閑話 神の事情
こんにちは。
月の神です。
偉い神です。
と言っても、一つの世界を管理する多数の神の一人ですけどね。
あ、一柱と言ったほうがいいのかな。
神の数え方は柱ですが、自分でそう数えるのもどうなのかなと思うんですよね。
別に一人って数えてもいいじゃないですかと。
などと、くだらないことを考えられる余裕に喜んでいます。
実は少し前まで、私たちの管理する世界は危機的状況でした。
生命の滅亡は確定。
世界の崩壊に関しては半々ぐらい。
一応、世界が残った場合のことを考え、再構築……失礼。
再生に備えて、神々の力の大半を使っていました。
……
言葉を濁さずに言うなら、諦めていたということです。
だって、どう頑張っても無理だもん。
何万回と未来予測したけど、全部駄目だったもん。
こっちのやることなすこと全てが悪手になるんだから、どうしろってのよ。
見守ることしかできない無力な自分を嘆いていたところに、上の神……複数の世界を管理している神のことね。
その上の神が、とある人物を世界に放り込んできました。
こちらに連絡はなく。
これって完全で完璧な越権行為。
……
おいおいおい、戦争か?
戦争するんか?
やったるで。
上の神だからって、イモを引く(腰が引ける)と思うなよ。
実際に戦争の準備をしたところで、向こうから情報がこっそりやってきた。
人物を放り込んだのは、上の神のさらに上の神だと。
だからなんだってんだ。
こっちの縄張りに手を出すなら、叩きのめすだけだろうが。
「やったの一番上の創造神」
……
はい、イモを引きました。
無理無理無理。
いくら私がその創造神の妻の系譜だとしても、勝てません。
文字通り、存在の次元が違いますから。
向こうの一息で私は消えてしまうぐらい、力の差があります。
私など相手にもされないでしょう。
私にできるのは、上のほうの神に報告するだけです。
ええ、創造神を殴ったりできる神に。
私の代わりに殴っておいてください。
蹴りでも可です。
相手が油断しているときに、ガツンとお願いします。
そう報告して、私は二十年ほどふて寝をしていたのですが、起きたら驚きました。
世界の危機が回避されていたのです。
わずか二十年ほどで?
どういうことでしょう?
私はここしばらくの動きを確認しました。
月の神は時を管轄とするので、過去を見るのはお手のものです。
そして判明しました。
ふて寝の原因である創造神が送り込んだ人物。
彼が原因でした。
いや、彼は意図してなにかやったわけではありません。
だから原因というのは正確ではないのかもしれませんが、世界の変革にことごとく関わっています。
まさか、創造神は世界を救うために彼を送り込んできたのでしょうか。
そう思ったとき、私の手元に二通の手紙が届きました。
一通目は一番上の農業神からです。
「蹴っときました」
あ、ありがとうございます。
でも、えーっと、世界を救ったのが創造神だとしたら……
二通目はその一番上の創造神からです。
「痛かったです」
……
み、見なかったことにしましょう。
ええ、私の精神の安定のために。
ただ、彼を送ってくれたことに対する感謝の気持ちだけは持っておきます。
さ、さあ、仕事。
仕事です。
ふて寝しているあいだに溜まった仕事を消化しましょう。
それがいいです。
世界が危機を回避したからと、全てが上手くいくわけではありません。
当然ながら、未来にはさまざまな苦難が待っています。
私の仕事は未来を見て、絶望的な苦難を回避するために動くことです。
まあ、絶望的な苦難はもうないと思うのですけどね。
ふふふ。
……
私たちの管理する世界は呪われているのでしょうか?
この世界は多数の世界に影響を与える、それなりに大事な世界のはずなんですけどねぇ。
いえ。
負けません。
私は頑張ります。
世界規模の大災厄を、地域規模の災厄に。
大規模な戦争を中規模な戦争に。
百年後の地震は……どうしようもない。
管轄外。
大地神のほうに放り投げ。
五百年後の洪水も……管轄外。
海洋神に放り投げ。
信仰心が足りないから放り投げられても困る?
そんなのこっちもです。
って、三千年後に小惑星が直撃コース!
これは生命の大半が滅ぶ!
この内容なら管轄を超えて動ける。
月の一つに火山を起こさせ、火山弾を撒くことで小惑星が星に近づく前に軌道をずらす。
早期発見できてよかった。
ふふふ。
運命などに負けたりはしません。
神は諦めないのです。
仕事量にちょっと諦めたくなることもありますが、これまでの絶望に比べたら楽なものですからね。
のんびりやってきましょう。
余裕はあります。
警報が鳴りました。
なにがあったのかと確認すると、びっくりしました。
神代竜族が揃って咆哮していました。
さきに言っておきましょう。
神は天から世界を見守りますが、神代竜族は大地に降りて世界を見守る存在です。
その神代竜族が揃って咆哮するのは、神への緊急連絡というか、非常事態警報です。
「管理失敗。
世界が終わるので、あとよろしく」
そういった内容です。
なにがあったのかと様子を見たら……結婚式でした。
え?
神代竜族に結婚式の概念ってありましたっけ?
というか神代竜族が揃って咆哮するのは駄目って、決まってましたよね。
古の話になりますが。
警報の役割は、神代竜族側から求めたことですよ。
世界滅亡時の最終手段として神に連絡する方法が欲しいって。
誤報を防ぐため、普段は集まらないって決めたのもそっちです。
種族的に十頭以上が集まることは稀だから余裕余裕って笑ってたのに、なんであんなに集まっているのですか。
ああ、思い出した。
さらに誤報を防ぐため、人の姿ならまったく問題ないようにするからと、人の姿になれる能力を強請っていったのもそっちでしたね。
なのに、なぜドラゴンの姿で結婚式をやって、咆哮をあげているのですか!
馬鹿なんですか!
い、いや、それよりもなんとかしなければ。
誤報。
とりあえず、これは誤報。
世界の終わりじゃない。
しかし、誤報とはいえ、非常警報の発動は大きな失態。
この場で一番偉い人は……
私は同僚の神たちを呼び出し、確認しました。
私だそうです。
なぜに?
信仰心の量?
みんな、私より少ないのですか?
嘘でしょ?
い、いや、ここで抵抗しても意味がありません。
わかりました。
私が責任者。
私は自身の能力をフルに使い、失態のリカバリーを模索します。
……
よし、警報は訓練扱い。
でもって、結婚式で祝いの言葉を述べて、交信の訓練もしたとする!
これが最善手。
最善手と決めました。
上の神から文句を言われたら、創造神案件を持ち出して抵抗しましょう。
今回の件にも、創造神が送り込んだ人物が関わっているからなんとでもなります。
よしよしよーし。
なんとかなる。
なんとかなるぞー。
祝辞とか苦手なんだけど、負けるものか。
あ、この結婚する混代竜族……あー、あー、あー。
頑張れ!
違った。
お互い頑張ろう!
祝辞、頑張った。
あとは警報で混乱しているこっちをなんとかすれば……
「月の神、まずいです。
終末の獣が、さっきの警報で目を覚ましました」
……
「出番かとウォーミングアップしています」
……
「誤報だと言っても聞きません。
すみませんが、お願いできますか」
あー、一言いいですか?
「なんですか?」
私のペットを終末の獣って言うな!
寝起きが悪いだけで、普通の小型犬です!
「普通のチワワは、あんなに巨大になりませんよ!
聞こえるでしょう。
あの重低音が!」
寂しがっているだけです。
私が子守唄を歌えば、セリオン(チワワの名)はまた寝ます。
「では、よろしくお願いします」
ええ、よろしくされましょう。
その前に……
今回の誤報の前に、神代竜族と交信した馬鹿を集めておきなさい。
「え?
交信?」
私の目をごまかせるとでも?
冬に何度か交信していますよね。
「……すみません。
集めておきます」
まったく。
誤報の原因を探ったら、馬鹿がやらかしてました。
たかが麻雀の捨て牌の相談で神に頼る神代竜族も神代竜族ですが、それに応える神も神です。
なにが、三ワン、五ワンが続けて捨てられているから一ワンは通るですか。
そういうのは相手の雀力を見て考えるものです。
捨て牌だけで読むのは危険だと私は以前から言っているのに……
よし、チワワを寝かせたら、麻雀やろう。
決めた。
仕事はもう終わり。
私は月の神。
麻雀は下手の横好きと言われますが、今回は勝ちます。
絶対に勝ちます。
私が勝つまで続ければ、勝ちなのです。




