雌メレオの籠城
一般に転移魔法とされる魔法は、空間と空間を繋ぐ門を作るようなスタイル。
その門の大きさや通行させる量、そして距離で消費魔力が違う。
そして、門が作れるのは見える場所か行ったことのある場所となる。
これがビーゼルの転移魔法。
なので全長が五メートルぐらいのメレオを転移魔法で運ぶのは、とても大変だ。
しかし、過去にはビーゼルの転移魔法で三村のケンタウロス族……グルーワルドを代表とした百人ほどを連れてきたこともある。
それを考えれば、メレオを転移魔法で運ぶのも難しくはないだろう。
ビーゼルの妻のシルキーネさんは、ビーゼルの転移魔法でも難しいと言っていたが、それはビーゼルを気づかってのことだと思っていた。
どうやら、俺は実情を知らなかったようだ。
まず、百人を超えるグルーワルドたちの転移。
これは一度に運んだわけではないそうだ。
また、グルーワルドたちが元いた場所から大樹の村に直接転移したわけでもない。
いくつかの中継拠点を用意し、何度も転移する形で移動した。
そしてビーゼルの魔力が足りなくなると、同行していた部下に魔力を譲ってもらって補ったらしい。
魔力を譲る行為は便利だが、それなりに難しい魔法技術なので使い手が少ない。
さらには渡すほうも受け取るほうも疲労するうえに、渡せる魔力量にも受け取る魔力量にも上限がある。
数を揃えるのは難しく、揃えてもなんとかなるわけじゃないそうだ。
実際に、グルーワルドたちの移動には三日ほどかかったうえに、魔力を譲ることのできる部下が二人ダウンしたとのこと。
そういえばグルーワルドたちを連れてきたときのビーゼルは、フラフラだったな。
そして今回。
メレオを輸送すると考えると……
メレオを収容する大きな箱がいる。
うっかりしていた。
そうだよな。
魔物の輸送には箱なり檻なりがいる。
そして全長五メートルのメレオを収容できる箱となると、かなりの大きさの箱になる。
次に、その大きい箱を運ぶ人手がいる。
箱が勝手にビーゼルの作った転移魔法の門をくぐるわけないからな。
箱に車輪をつけたとしても、誰かが押さないといけない。
最低でも……十人ぐらいかな?
ミノタウロス族などの大きな種族ならもう少し数を減らせるかもしれないが。
さらには護衛も考えないといけない。
メレオが暴れた場合のこともあるが、メレオが狙われた場合のことだ。
万が一は避けたいので護衛は必須。
そのうえで、メレオの食料や水なども考えないといけない。
なんにせよ、転移させるのはメレオだけではなく、かなり大人数と荷物になるということだ。
加えて、距離の問題。
ビーゼルの領地にあるメレオの飼育場までは、かなり遠い。
大陸が違うから、ほんとうに遠い。
ビーゼルが一人で移動する際も、二回の中継地点を挟むぐらいだ。
メレオの輸送では一回の転移で距離が稼げないので、中継地点を新たにいくつも考えねばならず、ビーゼルは事前に中継地点を確保する必要があった。
そして出された輸送時間は、十五日。
なるほど、シルキーネさんが難しいと言うわけだ。
魔王国四天王の一人を十五日ほど拘束することになるわけだからな。
倍以上の時間はかかるが、万能船で輸送すればいいんじゃないかと改めて考えてしまう。
さて、そういったビーゼルの転移魔法によるメレオの輸送だが、まだ始まっていない。
始まる前の段階で、問題が発生した。
三日前のことだ。
ビーゼルの領地にある飼育場の雌メレオたちが協力して巣を作り、四村の雄メレオを捕まえて籠城した。
そして、飼育場の飼育員たちは雌メレオたちと交渉しているが、現在のところ進展なし。
雌メレオたちの要求が、雄メレオを帰らせないことなので、飼育員たちでは交渉できない部分だ。
雌メレオたちがこういった行為に出たのは、四村の雄メレオが四村に帰ることを雌メレオたちに知らされていなかったから。
発情期にはある程度は執着するだろうけど、それが終えたら雄メレオへの興味は薄れるだろうと飼育員たちは考えていた。
繁殖行為をした雌のメレオにいたっては、興味は卵を産む場所の選定に集中するだろうとも。
だが、予想に反して雌のメレオたちは雄のメレオに執着した。
してしまった。
この状況にビーゼルが一言。
「どうしましょう」
それを俺に言われても困る。
「失礼しました。
こちらといいますが、シルキーネは雄のメレオを四村になんとしても帰そうと考えています。
そういった約束でしたので」
そのあたりは疑ってないよ。
「ありがとうございます。
ですが、強行して雄のメレオを奪還することも難しく……」
雌のメレオたちが守っているうえに、その雌のメレオのお腹に卵がある可能性が高いからな。
「産卵を待ってから、隙を見て……というのが現実的かと思うのですが」
雄のメレオの様子は?
「雌のメレオたちが隠してしまい、不明だそうです」
そのあたりが心配だな。
怯えているかもしれない。
状況にストレスを感じているかもしれない。
救出は急いでほしいが……さきほどの理由で強行もできないと。
「はい。
あとはそちらにご迷惑をおかけする案ですが、雄のメレオの飼い主である悪魔族の娘さんに現場に来ていただき、声をかけてもらうとか」
雄のメレオが自発的に逃げ出してくるように。
もしくは雄のメレオが雌のメレオたちを説得するようにか。
「帰りたがる雄のメレオに、雌のメレオたちの結束が崩れる形になればと」
なるほど。
「護衛を含めても、当日中に戻ってきますので」
ビーゼルの転移魔法で頑張るということだが、どうしたものか。
……護衛は何人までだ?
「三人ほどにしていただけますと」
三人か。
「道中はほぼ私か私の関係者の領地ですので。
安心して移動できます」
ふむ。
四村の悪魔族の娘が行くことを了承したらだが、俺も行こう。
「え?」
護衛は俺とガルフとダガで。
「待って待って待って」
どうしたビーゼル?
そんなに慌てて。
「村長が行かれるのですか?」
迷惑か?
「そ、そ、そ、そんなことはありません。
で、で、で、で、で、ですが、まずは村長の奥さまたちに、そう村長の奥さまたちにご相談してみるのはいかがでしょう」
もちろん、伝えるぞ。
「伝えるのではなく、相談で」
相談か。
「はい。
そのあいだに、私は準備しますので」
できるだけ急ぎたかったが……
「いえいえいえいえ、村長が移動するとなるとそれなりの準備が必要になりますので」
準備ができているわけじゃないのか?
「できていましたが、村長が移動されるのなら不十分です。
各地の警備もですが、メレオの飼育場での滞在場所を用意しなければなりません」
いや、あまり気を使わなくていいんだぞ。
護衛だし。
「私のことが嫌いでないなら、時間をください」
ビーゼルの迫力に、俺は引き下がった。
ほんとうに気を使わなくていいんだけどなぁ。
とりあえず、ビーゼルに言われたとおり、ルーたちに相談するとするか。
ビーゼルから雌のメレオたちの籠城を聞いてから三日が経過した。
なるほど。
相談しないと駄目だった。
俺が行くことに対しての反対はなかったけど、同行者が男だけなのがよろしくないと言われた。
男だけだと、いろいろな誘惑に抗いにくいらしい。
また、四村の悪魔族の女の子、雄のメレオの飼い主が飼育場に行くことにも慎重だった。
雄のメレオの態度次第で、雌のメレオに攻撃される可能性があるからだ。
相談の結果。
四村の雄のメレオ救出隊改め、先行偵察隊が編成された!
メンバーは俺、ガルフ、ダガ、そしてハクレン。
うん、ハクレン。
同行者の数が限られるなら、最大戦力を同行させるべきとの意見だ。
ハクレンの子であるヒカルとヒミコは、ライメイレンがヒイチロウと一緒にみるので問題ない。
ハクレン本人は動きやすそうなファッションに着替え、胸当てを装着している。
それだけなら武闘家のようにも見えるが、その両手には大きな手甲……小盾が装備されていた。
その小盾には、それぞれ長めの片手剣が収納されているというか……小盾と鞘が一体化した感じだな。
「装甲ハクレンさまです」
ヤーが説明してくれる。
説明はありがたいが、あの両手の小盾と鞘、邪魔じゃないのか?
いや、それよりも剣は抜けるのか?
長すぎて抜けない気がするが?
「あの剣は抜けません。
ハクレンさまの手元の操作で……」
おお、小盾を中心に鞘が回転し、鞘から剣先が飛び出した。
「腕を振り回して使う剣です。
これを使いこなすのは、ハクレンさまぐらいの力自慢でなければ厳しいでしょう」
一般人には無理な装備ということだな。
収納はどうするんだ?
「そちらも手元の操作で」
逆再生のように剣先が鞘に戻り、鞘が回転してもとの形になった。
おおっ。
「武器であり防具でもありますので、機構の強度は高くしています。
さすがにドラゴンに踏まれたら壊れますが、並の攻撃では壊れないでしょう」
ふむ。
で、実際には?
「実際とは?」
使える装備なのか?
ハクレンに武装させたいなら、普通の剣を持たせればいいだろ?
「見た目で威圧することに意味があります。
普段のハクレンさまは、普通の女性ですから」
近づいたら危険だとわからせるための装備か。
なるほど。
「あと、正直に言えばハクレンさまの重りです」
……ハクレンが暴走しないようにか。
「はい。
ドースさまやライメイレンさまが心配されまして……」
そうか。
最大戦力だから同行してもらうのに、重りを持たせたら本末転倒な気もするが……
威圧と重りが目的なら、手甲じゃなくてもっと装甲を増やすのは駄目だったのか?
「重装甲は、ハクレンさまが拒否しましたので」
計画はあったんだな。
「実際に作りました。
お子さまたちの評判は悪くなかったのですが、ハクレンさまが拘束されているみたいで嫌だと」
な、なるほど。
今度、見せてもらおう。
とりあえず、今日は先行偵察隊の出発の日。
ビーゼルも準備万端……疲れた感じだけど、大丈夫か?
「お、お気遣い、ありがとうございます。
ですが大丈夫です」
そうか。
それじゃあ、さっそく行こうか。
日帰りの予定だが、出発は早いほうがいい。
「そ、そうですね。
では、出発……えーっと?」
ん?
ビーゼルの視線が俺に向けられている。
俺だけでなく、ダガとガルフには幅広のタスキがかけられていた。
元の世界の選挙とかで、候補者の名前とかが入っているやつだ。
俺としてはこれに“先行偵察隊”とでも書いてくれたらと思うのだが、こう書かれている。
“既婚者です”
つまり、これは誘惑対策だ。
だから気にしないように。
「しょ、承知しました。
では、出発しましょう」




