冒険者エカテリーゼ その4
玉座の間。
そう言っていいほど荘厳な場所で、一人の若い三十ぐらいのやせ型の男性が待っていました。
「ふはははははっ!
よく来たな!
愚か者どもよ!
………………
ちょっと待って、久しぶりに腕を動かしたから背中が攣った。
ロベルト、トントンして、トントン。
背中、肩の下ぐらい。
準備運動はしたよ。
あ、もうちょい上、そこそこ」
えーっと、吸血鬼の名がロベルトということが判明しました。
そして、なんでしょう。
この主さん。
彼も吸血鬼でしょうか?
主従関係は見てわかりますが……
ウルザさんはどう判断されたのかと様子をみると、氷の魔物たちと一緒によそ見をしていました。
ああ、今は見てはいけないタイミングと。
もう少ししたら、やり直すだろうから今のミスはなかったことにと。
承知しましたが……その、ウルザさん、慣れてますよね?
こういった方とお知り合いで?
違う?
貴族語みたいなもの?
訳すると、さっきのセリフは「ようこそ、大歓迎します」と。
……
魔王国の文化ってわからないなぁ。
「ふはははははっ!
よく来たな!
愚か者どもよ!」
ちなみに、三度目です。
二度目はセリフを途中で噛んだので、なかったことになりました。
三度目はちゃんと言えて、偉い……失礼、よかったです。
えーっと、これにはどう答えるべきなのでしょうか?
わからないので、ウルザさんに任せます。
ええ、お願いします。
一歩前へ。
どうぞ。
私が促すと、ウルザさんは仕方がないと黒黒さんたちから布を借り……あ、マントですね。
装着したマントを腕で払いながら、言いました。
「貴様がこの幻惑の迷宮の王か!
なにゆえ、我らに害をなす!」
ウルザさんのセリフを受け、相手は……
ロベルトさんと一緒に喜んでいる。
話の分かる相手が来たみたいな、同じ趣味の人を見つけたみたいな感じがしますね。
「ロベルト、逸材じゃないか」
「ですよね。
そのような雰囲気を私も感じておりました」
声に出さないように。
ウルザさんが待ってますよ。
「失礼。
ふははははっ!
それを知ってどうする!
貴様らはここで死ぬのだ!」
……
言ったあと、意味が通じるかなと心配になるなら、普通に会話したらどうでしょう?
「力に溺れたか。
ならば、その力で押し通してみせよ」
よかったですね。
ウルザさんにはちゃんと通じているみたいですよ。
ほらほら、露骨に喜ばない。
続けて続けて。
ちなみに、私には欠片も通じておりません。
あとで説明してもらいましょう。
即興劇をみた気分でした。
打ち合わせなしで、あれだけ会話の応酬ができるのは凄いですね。
私は理解しようとすることを諦めていたので、「地を這う漆黒の闇」とか「天空を切り裂く雷光の剣」とか「哀れな夢魔」とか「穿つ死の槍」とかの単語ぐらいしか印象が残っていませんが。
雰囲気だけで汲み取ると、「ああん、舐めてんのかぁ、てめぇ?」「どっちがだ? 殺っぞ」「やってみろや」「死にさらせ」のような感じなのかなと思います。
いますぐにでも戦闘という流れでしたので。
まあ、私の汲み取りは間違っていたのですけどね。
だって、それらの会話が終わったあと、私たちは豪華なティールームにてお茶をしていますから。
黒黒さんたちが、用意をしてくれました。
炎の魔物たちのぶんも、ありがとうございます。
「いやー、久しぶりに楽しませてもらったよ」
主さんは上機嫌でお茶菓子を勧めてくれます。
普通に喋ってくれるので、一安心です。
できれば最初からそうしてほしかったですが。
あ、お茶菓子が美味しい。
甘いだけでなく、上品な味。
そして、出されたお茶に合いますね。
お茶をしながら聞いた主さんやウルザさんの話でわかったのですが、あの変なやりとりは魔王国の文化ではなく、吸血鬼の文化だそうです。
主さんは、吸血鬼のロベルトさんから影響を受け、嗜んでいると言っていました。
ウルザさんは、どこで嗜んだのでしょう?
嗜みたくなかったみたいな顔をしていますが。
ウルザさんが露骨に話を変えました。
追求はやめておきましょう。
主さんの名はギィーネル。
改めて自己紹介を受けたあと、即興劇の内容を主さんに説明してもらいました。
古い時代の城を地下に沈めたのがこの場所。
主さんは、この場所を秘匿したいので、誰にも言わないと約束するのであれば帰してもらえるそうです。
……
それなりに長い会話だと思っていましたが、内容はそれだけですか?
あと、最初からそう言ってくれたら無駄に迷宮……いえ、城内をうろつくこともなかったのに。
「私たちがここに来ることになった、あの転移の罠はなんだったの?」
ウルザさんが聞きます。
「この城への出入り用の扉だと思う。
そういったのは潰したつもりだったのだけど、全てを把握しているわけじゃないから。
すまなかった。
改めて調べ、潰しておくよ」
「よろしくね。
あと、この城の中でも転移させられたのは?」
「そっちはもともとこの城にあった防衛装置だね。
言ったろ。
古い時代の城なんだ」
千年から二千年ほど前の城らしいです。
なるほど、魔法の時代ですね。
当時は転移の魔法が日常的に使われていたと聞いています。
いまでは希少ですが。
「不便じゃないの?」
「止め方がわからないんだ。
それに、抜け道はあるから不便でもないしね」
トイレに案内されたときに使った道でしょうか。
「住んでいる人が問題ないって言うのなら、問題はないわね。
ここに私たち以外、誰かやってきた?」
「いや、ここ百年では君たちだけだ」
「そう。
なら、ここのことは誰にも言わないから帰っても?
心配しているだろうから」
「ああ、心配させるのはよくないね。
名残り惜しいが引き止めないよ。
ロベルトあたりは、君たちを帰したくないみたいだけどね」
吸血鬼さんが残念そうにしています。
五十年ぐらいつき合ってくれてもいいじゃないかと言っていますが、時間の感覚が違いすぎて困ります。
あ、炎の魔物さんたちは……
ウルザさんについていくわけですね。
では、一緒に帰りましょう。
……
あの、主さん。
この魔物たちはなぜウルザさんに?
「それはわからないな。
魔物を呼び出す転移魔法も、この城にあった防衛装置なんだが……呼び出す条件は……ロベルト、弄ったか?」
「あー、弄りましたねぇ。
英雄女王の遺品を使いました」
「遺品?
うおぃっ!
まさか、私のコレクションからか!
あれ、高いんだぞ!」
「設置しただけですから、削れたり消耗したりはしていないはずですよ」
「だとしてもだ。
わざわざあれを使う必要はないだろう?」
「いえいえ。
この城も英雄女王に馴染みのある城と聞いております。
となれば、使うのが美しいかと」
「ぬう」
「しかし、私が呼び出したときは力の弱い魔物しか出なかったのですけどねぇ。
こちらも調べておきましょう」
炎の魔物さんたちに聞くと、各地でのんびりと生活していたら急に転移させられたそうです。
それは不運でしたね。
……おや?
ウルザさん、どうしました?
氷の魔物さんの話を聞いて、顔色を変えましたが?
氷の魔物さんがここに来る前に、ウルザさんの実家に迷惑をかけた可能性がある?
それはいけません。
氷の魔物さん、あとで謝りに行きましょう。
ウルザさんも、きっと庇ってくれますよ。
ウルザさん、状況を確認してからとか言わないように。
さて、帰ろうとしたところでだらだらとおしゃべりしてすみません。
ウルザさん、そろそろ帰りましょう。
え?
主さんが出口まで案内してくれるのですか?
ありがとうございます。
氷の魔物が転移した理由 →英雄女王関連の罠で召喚された。
主 →ギィーネル
吸血鬼 →ロベルト




