冬の様子
大樹の村では、スライムは珍しくない。
いろいろなところに、いろいろなスライムがいる。
もはや風景の一部だ。
そんなスライムたちは、冬は外にいると凍るので屋敷や倉庫の中にいたりする。
しかし、屋敷の中にいても、俺の部屋のコタツにまで入ってくるのは酒スライムか真っ白なホーリースライムぐらいだ。
そう思っていたのだが……
妙なスライムが俺の部屋のコタツの中にいた。
色は透明。
ただ、その内部で泡がたっている。
下から上に。
シュワシュワと。
俺にはその泡に見覚えがある。
炭酸水だ。
つまり、このスライムは……炭酸スライム?
そのようだ。
炭酸水ばかり飲んでいたから、そういった変化をしてしまったのだろう。
まあ、それはいい。
いまさら、スライムの変化になんだかんだと言わない。
ただ、一点。
泡だっているということは、常に二酸化炭素を周囲に出していることにならないか?
コタツの中、危なくない?
大丈夫?
周囲の空気を吸って、出しているから二酸化炭素の量に変化はないと。
逆に空気の清浄をしている?
取り込んだ空気の汚れを固めて……排出すると。
この小石みたいなのが空気の汚れを固めたものか。
そして、その小石は……しばらくすれば勝手に空気に戻ると。
なるほど。
……
空気の汚れってなんだ?
難しい名前の物質か?
この小石、ルーに渡したら喜ぶかな?
いや、汚れを固めたものだしな。
まあ、常に固めているらしいし、ルーに聞いてからでいいだろう。
当面はゴミ箱行きだな。
虎のソウゲツが、背にミエル、ラエル、ウエル、ガエルを乗せながら歩いていた。
相変わらず、仲がいいな。
そして、ソウゲツはすっかり冬毛になって。
もふもふだな。
俺がソウゲツの背を撫でると、ミエルたちが撫でている俺の手をじっと見てくる。
わかっている。
この視線は、ミエルたちも撫でてほしいということではない。
ソウゲツに変なことをしないようにと、見張っているのだ。
まったく。
変なことなどしないさ。
普通に撫でるだけだ。
俺はソウゲツをたっぷりと撫でたあと、ミエルたちを順番にちょっとずつ撫でた。
……
ミエルたちも冬毛か?
いや、これは太った……
ひっかかれた。
牧場エリアを見回る。
まだ雪は積もっていないが風が冷たい。
しかし、馬や牛、山羊たちは寒さを気にせずにのんびりしている。
ペガサスやユニコーンも元気そうだ。
いや、何頭かのペガサスやユニコーンが、馬着と呼ばれる馬用の服を着ているな。
馬着が無地だから、オシャレではなく防寒目的だろう。
寒いのが苦手なのか、馬小屋からあまり離れていない場所でぐるぐると歩いている。
ああ、馬小屋は掃除中で追い出されたのね。
そう怒るな。
雪が降ったら、出たくてもなかなか出られなくなるんだ。
掃除はできるときにしっかりとしておかないとな。
わかっている。
俺も掃除を手伝って、すこしでも早く終わるようにするよ。
馬小屋のチェックもあるしな。
秋の終わりに牧場エリアで働く獣人族の女の子たちが総出で馬小屋や牛小屋、山羊小屋の点検と手入れをしているが、だからと言って見回らなくていいわけじゃない。
なにかしらのトラブルがあれば、馬や牛たちが被害に遭うからな。
ん?
馬着を着ていない若い馬がやってきて、掃除をしている獣人族の女の子を呼んだ。
獣人族の女の子はその若い馬の様子を見て……
「山羊が倒れた?
わかりました。
三人、ついてきなさい!」
獣人族の女の子は若い馬に乗り、駆けだした。
そのあとを三人の獣人族の女の子が駆ける。
……
まあ、ここの馬や牛は賢いから、なにかしらのトラブルがあれば訴えてくるだろうけど、それに甘えてはいけない。
うん。
おっと、俺も行ったほうがいいか。
力仕事があるかもしれない。
獣人族の女の子のほうが力持ちだろうけど、一応な。
山羊は走って柵に衝突し、気絶していたようだ。
獣人族の女の子が到着してすぐに目を覚ましたけど、大事をとって山羊小屋に戻ることになった。
俺が言っても山羊は言うことを聞かないが、獣人族の女の子が言えば聞くんだよなぁ。
世話した量の違いだろうか。
俺ももう少し、牧場エリアに顔を出すように心がけよう。
そして今回は掃除だな。
頑張らせてもらおう。
屋敷の一室では、天使族が運動をしていた。
腹筋、スクワット、ダンベルカール、縄跳び。
ここにいるのは、翼の美しさを気にする天使族たち。
天使族は翼から太るからな。
悪いことではない。
コタツに入りっぱなしよりは、とてもいいことだ。
なにもない場所を殴ったり蹴ったりしているのは、仮想戦闘だな。
想定している相手が誰かはわからないが、なかなか手強いようだ。
想定の相手はグランマリア?
武闘会での活躍をみて、負けてられないと。
そういった気持ちは大事だと思う。
応援しよう。
実際に戦うとなると、グランマリアを応援するだろうけど。
高速で縄跳びをしている者もいるが、床の上に大きな板を敷いているので、床が削れる心配はない。
ひゅんひゅんと縄が風を切る音が心地よく聞こえる。
あ、ちょっと待て。
縄跳びをしているそこの君。
うん、君。
飛んでるな。
ジャンプじゃなく、浮遊で。
翼を出さずに飛べるのは凄いが、それだと縄を回しているだけにならないか?
手首の運動?
君がそれでいいなら、俺はなにも言わないぞ。
いやいや、責めているわけじゃないから。
ただ、部屋の隅にいるアイギスの視線が、君に向いているから。
ほら、そのままでいいと頷いている。
満足そうな顔だ。
浮遊していた彼女は、下手ながらも縄跳びをちゃんと跳び始めた。
無理はしなくていいんだぞ。
絶対に痩せるとの彼女の叫びが部屋に響いた。
夕食後。
酒を楽しんでいるドノバンのところに行く。
「どうした村長?」
ガットたちを落ち込ませただろ?
どうしてかなと思って。
「ああ、昨晩の件か」
鍛冶場にふらりと現れたドノバンが、ガットたちの前で剣を打った。
その剣の見事さに、ガットたちは凹まされた。
今日は仕事にならなかったらしい。
「なに、ちょっとした刺激だ」
?
「優れた材料を豊富に使え、自由に鍛冶ができる環境。
やつらはそれに甘えず、日々精進をしておる」
そうだな。
ガットたちは頑張っている。
「しかし、それゆえに道に迷うこともある。
同じ物ばかりができ、成長を感じられなくなる」
……
「ワシらも通った道だ。
だからこそ、刺激を与えた」
先達から後進への応援と?
「そのようなものだ。
ちゃんとやつらが持っておらぬ技術も見せた。
嫌がらせではないぞ」
なるほど。
「ちなみにだが、いまになってそういった技術を見せたのは、やつらに受け取れる下地ができたからだ。
この村に来たばかりのころの腕では、受け取れん」
そ、そうか。
技術の差がわかって、果てしないと凹んだのか、先は長いと凹んだのか……
「そう心配するな。
この程度では潰れん。
明日……いや、今晩からでも、鍛冶場の音は大きくなっておる」
そうか。
ガットたちの頑張りに、期待するとしよう。
冬の大樹の村の様子の一部でした。
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