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籠城戦

●人物紹介

クローム伯爵   ビーゼルのこと。

クローム伯爵夫人 シルキーネのこと。



 私は魔王国のとある男爵家の三女として生まれた魔族の女です。


 とある男爵家に嫁ぎましたが、夫が仕事でほとんど家におりません。


 私が産んだ三人の子供は大きくなって、それぞれ独り立ち。


 さすがに退屈で、なんとかならないかと思っていたところ、幸運にもクローム伯爵夫人に誘われ、クローム伯爵夫人の事業に関わることになりました。


 事業で私がなにをやっているかは夫にも話せないのですが……


 まあ、ぶっちゃけると美容品の原材料を生み出す魔物、メレオカーンの飼育です。


 メレオカーン、通称メレオは五メートルを超える大型の魔物です。


 その飼育となると、当然ながら重労働。


 男爵家とはいえ貴族の娘がそういったことができるのかと心配されるかもしれませんが、意外とできました。


 しょうにあったというやつでしょう。


 楽しいです。


 労働に問題はありません。


 しかし、不安なことはあります。


 私が働く飼育場にいるメレオは、めすばかりになってしまっています。


 雌ばかりの環境が飼育にとって最善であるはずがなく、雌のメレオたちの活動は徐々に怠惰になりつつあります。


 おすという刺激がないからでしょう。


 美容品の原材料の採取量も年々減っています。


 いまはまだ大丈夫ですが、十年後、二十年後を考えると憂鬱になります。


 雄のメレオをどこかから連れてこれたらいいのですが、過去の乱獲によって野生のメレオは絶滅寸前。


 ひょっとしたら、私たちが飼育しているメレオが最後のメレオなのかもしれません。



 などと憂いていたのは過去のこと。


 ルーサルース子爵夫人であるコリンコリンさまが若い雄のメレオを連れてきてからは、飼育場の雌のメレオたちの活動は活発になりました。


 美容品の原材料の採取量も期待できるでしょう。


 全てがよい方向に進んでいる。


 そう思っていたのに……


 飼育場の雌のメレオたちが飼育員の言うことを聞かず、籠城しました。


 理由は一つ。


 コリンコリンさまが連れてきた雄のメレオが、帰ってしまうから。


 雄のメレオは繁殖のために借りてこられただけです。


 メレオたちの発情期が終われば、もとの持ち主に返す予定になっていました。


 また来てくれるかは未定です。


 そのことを飼育員たちは知っていました。


 雌のメレオたちは知りませんでした。


 いじわるで知らせなかったのではありません。


 あせらせないためです。


 なにせ飼育場の雌のメレオたちは、求愛ダンスを忘れるぐらいに久しぶりの繁殖活動。


 ここに時間制限があるとなれば、雌のメレオたちがどう動くかわかりません。


 最悪、雄のメレオに乱暴なことをする可能性もありました。


 だから知らせなかったのです。


 最後まで知らせないつもりでした。


 雄のメレオはひっそりと帰ってもらう。


 私たちはそれでいいと考えていたのですが……


 雌のメレオたちが全頭、繁殖活動を行え、あとは卵を産むのを待つ状態になって気が緩んだのでしょう。


 一部の飼育員が、雄のメレオが帰ることを漏らしてしまいました。


 悪意があったわけではありません。


 頑張った雄のメレオを見送りたいという気持ちから、送別会の準備をしてしまったのです。


 雄のメレオが帰ることに気づいた雌のメレオたちは、飼育場にある森に巣を作り、そこに雄のメレオを拘束して籠城しました。




 籠城一日目。


 とりあえず、飼育員の一人が雌のメレオたちの要求を聞きます。


「雄のメレオを帰さないようにしてください。

 とのことです」


 ですよねー。


 しかし、それに対して私たちはなにもできません。


 私たちに帰す、帰さないの決定権があるわけではありませんから。


 とりあえず、コリンコリンさまに連絡。


 あと、クローム伯爵夫人にも。


 そして当番、非番、関係なく全ての飼育員を召集、対策本部を設置しました。


 これで今日は終わり……としたいのですが、夜陰やいんにまぎれてメレオの巣を確認します。


 木を倒して外敵の侵入を防ぐように組んでいますね。


 防御力はあまりなさそうですが、倒している木は生木なまぎなので火攻めは無理と。


 いや、まあ、やりませんけど。


 隙間がそれなりにありますので、巣にもぐり込むことはできそうですね。


 ただ、潜り抜けた先には全長五メートル超のメレオたちがいるわけで、しかもメレオたちは透明になれますから……


 足止め目的のバリケードと考えれば、やっかいな巣です。




 籠城二日目。


 コリンコリンさまが現着、対策本部の指揮官に就任しました。


 コリンコリンさまが雄のメレオの解放を訴えるも、雌のメレオたちは聞き入れません。


 拘束されている雄のメレオの健康を考え、食料を差し入れます。



 飼育員の提案で、童謡作戦開始。


 童謡で雌のメレオたちの郷愁きょうしゅうを誘う作戦ですが……


 相手にされませんでした。


 ぐぬぬ。


 一人寝が寂しいと泣きついてきたときに歌ってやったのに。




 籠城三日目。


 クローム伯爵夫人が現着。


 クローム伯爵夫人が雌のメレオたちに、雄のメレオを帰さないと二度と来てもらえなくなると説明したのですが……


 雌のメレオたちは聞きません。


 結束も固そうです。


 クローム伯爵夫人の説明の裏で、飼育員七名による雄メレオ救出部隊が密かに行動開始。


 残念ながら失敗しました。


 まさか、メレオに投石能力があるとは。


 あの肩の関節で、どうやって投げているのでしょう?


 不可能だと思うのですが?


 なんにせよ、泥やふんを投げつけられて戻ってきた救出部隊の者たちは、体を洗うように。




 籠城四日目。


 交渉は続いていますが、進展がありません。


 ただ、戦闘法規ルールの制定には成功しました。


 夜の行動は危ないので、交戦時間は日が昇っている時間のみ。


 日没中は休戦となります。


 夜の活動は美容の敵ですからね。


 それと、戦場は私たち飼育員が管理している飼育場と設定しました。


 戦闘の有無にかかわらず、メレオたちは飼育場の外には出ないこと。


 かなり危ないですからね。


 魔法での攻撃は禁止になりました。


 飼育施設が損壊したり、森が燃えたりするのはよろしくありませんから当然です。


 捕虜の取り扱いも決まりました。


 捕虜とはいえ、非道な扱いはよろしくありません。


 捕まえた雌のメレオは、自室に戻って反省してもらいます。


 そのほか、細かいことが決められました。


 例えば、落とし穴の深さ制限や、落とし穴の中になにか仕込むことの禁止などですね。


 投石に関しても、投げてこないとは思いますが石や岩は禁止にしてもらいました。


 あとは、雄のメレオに対して、私たちも雌のメレオたちも危害を加えないことが決められました。


 雄のメレオの安全が最優先。


 しかし、雄のメレオを確保するときに怪我をさせてしまう恐れがあります。


 なので、雄のメレオにはかんむりを装着してもらい、それを私たち飼育員が取った場合は素直に雄のメレオを解放するということになりました。


 悪くない話です。


 雄のメレオが解放されたがらない可能性もありましたからね。


 冠さえ取れば、私たちの勝利です。



 コリンコリンさまが雄のメレオのために寝藁を差し入れました。


 春とはいえ、冷えるときは冷えますから。


 私たちにも新しい服、ズボン、シーツ、下着が支給されました。


 対策本部は長期戦を覚悟したようです。


 ですが深夜、クローム伯爵が現場を訪問。


 クローム伯爵は伯爵夫人となにやら話し合い、短期での解決を望まれました。


 私たちも短期で解決したいです。




 籠城五日目。


 クローム伯爵と伯爵夫人が、雄のメレオの解放を雌のメレオたちに訴えました。


 無視されましたが、雄のメレオが元気そうな様子は確認できました。


 同時に、クローム伯爵は雄のメレオに村長がやってくることを伝えました。


 村長とは、雄のメレオの飼い主の上司だそうです。


 雄のメレオの知り合いがやってくるのは、ありがたいですね。


 雄のメレオの精神が安定します。


 ところでクローム伯爵、なぜそうも焦っているのでしょうか?


 雌のメレオたちが不安に思うので、もう少し落ち着いていただけると助かります。


 クローム伯爵夫人も、説得は粘り強くお願いします。


 切れるのは駄目です。


 こちらには時間に余裕があると雌のメレオたちに思わせないと、交渉が難しくなってしまいます。


 え?


 巣を壊せ?


 あ、はい、準備はしていますが……わ、わかりました。


 突撃部隊を二部隊編成します。


 一部隊には丸太による破城攻撃を、巣の正面にやってもらいます。


 これはおとりです。


 もう一部隊には、少し遅れて左側から鉄球攻撃を行ってもらいます。


 大型の鉄の塊を吊るしたクレーンで、巣を攻撃するのです。


 こちらが本命。


 ふふふ。


 私たちは長年、雌のメレオたちを飼育してきました。


 相手のクセは熟知しています。


 絶対に正面の囮に食らいつくはずです。



 丸太による破城攻撃と鉄球攻撃。


 結論から言えばどちらも失敗しました。


 巣にたどり着く前に妨害されたのです。


 雌のメレオたちにでなく、ネットタートルなる魔獣に。


 ネットタートルは普段から飼育場にいる陸亀の魔獣です。


 基本、無害なうえにメレオと喧嘩しないので飼育場にいても私たち飼育員は放置していました。


 ネットタートルは自分の甲羅で自分の餌を確保するので、手間いらずですから。


 時々、手のあいた飼育員が甲羅こうらの掃除をしてやるぐらいの仲です。


 そのネットタートルがメレオたちの巣を守ったのは、雌のメレオたちが自分たちの餌である草をわけることで雇ったからのようです。


 戦力の雇用は、戦闘法規で禁止していませんでしたからね。


 こちらも増援を考えていたので、文句は言えません。



 巣は破壊できませんでしたが、雌のメレオを二頭、捕えました。


 この雌のメレオたちは、戦闘の最中に飼育場の食糧保存庫に侵入してきたようです。


 巣から出てくれば、なんとかなる。


 そして、メレオたちの食料事情に難がある。


 ネットタートルたちを食料で雇ったので、なおさらでしょう。


 食料で交渉できる。


 希望でした。




 籠城六日目。


 だまされた。


 向こうは籠城前に大量の食料を持ち出していたようです。


 これみよがしに食事をしている様子を見せつけられました。


 ぐぬぬ。



 トンネル作戦が決行されました。


 土魔法が使える飼育員が、籠城二日目からコツコツと巣の向こう側に向けて掘っていたトンネルが開通直前までいったからです。


 開通した瞬間、巣のなかに飼育員がなだれ込み、雄のメレオの冠を狙います。


 これにはコリンコリンさまも期待していました。


 ですが、失敗。


 読まれてました。


 まさか水攻めで返してくるとは。


 水を流し込む前に警告をしてくれたのは、助かりましたけどね。



 トンネル作戦の失敗を踏まえ、クローム伯爵夫人の号令で強硬手段に出ることになりました。


 これまでの失敗は小細工をしたこと。


 栄光ある飼育員に小細工は不要。


 力押しです。


 飼育員を舐めるなよと、気合を入れたのですが……


 村長の手土産が先行して届きました。


 大量です。


 クローム伯爵が頑張って運んできたようです。


 手土産の中身は……果物でした。


 なんらかの理由で手土産が先に届いても、本人が到着するまで手をつけないのがマナーなのですが……手土産が生ものなうえ、送り主の村長が傷む前にどうぞと言ってくれているらしいので、先にいただけます。


 おっと、慌ててはいけません。


 まずはこの場の代表であるクローム伯爵夫人が受け取ります。


 次に、クローム伯爵夫人から私たち飼育員におすそ分けがあります。


 実際には、クローム伯爵夫人から指示を受けたコリンコリンさまが分配してくださるのですけどね。


 では、いただきましょう。


 うん、美味しい。


 美味しすぎる。


 ……


 ひょっとしてですが、これって王都で話題になっている高い果物ですか?


 や、やっぱり。


 一つ、家に持って帰っても?


 夫や息子たちに食べさせたいので。


 ありがとうございます。


 果物は、籠城しているメレオたちにもおすそ分けされました。


 こういったのはちゃんと配っておかないと、今回の問題が解決しても禍根かこんを残しますからね。



 果物を楽しんだあと、少し休憩。


 お茶が美味しい。



 力押し作戦、開始。


 私たちは掛け声をあげ、メレオたちの巣に突撃します。


 先頭はコリンコリンさま。


 私はコリンコリンさまの右後ろに配置されました。


 ……


 けっこう前ですね。


 まあ、かまいません。


 やってやりますよ!



 日暮れまで頑張りましたが、三頭の雌のメレオを捕獲することしかできませんでした。


 まさか、後方に第二の巣を作っていたとは。


 なかなかやりますね。


 ですが、向こうの数も減ってきました。


 明日の攻撃で、雄のメレオの冠は奪えるでしょう。


 いえ、奪ってみせます。




 籠城七日目。


 村長が到着されました。


 村長は普通の人のようですが、同行者にとんでもないのがいました。


 どのようにとんでもないのかを説明するのは難しいのですが、見た感じは普通の女性……いえ、両腕に奇妙な武器を装備しているから普通ではないのでしょう。


 気配が違います。


 普通の女性ほどの大きさなのに、気配はメレオたちより大きく感じます。


 決して敵対してはいけない存在。


 そのように認識させられます。


 メレオたちやネットタートルたちも同じ認識なのでしょう。


 震えあがっています。


 もちろん、飼育員である私たちも震えあがっています。


「それで、私は誰を倒せばいいの?」


 こんなことを言ってますから。


 っと、震えあがっている場合ではありません。


 私は籠城している雌のメレオたちを見ました。


 私たち飼育員は、雌のメレオたちと戦闘法規を結べるぐらいには通じ合っています。


 雌のメレオたちは頷き、急いで巣から出てきました。


 私たち飼育員も、急いで雌のメレオに近づきます。


 そして……


 抱擁ほうよう


「私たち、喧嘩してません」


 精一杯のなかよしアピールを、その女性に向けてやりました。


 これでなんとか見逃してほしい。


 そう願いながら。





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↓結末ばかり気にして過程を楽しめぬとは…つまらぬ人生じゃのw
久しぶりに出ました。 何じゃこりゃ?!なヤツ。 絵でいうヘタウマな感じですかね。 オチのない四コマ漫画が淡々と続くような。
私はこういう話も好きです
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