老婆
「気持ちよく寝ていたのに起こされたら、なんだい!
家をどう燃やすかの話をしているなんて私を驚き殺す気かい!」
すみません。
「謝るんじゃないよ!
いいから私の話は聞き流しな!」
え?
聞き流せ?
「私を殺す気かい?
こんな老い先短い老婆を!」
そんなつもりはまったく……
「だったら謝らず、偉そうな態度でこっちの話を聞き流しな!」
えー。
「反応するんじゃない!
聞き流すんだ!」
でも……
「でもじゃない!
ええい、私は家を燃やされそうになったんだから怒る理由がある!
そうだろう?」
そ、そうですね。
「だから私は怒る!
あんたはそれを聞き流す!
それだけでいい!
そう、それだけでいいんだ!
それ以上はなにも望んじゃぁいない!」
しかし、それだと貴女が怒る意味が……
「べつに私はあんたから、なにかしらの反省や謝罪を引き出そうとしているんじゃない!
だけど、家を燃やされそうになったのにヘラヘラしているやつと思われるのは、腸が煮えくりかえる!
だから怒るんだ!」
ほんとうにすみません。
「謝るな!
同じことを何度も言わせるんじゃない!
私は怒っているポーズを取って、ちっぽけなプライドを守っているだけなんだから!」
いや、でも……
「文句があるなら、あんたが謝るたびに機嫌の悪くなるドラゴンに言いな!
なんか武装しだしたし、がちゃがちゃ変形させてるし……あ、こら、いま言うんじゃない!
状況を!
状況を考えた行動をするんだよぉぉぉぉ!」
小山に埋もれていた家から出てきた老婆と知り合ったのは、少し前。
老婆の名は、ビーアナシスタ=クローム。
ビーゼルの祖母だった。
メレオの飼育場に連れて行ったら、ビーゼルがすごく驚いていた。
「い、生きておられたのですか!」
「いきなり失礼なことを言うんじゃない!
おっと待ちな。
あんた、ほんとうにビーゼル坊やかい?
ビーゼル坊やはもう少しかわいらしかった気がするんだが?」
「最後に会ってから何年経ったと思っているのですか?
ビーゼルですよ。
貴女の孫の」
「……証拠はあるかい?」
「もちろんです」
ビーゼルは奇妙な踊りを踊った。
ほんとうに奇妙だ。
「おばあさまの誕生日に踊った、おばあさまを称えるダンスです」
「あー、そうそう。
そんなダンスだった!
覚えている覚えている!
たしかにあんたはビーゼル坊やだ!
老けたねぇビーゼル坊や」
「おばあさまは、お変わりありませんね」
「ははは!
これでも化粧で若返ったつもりなんだけどねぇ」
「これは失礼を。
しかし、二百年前と変わらぬお姿なのですから……おや?
お使いの化粧品、ひょっとして?」
「アフロディ美容品店のだよ」
「妻のところのですか!」
「シルキーネが管理しているから質がいいからね。
愛用させてもらっているよ」
「それはありがとうございます……と言いたいのですが」
「ん?
なんだい?」
「私が“妻のところ”と言っても驚きませんでしたね」
「そりゃ知っているからね」
「おばあさまは、私とシルキーネの結婚をどうして知っているのですか?
私が結婚したとき、おばあさまは行方不明だったと思いますが?」
「ははは」
「笑っても、ごまかされませんよ」
「それを言うなら、“アフロディ美容品店”の段階で気づいてほしいね。
あの店を始めたのはここ百年ぐらいだろ」
「あっ」
「まだまだだねぇ。
そんなんで四天王が務まっているのか心配になるよ」
「村長の話では、小山に埋もれた家にいたそうですが……そこでじっとしていたわけではありませんね」
「そりゃね。
あそこは私の家の一つさ。
建てた途端、近くでドラゴンが暴れて埋もれてしまったんだよ」
「いまはどこに?」
「ふっ、秘密……怖い顔しなさんな。
わかったわかった。
教えるよ」
「では、どこに?」
「五村だよ」
「…………………………」
「聞こえなかったかい?
シャシャートの街の近くにある五村だよ。
前の部下に誘われてね。
仕事の都合もよかったから家を持ったんだ。
暇なときは五村のクロトユキって店でくっちゃべってるよ」
「……………………………………………………………………」
「おや?
どうしたんだい?
急に動かなくなっちゃって?
まあ、王都に近いっちゃ近い場所にいたから、驚いたのかね」
ビーゼルの祖母は、固まったビーゼルをおいて俺に向いた。
「いいかい、そこのドラゴン使い」
ドラゴン使いじゃないですが……
「最後まで聞きな!
この世は広い!
あんたなんかが敵わないような恐ろしいのが山のようにいる!」
あ、うん、そこはそうだろうなと常日頃から。
「私の住む五村の村長なんかが、いい例だ。
あんたじゃ絶対に勝てない!
覚えておきな!」
…………
「ん?
なんだ?
あんたもビーゼル坊やのように動かなくなっちまって。
最近は、そういったのが流行っているのかい?」
あー、いや、そのー、えーっと……なんと言えばいいか……
「で、ドラゴン使いじゃないって言ってたね。
普段はなにをやっているんだい?」
の、農業を少々……
俺は答えつつ、硬直から復活したビーゼルに目を合わせて問いかける。
どうしよう?
……どうしようもないって首を横にふるんじゃない。
そっちのおばあちゃんでしょ。
なんとかしてくれ。
ほら、おばあちゃんがヨウコのことを見習えって語りだした。
き、傷が大きくなるから。
改めて。
老婆の名はビーアナシスタ=クローム。
ビーゼルの祖母であり、ビーゼルに転移魔法の使い方を教えた魔法使い。
ビーゼルの使う転移魔法は生まれ持っての才能が必要だが、生まれ持ったからと言っていきなり自由自在に使えるわけではない。
転移魔法に関して学ばないといけないのだが、もともと才能によった能力なので記録などそうそうないし、あっても秘匿される。
となると転移魔法を使いこなしている人から直接、教わるしかない。
ビーゼルの場合は、このビーアナシスタおばあちゃんだったわけだ。
そしてこのビーアナシスタおばあちゃん。
先々代の四天王の一人であり、先代の四天王……名の長い人だな。
彼の上司だった。
その先代の四天王に誘われ、五村に定住していた。
俺とどこかですれ違った可能性があるな。
彼女の現在の仕事は絵師。
本の挿絵などを描いている。
普段は五村で仕事をしているが、大きい仕事に集中するときはあの小山に埋もれた家で作業していたそうだ。
で、どんな本の挿絵を描いているかなんだが……
ヴェルサの本の挿絵を描いてました。
見覚えのある画風だ。
老婆が描いたとはおもえないほど、若々しい。
まあ、好きでやっているなら俺はなにも言わない。
いつまでもお元気でと言って俺は終わりでいいのだが……
「失踪しておいて、なにをやっているんですか!
あのときの騒動、知らないとは言わせませんよ!」
ビーゼルは怒った。
「聞いていますか?
聞いていませんよね?
おばあさまの口癖は聞き流せでしたからね!
ちゃんと覚えていますよ!
それに対して言わせてもらいましょう!
聞き流していいことと悪いことがあるんです!
父の葬儀に出なかったのは……葬儀には出た?
え?
あのとき、いました?
自分の息子の葬儀に出ないほどボケちゃいないって……
母とは定期的に連絡をとっている?
嘘でしょ」
そして、シルキーネさんは挿絵を知っていた。
「ビー婆ってペンネームが……おばあさまだったなんて……ええ、あの絵も……あそこのシーンの絵も……」
飼育員たちも挿絵を知っていた。
「シルキーネさま、サインを描いてもらうための本を用意しましたので……頼んでください!」
「絵を描いてもらうなら、紙のほうがよくない?」
「大きい紙を用意します!」
ヴェルサの本は広まっているようだ。
いいことなんだろうか?
「村長。
村長がヴェルサさまと知り合いと聞きまして……
私、ファンでして……ええ、できればこの本にサインを。
あと、執筆時の話など伺えたらと思うのですが……」
飼育員の一人が、ヴェルサの書いた本を持って俺に話しかけてくる。
あー、会ったときに頼んでおくから、誰の本かわかるようにしておいて。
あとでまとめて受け取るから。
そう返事しながら、俺はハクレンと若い獣を引き連れ、若い獣の新しい住処に行くことにした。
作業の途中だったからな。
それに、ビーゼルのおばあちゃんは……
俺が五村の村長でもあると知ってから目を合わせてくれない。
ちょっと時間をおこう。
「描き上げた絵を燃やされてたまるか!」
箒を持って玄関でたら、ドラゴンがいたビー婆。
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