鉄塊と鉄鉱石
五村に新しく建てた五つの倉庫。
その全てに詰まった大量の鉄。
いや、鉄塊。
これでわかったのは、魔王国の市場には意外と鉄があるということだ。
なにせ買い占めたわけではない。
軽く集めてこれだ。
鉄がある理由を調べると、鉄よりも魔獣や魔物から採れる素材のほうが加工しやすく、使いやすいかららしい。
実際、シャシャートの街の馬車や船などに、魔獣や魔物から採れた素材を使っている。
なるほど。
鉄は鉄で使うけど、魔獣や魔物の素材のほうが便利か。
「そうですね。
あと、これら鉄塊を使うには、職人の力が必要でして」
ゴロウン商会の職員が、説明してくれる。
鉄は硬いイメージだが、純粋な鉄は意外と強度がなく、また粘りがなく加工しにくい。
なので、鉄になにかしらを混ぜて合金にし、用途に応じて製品にしていく。
この混ぜるのに技術がいる。
正確には、混ぜるだけなら素人でもできるが、均一にしたり、狙った配分にしたり、量産するのは素人では無理。
そして、技術を持った者たちは、その技術を広めることには消極的。
なにせ自分たちの飯のタネだ。
技術を広めたら、仕事が減る。
それゆえ、秘匿される。
弟子に伝えるのだって、十数年かけてだ。
だから、大きすぎる仕事は受けてくれない。
仕事を処理しきれないからだ。
五十年、百年かかっていいなら、引き受けてくれるかもしれないらしいけど、基本は自分たちの手で処理できるだけの仕事をする。
……
つまり、この五つの倉庫いっぱいにある鉄は余っている鉄と?
ひょっとして、各地で余っていた鉄が、ここに集められたのか?
「職人が必要とする分以上は、余りますので。
そうなります」
鉄の線路は盗まれるから駄目だと、言われたんだが?
「盗まれるのは確実ですよ。
余っているだけで、鉄が無価値になったわけではありませんから」
むう。
そうか。
しかし、この鉄塊はどうしよう?
倉庫にあるだけじゃ、ただの重しだもんな。
五村の職人が求めるまで待つか?
それはいつになるんだ?
ガットたち大樹の村の鍛冶師に頼んでなにか作ってもらうとか?
ただの鉄を加工してくれるかな?
普段はなにやら聞いたことがない鉱物を扱っているしな。
引き受けてくれても、この量はガットたちでも処理しきれないだろう。
ちょっと考えないとな。
「あの」
ゴロウン商会の職員が、なにか言いにくそうにしていた。
どうした?
たしか、鉄塊の代金はすでに払っていると思うが?
「代金の話ではなく……
その……鉄鉱石ならまだまだ余っているが、買い取りはしてくれないのかと各地から連絡が来ておりまして」
……
鉄鉱石って、掘ったばかりの鉄を含んだ石のことだよな?
「はい」
鉄鉱石も余っているのか?
採掘量がわからないと魔王は言っていたが、これは大問題じゃないか?
せっかくの資源が上手く扱えていない状態だぞ。
「鉄鉱床は、各地にありますので……
希少な鉱物を狙っているときの副産物として掘られるので、どうしても量が……」
使い道がなければ、商人は買い取らなくなるだろう?
「鉄鉱石の買い取りを拒否すると、希少な鉱物を売ってもらえなくなりますから」
あー。
必要とする鉱物を手に入れるためには、買い取らないと駄目なのか。
大変だな。
「まあ、助け合いの側面もありますので」
なるほど。
「それで、鉄鉱石はどうしましょう。
お値段はお安くさせていただきますが……」
どうしましょうもなにも、不要だ。
鉄塊がこれだけあるんだぞ。
「ですよね。
承知しました。
お断りの連絡をしておきます」
……いや、待て。
「はい?」
不要だが、買おう。
大樹の村の金貨や銀貨を使うには、いい名目だろう。
どれぐらいの量になる?
「買う?
全てですか?」
全てだ。
「え、えっと……
目の前の鉄塊の入っている大型の倉庫で……二十棟ぐらいになるかと」
わかった。
手配してくれ。
納品場所は……ここだと邪魔になるな。
すぐに場所を決めて連絡する。
「承知しました。
お買い上げ、ありがとうございます」
ダルフォン商会からも、似たようなことを言ってくるだろう。
そっちとも協力してくれ。
「はっ。
では、倉庫をもう少し増やす必要があります」
倍でいいか?
「もう一声あると、助かります」
……わかった。
できるだけ貯められるようにしよう。
大樹の村に戻りガットに相談したら、鉄塊よりも大量の鉄鉱石のほうに興味を持たれた。
「大きい倉庫、四十棟以上に、いっぱいの鉄鉱石ですか。
鍛冶師の夢ですね。
一生を費やしても使いきれない」
だろうな。
だが、実際は倉庫を作らないぞ。
たぶん、掘って地下室を作る。
そっちのほうが簡単だし、拡張しやすいからな。
「それでも、鉄鉱石はさっさと融かして鉄にしたほうが場所をとりません。
大きめの炉を用意して、どんどん鉄にしましょう。
なんでしたら俺がやりますよ」
いいのか?
「ええ。
ただ、人手がいるので賃金が必要になります」
当然だな、任せる。
「ハウリン村からも手伝いを呼んでも?」
かまわない。
ただ無理強いは駄目だぞ。
「わかっています。
鉄鉱石が届くのはまだ先でしょうから……」
実は秋の終わりには届き始めるらしい。
「では、冬か春に作業する形で動きます」
よろしく頼む。
そうそう、なんだったら鉄塊のほうも自由にしてくれていいぞ。
「わかりました。
大きめの炉を作るのに、使わせてもらいます」
ガットは弟子たちを引き連れ、五村に向かった。
大きい炉を作る場所を選定するのだろう。
これで五村の鉄塊や鉄鉱石はなんとかなるといいな。




