したいとは考えていたのですが、仕事が長続きしません。


 長続きしない理由?


 喧嘩っ早いからですかね。


 魔力がないので腕力を鍛えるしかなく。


 そう、鍛えるしかなく。


 お陰で、女だと思って甘くみた相手から旅費を寄付きふしてもらい、旅を続けることができました。


 寄付です。


 巻き上げたわけじゃありません。


 ほんとうですよ。


 ただ、殴り合いの後、私の夫になりますかと誘ったら、向こうが勝手に財布を出してきたのです。


 私は悪くありません。


 しかし、寄付だけでは生活が厳しいです。


 なんとかしなければと思っているところで、大きなギャンブル場の話を聞きました。


 白鳥レース。


 いいですねぇ。


 私は白鳥レースを目当てに、五村を目指しました。


 そして、ここで私は運命という言葉の意味を実感したのです。


 あ、いえ、白鳥レースで勝ったのは運命ではなく、実力です。


 あの白鳥、人気薄だったのにやる気に満ちてましたからね。


 彼なら勝てると信じた結果です。


 配当、すごかった!


 ごはん、美味しかった!


 違う、運命の話!


 私は出会ったのです!


 クロトユキというお店で食べたケーキに!


 そう、ケーキです!


 すごい!


 なにこれ!


 甘い!


 すごい!


 甘い!


 もっと食べたい!


 え?


 ちょうどケーキを作る職人を募集している?


 やります、やります、やらせてください!


 料理は素人です!


 焼いて食べるぐらいです!


 胃は大きいです!


 大人三人分ぐらい食べます!


 自分で言ってなんですが、アピールになっていませんね。


 ですが、なぜか私は職人候補として修業に参加できることになりました。


 ありがとうございます!


 そして修業はつらかった……厳しかった……


 でも、やり遂げました!


 いまだ一人前とは胸を張って言えませんが、新しくできるお店で雇ってもらえることが決まったのです!


 しかも寮に入ることも可能!


 これまでは宿に長期滞在していたので助かります!


 修業の合間に、クロトユキで給仕や料理人の手伝いをしているので、なんだかんだ収入はあるのですけどね。


 五村は美味しい料理を出すお店が多すぎます。



 私は宿を引き払い、職人や販売員たちと一緒に雇ってくれたお店に向かいます。


 案内は職人の一人……リーダーのエルフさんが、事前に行って場所を確認しているので案内してくれました。


 お店は、五村の麓にありました。


 ……


 うーん、五村から少し離れていて、商売をするのに適しているとは言い難い場所に思えます。


 大丈夫でしょうか?


 お店が潰れると困るのですが?


 少し不安でしたが、お店を見て考えを改めました。


 なにこれ?


 ガラスの扉?


 階段が動くってなに?


 魔法の窯や冷蔵庫、冷凍庫はクロトユキにあったので驚きませんが……数や大きさに驚きます。


 とくにこの大きい冷凍庫。


 中に閉じ込められたら、死んでしまいますね。


 あ、中から扉を開ける方法があるんですか。


 絶対に忘れません!


 そして、これほどの設備……


 どれだけお金をつぎ込んだのか。


 お店の本気度を確認できました。


 そう簡単には潰れないでしょう。


 いいところに雇われたようです。



 おっといけない。


 まずは雇ってくれた店長に挨拶を……店長代理?


 五村のヨウコさまや、クロトユキのキネスタさまもそうでしたが、偉い人は代行とか代理になるのが都市部の流行りなのでしょうか?


 抵抗はしません。


 流されます。


 ええ、つまらないことにはこだわらないのです。


 ところで店長代理?


 お若いように思えますが?


 あ、やっぱり私より年下ですか……


 種族は見た通り、獣人族。


 ふむ。


 大丈夫でしょうか?


 私を含め、やってきた職人や販売員は相手の年齢や種族で上下を決めません。


 そういった判断をする者は、採用段階で弾かれたと聞いていますからね。


 ただ、実力。


 実力をみます。


 実力は、ケーキ作りに限りません。


 なんでもいいのです。


 殴り合いでも魔法でも。


 なにかしらの才がないと、下に見られてしまいます。


 お店の店長代理なのですから、お金を持っているかもしれませんが……お金を持っていることは逆にねたまれやすいんですよね。


 トラブルにならなければと思っていると、店長代理の補佐役を名乗る天使族が五人、やってきました。


 店長代理の指示を聞いて、しっかりと実行する補佐役の天使族。


 ……


 種族で上下を決めませんが、種族で危険度は決めます。


 天使族、かなり危ない。


 その天使族を従える店長代理。


 なるほど。


 逆らっちゃいけない。


 私はなにを考えていたのでしょうか。


 上下じゃないですよね。


 仲間。


 そう仲間。


 私たちはこのお店をやっていく仲間なのです!


 ほかの職人や販売員たちも同じ考えのようです。


 よかった。


 頑張ります!



 私は自身が寝泊りする部屋を与えられ……


 あの、この部屋、魔法の照明に魔法の空調箱があるのですが?


 部屋を間違えていませんか?


 この部屋で間違いないと。


 へ、へー。


 ベッドは新品。


 シーツは綺麗。


 テーブルと椅子は……しっかりしてますね。


 棚もあって……金庫?


 開錠のための番号を自分で設定するタイプで、忘れると壊さないといけなくなるから注意と。


 ちゅ、注意します。


 えっと、二階に従業員用の食堂があるので食事はそこで。


 料理人を雇う?


 いえいえいえいえいえ、私たちで作ります!


 ケーキ以外も作れますので!


 は、はい。


 様子をみてください。


 お願いします。


 でもって、次は……お風呂?


 え?


 ここってお風呂があるんですか?


 仕事の前にはお風呂に入るようにと……いえいえ、狭いだなんて。


 大人が五人は入れますよ。


 男女別……離れた場所にお風呂が二か所あるのは、なぜかと思ったらそういうことですね。


 はい、ではこちらが女性用ということで男性の立ち入りを禁止します。


 向こうのお風呂が男性用で、女性の立ち入り禁止で。


 洗濯は……庭ですね。


 はい、大丈夫です。


 洗濯はできます。


 井戸の使い方は、五村と一緒と。


 綺麗に使います。


 はい。


 案内と説明、ありがとうございます店長代理。


 えっと、そうですね、まずは魔法の扉や動く階段、移動するための箱の使い方を覚えないといけないなと思います。


 頑張ります。


 質問?


 あー、質問というか、気になったのは建物の内外にトイレが多いなぁと?


 いえ、あまり並ばなくても使えそうで、ありがたいです。


 ただ、掃除が大変だなぁと。


 そうですね、掃除当番を決めなければいけませんね。


 このあたりは従業員で話し合って報告します。


 ……


 店長代理は掃除しなくていいです!


 お願いします!


 掃除はこちらでやらせてください!




 ふ、ふう。


 なんだかんだ店での生活にも慣れました。


 慣れたと思います。


 仕事に逃げたわけじゃありません。


 慣れたのです。


 あー、自分で作ったプリンが美味しい。


 ケーキ職人を目指していますが、そればっかりでは視野が狭くなりますからね。


 ケーキ以外にも、いろいろと作るのです。


 ……


 もう少し舌触りがよくなるでしょうか?


 なりますよね。


 よし、作ってみましょう!


「厨房に入る前に風呂に入れ!」


「あと、いまは夜だ!

 寝ろ!」


 そっちは起きてるじゃない!


「昼に休みを取ったからいいんだよ」


「あと、寝る前にプリンを食うな!」


 え?


 どうしてわかったのですか?


「空のプリン容器を持ってたら、誰だってわかる」


「あと、口元にプリンがついてる」


 ……


 口元をいていると、店長代理が怖い顔をしてやってきました。


 はい、寝ます。


 明日にします。




 この店では、いろいろと訓練します。


「今日から防犯訓練だ!」


 昨日までは防災訓練で、建物内で火事が発生した状況での消火や避難を学んでいました。


 そんなことよりケーキを作りたいのですが、職場を守れなくてなにが職人かと店長代理に一喝いっかつされ、全力で取り組みました。


 今日からの防犯訓練も、全力で取り組みます。


 ふふふ。


 内容的に、強盗がやってきたときの対応ですよね。


 全力で殴ってやりますよ。


 え?


 逃げなさい?


 どうしてですか?


 お店に害なす相手、やってやりますよ!


 わ、わかりました。


 とりあえず、様子を見て判断します。


 えーっと、強盗役として十人の冒険者さんがお店を襲うという状況と。


 ……


 冒険者さん、完全武装ですね。


 これは逃げないと駄目です。


 それぐらいの判断はできます。


 ああ、なるほど。


 逃げるときに何を持って逃げるかですね。


 職場で価値の高そうな物を持って逃げる訓練と。


 違う?


 命が大事?


 なにも持たずに逃げろと?


 えー。


 でも、命令なら仕方がありません。


 従います。


 ですが、無抵抗でお店が蹂躙じゅうりんされるのは……


 大丈夫?


 とりあえず、見学?


 わ、わかりました。



 冒険者の一団が店内に雪崩なだれ込んでくると、それに立ちはだかる店長代理。


 店長代理?


 店長代理、武器を持ってませんよね?


 なんなら防具も?


 いや、エプロンは防具じゃありません!


 天使族のみなさんはなにをしているのですか!


 店長代理を守らないと!


 焦る私は、冒険者の一人が持つ剣が店長代理に振り下ろされるのを見ました。


 ……


 冒険者の持っていた剣は、根本から折れていました。


 ほかの冒険者の武器もです。


 剣やナイフが根本から折れています。


 店長代理がやったのですか?


 違う?


 で、ですよね。


 店長代理は一歩も動いていませんから。


 このお店の防犯魔法みたいなもの?


 その防犯魔法で、冒険者たちの持つ武器は次々に駄目にされていきます。


 そして冒険者たちは素手で店長代理に挑みますが……


 店長代理が圧倒しました。


「これなら、山羊ヤギのほうが手ごわいですね。

 もう少し強い方をお呼びしたほうが……え?

 それなりに名が通っている方?

 し、失礼しました」


 ……


 店長代理、すごい!



 防犯訓練が終了し、冒険者たちが帰ったあと。


 防犯魔法ことスナイプスパイダーさんに挨拶してもらいました。


 へー。


 糸で武器を壊したわけですね。


 ……


 そうですね。


 どちらが上とか、下とか関係ありません。


 私たちは仲間。


 いえ、家族。


 そう、家族なのです!


 このお店を、職場を愛する家族なのです!


 頑張っていきましょう!


 ……


 あ、ご兄弟がたくさんいるんですね。


 いえ、よろしくお願いします。


 仲よくしましょう。


 そして、仲よくするために、厨房に入る前に足は洗ってください。


 これはお願いではなく、絶対です。


 よろしくお願いします。




 私は辺境の村で生まれた魔族の女。


 いまは五村の洋菓子店フェアリーフェアリで働く職人の一人です。


 いろいろと私のなかの常識が変化しましたが、それもケーキのためです。


 なにも問題ありません。


 これからも頑張ります。





●仕事が長続きしない理由


 村を追い出されたときの私は若かったのです。


 ええ。


 売られなかっただけ、温情だったのですよね。


 私は女ですから。


 ……


 売れなかったの間違いじゃないか?


 言っていいことと、悪いことがありますよ?


 殴ったら、働き口がなくなりました。


 ぐぬう。







誤字脱字の指摘、助かってます。

これからも、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
ちゃんとスタンバッシュを制御できるお子様たち
盗みに入ったら、コックが元特殊部隊員だったみたいなものかな?
好きものこそ上手なれ の典型例ですな
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