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名もなきワイバーン


 私は名もなきワイバーン。


 このあたりの空を縄張りにしている者だ。


 このあたりとはどのあたりだと?


 見える範囲だ。


 おっと、あの山の向こうは違うぞ。


 あっちの山の向こうも違う。


 思ったより狭いとか言わない。


 空は広いのだ。



 さて、私は三十頭ほどのワイバーンの群れを従えている。


 このあたり一帯のワイバーンのおさという立場だ。


 だが、群れのワイバーンたちのなかで最強というわけではない。


 自分で言うのもなんだが、三番手、四番手ぐらいの実力だ。


 なのになぜ長であるかと言えば、生贄いけにえだからだ。


 このあたりのワイバーンは過去、神代竜族のハクレンさまにより蹂躙じゅうりんされたことがある。


 それ以降、ハクレンさまが来たらすぐに挨拶に行かなければならない。


 挨拶に行かないと滅ぼされるからだ。


 残念ながら、挨拶に行ってもハクレンさまの機嫌が悪ければそれまでだ。


 その際、挨拶に行った者の命だけでなんとかしようという方針をワイバーンたちで定めたのだが、なにかあるたびにもっとも強い者が死ぬのは困る。


 だからこその生贄。


 死ぬためのこの役目に進んでなる者などいない。


 なので私が立候補した。


 私はこのあたりのワイバーンたちのなかでは、それなりに長生きしているからな。


 若者を守らねばと思ったのだ。


 そういった理由で長になった。


 一応は群れのワイバーンたちは私の指示に従ってくれる。


 従わなければ、「ならば君が長をやれ」と言われてしまうからだ。


 このあたりでは、長はなりたがられる立場ではないのだ。



 変化があった。


 ハクレンさまが来られたので、私は覚悟を決めて挨拶に行った。


 そうしたら、もう挨拶に来る必要はないと言われた。


 それだけでなく、謝られもした。


 信じられなかった。


 なにかの罠かと考えた。


 だが、人の姿になっていたとはいえ、ハクレンさまが頭を下げられた。


 私ごときに。


 おそれ多いことだ。


 だが、安堵あんどしたのも事実。


 もうハクレンさまに怯える必要はないのだ。


 私は群れの者たちにも、そのことを伝えた。


 考えれば軽率だったと思う。


 だが、安心して暮らしてほしいと思ったのだ。



 数日してハクレンさまがこの地を去った。


 そのあいだに、なにかしらハクレンさまが暴れたという情報はない。


 そして長の地位を狙っての争奪戦が始まった。


 生贄の必要がなくなったのだから、当然の流れだ。


 強い者が長になる。


 いままでが間違いで、正しい形に戻るだけ。


 激しい争奪戦が群れのなかで行われた。


 幸いと言っていいのか、私はまだ戦いを挑まれていない。


 長が頻繁に何度も変わるのは、周囲に弱い群れと思われるからだ。


 私は見逃されている。


 そして最後に戦うことになる。


 そう、最後に私は倒され、勝った者に長の地位を奪われる。


 生贄として覚悟を決めてはいたが、こういった事態の覚悟はしていなかった。


 もちろん、大人しくはやられるつもりはない。


 全力で抵抗してやろう。


 そう考えているうちに、私の相手が二頭にまで絞られた。


 群れで私よりも強いと目されている二頭だ。


 納得できる。


 私に勝ち目がないことも。


 だが、やつらでは駄目だ。


 どちらも短慮たんりょなうえ、性格が長に向かん。


 群れを率いることはできんだろう。


 数頭の雌は従うかもしれんが、それ以外は追放される。


 いや、殺されるかもしれん。


 ぐぬぬ。


 二頭の争いで大きく傷ついてくれたら、私にも勝ち目があるのだが……


 しかし、二頭の戦いに口や翼を出すわけにはいかん。


 私にできるのは、二頭の戦いが始まるのを見守ること。


 そして、勝ったほうに即座に戦いを挑む。


 そう、相手の疲労を期待して。


 情けないが、これぐらいしかできることはないのだ。


 だから二頭よ。


 思いっきりこじれた戦いを!


 全力の泥仕合どろじあいをしてくれ!



 二頭の戦いが始まった。


 壮絶な攻撃の応酬。


 凄い。


 攻撃の余波が森の木々を倒し、大地を削っている。


 私にはあそこまでの攻撃はできないだろう。


 あー、後悔。


 ハクレンさまに怯えなくていいと伝えたのは軽率でおろかだった。


 改めて反省。


 そして、ハクレンさまが去るまで大人しくしていたこいつらに腹が立つ。


 なんとか一撃はくらわしてやりたい。


 こう、ガンッと……


 そうそう、こんなふうに空気が震えるような。


 ん?


 空気が震えている?


 二頭が思わず争いを止めるほどに。


 なんだと空気の震えの原因を探すと、空だ。


 遥か上空。


 赤く炎をまとうものが見える。


 隕石いんせき


 誰か魔法で隕石を召喚したのか?


 い、いや、落ちたあとならともかく、落ちる前にここまで空気を振るわせる隕石は知らない。


 じゃあ、あれはなんだ?


 赤い炎が消え、青く輝くものが姿をあらわした。


 こ、こ、こ、このプレッシャー


 ハクレンさまだ!


 間違いない!


 ハクレンさまが戻られた!


 こんなに早く!


 ど、どこに向かっている?


 あの角度であの速度……


 ま、まさか……


 二頭が戦っている湖に降りるのか!



 ハクレンさまが降臨された。


 荷物を背負い、鎧を着こんでいるがハクレンさまだ。


 て、て、丁重に扱わねばというのに、争っていた二頭は戦いを邪魔されたと文句を言った。


 ……


 ハクレンさまが私を見ている。


 む、無関係、無関係です。


 知らないワイバーンです。


 そう言いたかったけど、嘘を伝えるわけにもいかない。


 すみません。


 うちの群れのものです。


 ご容赦ください。


 あと、そこの二頭。


 そちらのドラゴンがハクレンさまだ。


 頭が高い。


 ん?


 誇り高い神代竜族が、荷運びなどするか?


 武装しているのもおかしい?


 これはハクレンさまの偽物に違いないって……偽物でもこの圧を出す竜だぞ。


 勝てるわけないだろう。


 と、とりあえず、ハクレンさま。


 冷静に。


 お、お、落ち着いてください。


 あの二頭の言葉は、そこらのトカゲが叫んでいるだけと聞き流していただければ……


「私は冷静よ。

 怒っていないわ」


 そ、そうですか。


 えーっと……


 あの、それでは、ハクレンさまに乗っていた人が湖のほとりに降りて……あの二頭と戦う感じになっているのはなんでしょう?


「私は怒っていないけど、村長が怒っているの。

 私を馬鹿にしたから」


 え、あ、あの、だ、大丈夫ですか?


 あの二頭は、恥ずかしながら私よりも強いのですが……


「大丈夫よ。

 村長は私より強いから」


 ……


 ハクレンさまが嘘を吐く必要はない。


 だから真実なのだろう。


 信じられないけど。


 真実なのだろう。


 信じられないが……


 そ、その、ち、ちなみに、村長……村長さまはワイバーンと戦われたことは?


「あー、私は見てないけど、鉄の森のワイバーンを倒したかな」


 ……………………………………


 あ、あのひょっとして、村長さまって、あの死の森の真ん中にある大樹の村の……


「そこの村長よ」


 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!


 駄目駄目駄目っ!


 戦っちゃ駄目!


 ワイバーンの長老たちから、絶対に揉めるなって言われてる相手!


 手を出したら、世界中のワイバーンを敵に回すぞ!


 群れも巻き込まれる!


 う、うおおおおおおおおおおおおおっ!


 村長さま!


 すみません!


 私がこの無礼者たちをなんとかしますので、少々お待ちください!



 私が勝てるはずのない二頭だった。


 だが、私は勝った。


 気迫の違いだろう。


 いや、必死さかな。


 なんにせよ、勝ててよかった。


 そして村長さまが大事おおごとにしないと言ってくれた。


 よかった。


 ほんとうによかった。




 二頭に勝ったことで、私が群れの長を続けることになった。


 喜ばしいが、今回の件は心の疲労がすごかった。


 もう嫌だ。


 誰かに譲ろうと思う。


 できれば話し合いで譲る相手が決まるといいんだけど……


 そういった雰囲気を匂わせると、群れのワイバーンたちが逃げるんだよなぁ。


 酷いと思う。





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生き残るワイバーンは基本温厚で知的ってこういうことかぁ……()
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