閑話 五村の跳ね方
●登場人物紹介
ミヨ 四村のマーキュリー種の一人。幼女メイド。シャシャートの街に出張中。
ナナ 四村のマーキュリー種の一人。村娘。五村の情報収集担当。
僕の名はホルラン。
魔族の男だ。
恋人のルシデル……いまでは妻になったけど、妻になる前のルシデルと一緒にそれぞれの村から逃げ出し、ルシデルの兄であるラングホーさんを頼りに五村へ移住してきた。
ラングホーさんの大きい家の一室を借り、ルシデルとともに同居させてもらっている。
迷惑だと思うのだけど、ラングホーさんのところは奥さんが妊娠中だから、人手が増えるのは助かると言ってくれた。
ありがたいことだ。
しかし、甘えっぱなしではいけない。
まずはちゃんと収入を得なければ。
幸いなことに、僕は生まれ育った村では金属加工の仕事をしていた。
ラングホーさんの紹介で彫金ギルドに入ることができたので、いくつかの仕事を斡旋してもらえることになった。
うん、順調……ではないかな。
彫金をするための道具は持ってきているけど、まだ作業場がないんだ。
斡旋された仕事は家具の装飾品の製作だから、それなりに広い作業場がいる。
アクセサリー製作とかなら机一つでよかったんだけどね。
どこかの工房で間借りさせてもらうしかないんだけど、その場合は相手に間借り賃を払う必要がある。
残念ながら、僕には間借り賃を払う金はない。
なので間借り賃の代わりに工房に技術を教えるのが定番なのだけど……
僕が持っている彫金の技術は、飛び出したとはいえ実家の技術。
勝手に教えるのは抵抗がある。
いや、そんなことを言える立場じゃないんだけどね。
実家での扱いはよくなかったし、ルシデルとの結婚も反対されたけど、なんだかんだこれまで育ててもらった恩がある。
簡単に流出はさせられない。
どうしたものかと悩んでいると、ラングホーさんが空いている部屋と庭の一部を作業場にしていいと言ってくれた。
家賃も必要ないと。
甘えないために収入を得ようとしているのに、さらに甘えるのはどうなんだと思うけど……
意地を張ってもしょうがない。
まずは収入を得ないと駄目だからね。
うん。
ラングホーさんの家の空いている部屋と庭の一部を借りることにした。
ここで仕事を頑張ってこなし、稼ぎまくって家賃を払うようにしよう。
そして、いつかは外に作業場を借りられるように貯金するぞ。
五村にやってきて三十日ぐらい経過しただろうか。
ここでの生活に馴染んできたけど、あまり五村のことを知らないことに気づいた。
彫金の仕事をしていると外になかなか出ない。
外に行くのはギルドに受注や納品に行くときぐらいかな。
彫金の材料とかもギルドで買えるから、歩き回らなくていいんだ。
それじゃあ、せっかく五村に住んでいるのにもったないとラングホーさんに、連れ出された。
「おいおい。
そろそろ義兄さんと呼んでくれていいんだぞ」
すみません。
そう呼ぶとさらに甘えてしまいそうで。
「ははは。
まあ、無理に呼ばせる気はないけどな。
それに、ご主人さまよりはいい」
あー、ルシデルがラングホーさんのことをご主人さまと呼ぼうとした事件がまだ尾をひいているのかな。
ラングホーさんはルシデルからのご主人さま呼びを本気で嫌がっていた。
ルシデルの言い分としては、雇い主なのだから当然だし、公私はわけるべきだと。
僕はルシデルの味方だけど、ラングホーさんからルシデルの説得を頼まれてちょっと大変だった。
うん、ルシデルの説得がね。
僕が口でルシデルに勝てるはずがないんだ。
でも、頑張ってなんとかラングホーさんをご主人さまと呼ぶことを止めたよ。
ラングホーさんに頼る僕たちが、ラングホーさんを困らせちゃ駄目だから。
おっと、思い出していたらラングホーさんから遅れてしまっていた。
慌てて駆け寄る。
「あー、それでだ。
今日、お前を連れ出したのは……知っておいてほしいことがあってだな」
知っておいてほしいこと?
五村関係ですか?
「そうなんだが……その、ルシデルから目の話は聞いているか?」
あ、ああ、それですか。
一応、五村に来てからになりますが、ルシデルの目が魔眼だと聞いています。
ただ、詳しい効果は聞いていません。
聞けば話してくれそうだったけど、ルシデルはこれまで秘密にしていたんだ。
話せるときでいいと遠慮した。
「そうか。
まあ、言いふらされると困るが、お前に知られても問題はない。
簡単に言うと、ルシデルの魔眼は相手の称号を見ることができる」
称号を?
【属性読み】の魔眼ですか!
物語とかで出てくる。
相手の名や種族、立場、称号などを見抜くことができる魔眼だ。
「ルシデルの魔眼は、そこまで便利なものじゃない。
見ることができるのは種族と称号だけだ。
その称号も、身内に呼ばれている程度じゃ見えない。
かなりの人数に知られていないと駄目だな」
それでも十分、すごいじゃないですか。
「そうだな。
偉い人や強い人を間違えにくいという点で、便利だ。
生まれ育った村では、役に立たないけどな」
あー、まあ、そうですね。
「あと、弱点もあって……字が読めないと見えても意味がない。
目の病気かなにかだと思うだけだ」
ああ、だから小さいときからルシデルは文字を習っていたのですね。
「そうだろうな。
で、その魔眼。
俺も持ってる」
ラングホーさんも?
「俺の一族は、そういった魔眼を継承するらしい。
まあ、親兄弟で魔眼を持っているのは俺とルシデルだけで、たぶんだが親兄弟は俺やルシデルが魔眼持ちなことは知らないだろうけどな」
知られていたら、大変でしたね。
「ああ、俺もルシデルも村を出ることなんてできなかっただろうな」
そうですね。
それで、それが伝えたいことですか?
「いや、違う。
五村関係だと言っただろ。
魔眼は、これは今からする話の信憑性を高めるための説明だ」
なるほど。
どうして知っているのかは、魔眼だからですか。
「そうだ。
あー、五村には何人か重要人物がいる。
関わることはないだろうが、知っておいたほうがトラブルを避けられる。
そのあたりの人物を伝えたくてな」
えっと、元四天王の方がいるとかは、ルシデルから聞いていますよ。
「そういったわかりやすい人じゃないんだ。
っと。
お久しぶりです!」
ラングホーさんは、すれ違おうとしていた幼いメイドに頭を深く下げた。
「ああ、ラングホーさんでしたか。
こちらから挨拶をせず、すみません。
そちらは?」
「妹の夫になります。
彫金師としての仕事をしております」
「まあ。
では義理の弟さんですね」
幼いメイドが僕を見て、奇麗な一礼をした。
「メイドのミヨと申します。
以後、お見知りおきを」
は、はい。
ホルランです。
よろしくお願いします。
「ご丁寧に。
いろいろとお話がしたいのですが、呼ばれていまして。
すみません」
幼いメイドは微笑みながら去っていった。
ラングホーさんの態度から、知っておいたほうがいい人というのは彼女のことだろうか?
「そうだ。
シャシャートの街の代官の秘書のミヨさんだ。
絶対に揉めるな。
そして、手伝いを頼まれたときは、できるだけ引き受けるように。
できるだけでいい。
無理をしてまで手伝うのは、逆に迷惑だ」
わかりましたが……その、シャシャートの街の者ではないのですか?
「彼女は五村から派遣されたんだ。
当然ながら、ただ者じゃないぞ」
ですよね。
「古代王国の王族守護者という種族で、称号は《王家の管財人》だ」
!
古代王国って、魔法技術が全盛期のころの王国のことですよね?
千年以上前に滅んだと聞いていますが、その生き残りということですか?
「たぶんな。
そして……ああ、視線はそのまま。
絶対に見つめるなよ。
迷惑になる。
正面の赤い屋根の家の前を通る娘がいるだろ?」
いますね。
普通の村娘みたいですけど?
「さっきのミヨさんと同じ、古代王国の王族守護者で、称号は《王家の影》だ。
ナナと名乗っているが、本名かどうかは知らない。
ただ、何度か違う姿でみている。
村議会に報告したら、ヨウコさまの部下だから放置しておけと言われた」
えっと、意外にいるんですね。
古代王国の生き残りって。
「そうだな。
俺が知っているだけであと数人はいる」
つまり、その古代王国の生き残りが、知っておいたほうがいい人物ですね。
「ああ。
ただ、それ以外にもいるぞ」
……
五村って、実はかなり危ない場所なのでは?
「ははは。
そんなことはないぞ。
うん、そんなことはない。
間違いない」
その後、ラングホーさんに連れられ、いろいろと教えてもらった。
この村、思ったより多種多様な種族がいるようだ。
蛇の神の使いとか、虎の聖獣とかいたし。
五村の北東に位置する神社には、物騒な称号を持つ狐が多くいた。
狐はヨウコさまの部下だから、気にしなくていいらしい。
あと、虎の聖獣はときどき来る程度で、遭遇できたのは幸運と。
そして、危なくはないが最重要注意の種族として教えられたのが、ハイエルフと鬼人族。
僕にはただの大工集団と料理人集団にしか見えなかったけど、油断してはいけないらしい。
「お前なら大丈夫だと思うが、こっちから突っかかったり、馬鹿にしたりしなければ大丈夫だよ」
そんなことしませんよ。
「わかっている。
ただ、愚か者というか調子に乗る者はどこにでもいるからな」
そうですね。
「……ところで俺の家、いい家だろ?」
え?
急にどうしたんです?
いや、いい家だと思いますよ。
住みやすいですし。
「俺が五村に来て少ししたころに、あのハイエルフたちが家を建てるという話を聞いてな、本当にできるのかと突っかかったことがあるんだ」
突っかかった?
ラングホーさんが?
え、あ、ま、まあ、ハイエルフの見た目はか弱い感じですからね。
「そうだな。
大工仕事ができるとは思えなかった。
で、実力を俺に見せつけるために建てられたのがあの家なんだ」
そ、そうだったんですか?
「ああ、建てられた場所が村がまだできたころの麓だからというのもあるが、突っかかった俺が家の形をリクエストしたからあんなに広い家になったんだ」
リクエストまでしたんですか?
「俺は愚か者だったんだ。
建てられた直後はハイエルフや鬼人族の宿泊場所になっていたけど、売りに出されるとの話を聞いて俺が買ったんだ。
ちょうど金があってよかったよ」
へ、へー。
ですがラングホーさん。
魔眼持ちですよね?
ハイエルフを危ない相手だとは思わなかったのですか?
「こっちに来たころは、まだ文字が読めなくてね。
ただのエルフだと思っていた」
あー、えー、えっと……
で、ですが、ひどい目にあったわけじゃないんですよね?
なら、よかったじゃないですか。
「文字を学んで魔眼に気づいてから、そのエルフたちを見たら、種族がハイエルフで称号が《マンイーター》だった」
えーーーーーっと……
「距離をとるな。
大丈夫だ。
ちゃんと謝った。
和解している」
よ、よかった。
「まあ、なんだ。
何度目かになるが、突っかかったり馬鹿にしたりしなければいいだけだ」
そうですね。
称号の有無にかかわらず、相手に突っかかったり馬鹿にしたりしないようにします。
「そうだな。
それがいい。
危ないやつが常に称号を持っているわけじゃないからな」
あと、僕も文字を読めるように頑張ります。
魔眼は持っていませんが、学んでいて損はないでしょう。
村を出るとき、ルシデルが書き置きを残していたけど、なんて書いてあるか読めなかった。
勉強しなければと思ったのを思い出す。
「そういやその書き置き、向こうの連中で読めるやつがいるのか?
読めるやつがいないと意味がないだろ?」
読める人を探すことを込みでの時間稼ぎだと言ってました。
「そっか。
まあ、文字の読み書きはできた方がいい。
五村では文字を教えてくれるところは多い。
そうだな、天使族のところがいいんじゃないか。
教え方が上手いと評判だ」
天使族?
そういえば、天使族は注意しなくていいんですか?
言われませんでしたけど。
「天使族は言われなくても注意するだろ?」
……まあ、そうですね。
なら、近づかないほうがいいのでは?
「近づかない程度で、天使族から逃げられると思うのか?」
……思いません。
「だったら、無駄に警戒せず、よき隣人として礼をもって接すればいい」
つまり、天使族は諦めろと。
「はっきり言うんじゃない。
……一応、五村やシャシャートの街にいる天使族は大丈夫だと、ヨウコさまが言ってくれたけどな」
じゃあ、大丈夫なのでは?
「同時に、変なことをしてたら報告しろとも言われたから」
あー、天使族ですからねぇ。
「天使族だからな」
次回から、村長視点のお話に戻ります。
よろしくお願いします。




