村に帰る
森に入って魔物たちの動向を調べていたシルキーネさん。
魔物たちがやって来た方向も大事だけど、逃げた方向も大事。
方向によっては、遠くにあるとはいえ村や街に警戒するように命令を出さなければいけないからだ。
幸い、今回はその必要はないとの判断をした。
一番大きな群れでも、村や街に辿り着く前に脅威ではない数になっているだろうと見たから。
まあ、一応の用心として村や街には警告をするらしい。
これで万が一があっても、まったくの不意打ちで村や街が襲われることはないだろうとのこと。
獣もなんとかすると言ってたし、問題はないだろう。
いろいろあったが、雄のメレオの輸送は完了。
お土産も渡した。
そろそろ帰ろうと思う。
雄のメレオに別れを告げる。
なに、また会いにくる。
お前の飼い主と一緒にな。
頑張るんだぞ。
だが、駄目なときは駄目って言う勇気だ。
飼育員たちに頼れ。
恥ずかしいことじゃないからな。
あと、心の棚。
わかっているならいいんだ。
忘れるな。
それじゃあ、元気でやるんだぞ。
雌のメレオたちも、雄のメレオのことを頼んだぞ。
ん?
ああ、畑の果実を駄目にしても叱ったりはしない。
最初は誰でも失敗するもんだ。
俺も失敗は多かった。
駄目になったら、また来て作るから。
心配するな。
気長にやってくれ。
帰る方法は、来たときと一緒。
俺はハクレンに乗って。
ダガとガルフはビーゼルの転移魔法で。
ビー婆も五村に戻るそうなので、ハクレンに乗って行かないかと誘ったのだけど……
「遠慮するよ。
これ以上、ドラゴンの機嫌を悪くさせたくはない」
断られてしまった。
ハクレンはニコニコしているし、べつに機嫌が悪いわけじゃないけどな。
ただ、ビー婆の曾孫……じゃなくて、えーっと、玄孫になるフラシアに会ってもらいたかったのだけど。
「五村にいたら、そのうち会えるさ。
ああ、わざわざ連れて来るんじゃないよ」
ビー婆はそう言って自分の荷物を持つ。
「おっと、そうだった」
ビー婆は思い出したように魔力を操作して、自身の肉体を変化させた。
……
二十代、白髪で褐色、身長高めの誰がどうみても美人さん。
「おばあさま?
その姿は?」
「なにか文句あるかい?
私はこれでも女だよ。
いつだって若くみられたいものさね」
「えーっと……」
「絵に集中すると、余計な魔力操作は邪魔になるからね。
かといって老いた姿を見せびらかす趣味はないから、あの家にこもって作業しているんだよ」
へー。
ちなみに俺は、ビー婆の若い姿に見覚えがあった。
白鳥レースで大盛り上がりしていた人の一人だ。
大勝ちして、周囲の人と一緒にレースの見物席で宴会をしていた。
「あの、おばあさま。
ひょっとして母も?」
「そりゃ、普段の姿でいたら先代クローム伯の妻だって騒ぎになるからね。
でも、私のような姿じゃないよ。
若くて美人だと客が寄りにくいって、ふくよかな姿をしていたね」
ふくよか?
たしか仕立て屋を……そうか、ドレスとかを仕立ててもらうなら客は女性。
頼む相手が若いと侮られてしまうし、美人だと衣服の相談はしにくいか。
「あの、それでは私が母に会うにはどうすれば?」
「魔力で見極めな。
家族だ。
それぐらいできるだろう」
「うう、が、頑張ってみます」
あの、普通に店の名前を教えてあげたらいいのでは?
「……」
あ、ひょっとして聞き流したとか?
「き、聞き流したわけじゃない。
ただ、普段は義娘の店って認識しているから店の名前が出てこない」
じゃあ、地下商店通りのどのあたりか……
「たしか、裾側から入って左側の上のほう……なかほどにあったはず」
「なにか目印になりそうなものは?」
「隣の店の看板が黄色だったかな?
いや、青色だったような……」
「……行けばわかりますよね?
今度、案内してください」
「そ、そうだね。
それが面倒がなくてよさそうだ。
ああ、今度と言わずにこれから一緒に五村まで行こうか。
ついでに私の家も教えておくよ」
「すみません。
よろしくお願いします」
ビーゼルとビー婆の話はまとまった。
ダガとガルフは転移門を使って五村から大樹の村に移動するそうだ。
まあ、問題はない。
問題とすると……
ビーゼルの後ろでシルキーネさんが悶えていることだが、どうしたんだ?
事情を知ってそうな飼育員に聞いたら、シルキーネさんは五村の地下商店通りでドレスを仕立てたことがあるらしい。
そのときの仕立て屋の職人が、ふくよかで注文しやすそうな女性だったと。
つまり、義母と知らずにドレスを頼んでいた可能性があるのか。
しかし、それぐらいで悶える必要は……ビーゼルにドレス姿を褒めてもらいたいと、その仕立て屋の職人に長々と惚気たのか。
そっか。
義母じゃないと願うしかないか。
でも、こういったときって違うことないよな。
強く生きろと心のなかで応援しておいた。
俺はハクレンの背中にある背負子に乗る。
飼育員たちから預かった、ヴェルサにサインを頼むための本も積み込んだ。
忘れ物はない。
ハクレン、頼んだぞ。
「任せなさい」
ハクレンがふわりと浮いた。
俺は見送ってくれるシルキーネさんや飼育員たちに手を振った。
「それじゃあ、行くわよー」
ハクレンは垂直に急上昇した。
なにごともなく、大樹の村に到着した。
うーん、やっぱり速い。
どこにでも移動できるわけじゃないけど、便利だ。
しかし、ドラゴンなら誰でも使える移動方法じゃないらしい。
ハクレン以外にできるのはドースやライメイレン、ギラル、グラッファルーンあたり。
ラスティは単独では無理。
ドライムやグーロンデはあの移動方法は苦手らしい。
「加減を間違えると、星から放り出されるからな」
「怖いですよね」
……
えーっと、星の自転だけでなく、公転からも脱出してしまう可能性があるのか。
そっかー。
あまり頼らないほうがいいな。
ハクレンも多用しないように。
「五十年ぐらい星の外にいたドラゴンの話はあるわよ?」
五十年もいなくなるのか?
やっぱり駄目だろ。
「はーい♪」
感想、いいね、誤字脱字指摘、ありがとうございます。
これからも頑張ります。