メットーラの結婚式 神前スタイル
メットーラの結婚式が始まるが、実はドラゴンに結婚式の習慣や文化はない。
両親や兄弟姉妹に報告するぐらいだが、「だと思った」とか「やっとか」などの感想しかでないので、報告も重視されない。
まあ、両親が結婚相手を決めたところで、最終的には本人の意思が優先されるからな。
一部は運命を感じた相手が生まれた瞬間、駆けつけるわけだし。
なので、ドラゴンは結婚よりも子の出産や卵の孵化のほうを派手に喜ぶ。
そんなドラゴンたちの結婚式。
特別な儀式があるわけでもないので、基本は自由。
さらに、人の姿をしているなら、人の真似でいいのではと決まった。
王都とティゼルの国作りのための村で行われる結婚式はそうなる。
大樹の村では?
もちろん、ドラゴンの姿でするらしい。
……
なぜドラゴンの姿でと言いたいが、本来の姿がドラゴンだから仕方がない。
本来の姿が人だと強弁できるのは、人の姿で生まれたヒイチロウやラナノーンたちだけだしな。
まあ、結婚式の会場を村の南にある競馬場にしたので、広さは大丈夫。
その結婚式が始まった。
時間は昼前、空は晴天だ。
ドラゴン姿の新郎ギィーネルと新婦メットーラが並んで入場。
会場の正面に待つドラゴン姿のドースとライメイレンのもとにゆっくりと歩いていく。
新郎新婦の歩く道の右側に雄ドラゴンが並び、左側に雌ドラゴンが並んでいる。
席次を決めるのを面倒くさがった結果だ。
並ぶ順は決めていないが、ドースたちに近い側にギラルやグーロンデ、ハクレン、ドライムたち神代竜族がいて、会場の入口付近には混代竜族たちがいる。
メットーラの妹のトーシーラは……神代竜族と混代竜族の境にいるから、そのあたりはさすがに配慮されているのだろう。
ドラゴンの姿になれない村の住人は、ドラゴンにうっかり踏まれない安全なドースとライメイレンの横に参列。
俺もそこかと思ったのだが、なぜかドースとライメイレンのあいだに配置されたすっごい背の高い椅子に座らされた。
村長だからかもしれないが、べつに気を使わなくていいんだぞ。
いや、まあ、じっとしているだけでいいと言われているから、そうするけど。
ドラゴン姿の新郎新婦がドラゴン姿のドースとライメイレンの前……というか俺の正面に辿りついた。
こうしてみると、ギィーネルとメットーラのドラゴン姿はかっこいいな。
強そうだ。
もちろん、ドースやライメイレン、左右の列に並んでいるギラルやグーロンデ、ハクレンなどには勝てないだろうけど。
式は問題なく進んでいく。
新郎新婦による結婚宣言。
「わ、私たち、結婚します!」
「結婚します!」
選手宣誓みたいな宣言だな。
それを受け、ドースによる確認。
「この者たちの結婚に異議のある者、声を挙げよ」
すこしの静寂。
このあたりはお決まりの流れ……あ、トーシーラが声を挙げているな。
結婚しないでーとか言ってる。
どうするんだろ?
「……うむ。
誰もいないようだ」
無視するのか。
すごいな。
「では、二人の結婚を認める。
皆の者、祝福の声を挙げよ。
声を出せぬ者は手を叩け。
手のないものは、足で大地を踏め」
ドラゴンたちが一斉に咆哮を始める。
大音量で大気はビリビリと震えるが、不思議と耳が痛いとかはない。
これがドラゴンたちの祝福か。
新郎新婦が照れているな。
ん?
ドースとライメイレンの雰囲気が急に変わった。
普段は節約モードみたいなもので力を抑えているのは知っていたが……
なんだろう?
祝福の気持ちが高まって、本気を出したのか?
去年の春の行進のときより、神々しさが増している。
見れば、周囲の神代竜族の雰囲気も変わっている。
ドラゴン姿で参加しているヒイチロウやラナノーンも。
混代竜族たちは……咆哮を止め、頭を伏していた。
新郎新婦は目の前でのドースたちの神々しさに、硬直している。
ドースやライメイレンの隣に並んでいたドラゴンの姿になれない村の住人も、同じように硬直している。
あ、動いている者もいるな。
氷の魔物だ。
意外と大物なのか?
キョロキョロしている姿は大物っぽくないが。
雰囲気の変わったドースたち神代竜族は、周囲のことを気にせず咆哮を続けている。
集団トランス状態とでも言えばいいのだろうか?
そんなドラゴンたちを見ても、俺には心配する気持ちが湧かない。
なぜか咆哮が終わったら元に戻るだろうという確信があった。
当然のこととして。
初めてみる光景なのに。
どうしてだ?
たぶん、咆哮によって空気が整えられているからだ。
悪いことが起きる気配がない。
徐々に空気が澄んでいく。
神聖な空間が形成されているのがわかる。
ドースたち神代竜族の雰囲気がさらに変わった。
なにかが一段、上にあがったようだ。
ドースたち神代竜族の咆哮が続くのに、声が響いた。
耳に?
いや、咆哮に邪魔されていない。
頭に直接、語りかけられているようだ。
「地に住まう竜族の新たな番よ。
汝らを祝福する」
誰の声だ?
いや、声の主が誰かわかる。
わかってしまう。
ただ、即座に理解できない。
理解するより先に、なぜと思う。
声の主は、神だ。
俺の知らない神だが、神であることに違いはない。
そう理解してしまう。
疑えない。
「番の雄がやろうとしていることも認める」
俺の困惑を無視し、神の声は響き続ける。
「いろいろと言いたいことはあるけど、耐えるんだ。
頑張れ。
すっごく頑張れ。
見守っているぞー!」
声はそのままフェードアウトしていった。
どれぐらい時間が経っただろうか。
気づけば、ドースたち神代竜族の咆哮は終わっていた。
神代竜族たちは全員が呆然としている様子だ。
新郎新婦は身動きせず、混代竜族は頭を下げたまま。
ドラゴンの姿になれない村の住人たちも動かない。
動いているのは……俺と氷の魔物ぐらいか?
あ、氷の魔物がこっちに手を振って、声をかけてくる。
どうしましょうと言われても困るな。
えーっと……
とりあえず、俺は呆然としているドースに声をかけ、式を進行させる。
なに、あとは新郎新婦の退場だけのはずだ。
とりあえず式をしっかり終わらせよう。
ほら、ぼうっとしない。
混代竜族は頭を上げて。
新郎新婦を拍手で見送るように。
二人はこのまま旅に出たりしないから、トーシーラは落ち着くように。
すぐに披露宴で会えるよ。
披露宴はさすがに人の姿でだ。
ドラゴン姿の者を満足させられる料理を用意できないから。




