資金提供と試作の酒
計算ができない人も多いのだから、子供だけで買い物に行かせることはない。
大樹の村に戻ってきたミヨにそう言われた。
うーむ。
考えてみれば、飲食店ならともかく、小売店の店先に置かれた商品に値札がついていることはほとんどない。
買い物は売っている人との交渉になると。
そう言えば、そうだが……
俺、それなりに買い物をしたはずだが、交渉した覚えがあまりないぞ。
「護衛がついている人を相手に、変な交渉をしたら怖いですから」
なるほど。
護衛はそういった面でも意味があったのか。
「護衛を雇う財力と立場があるという証明ですからね。
まあ、護衛の質が一定以上でなければ、逆に足元を見られますけど」
ガルフやダガだと?
「問題ありませんよ。
あったら、ルーさまたちが交代させています」
なるほど。
ルーたちが、護衛を同行させるように言うわけだ。
「ところで、ゴロウン商会とダルフォン商会にお金を出して、お酒を造らせていると聞いたのですが?」
ああ、ルーの案だ。
「おかげでシャシャートの街の酒造所が、大騒ぎです」
そうなのか?
「ええ。
貴族たちの造る酒を超えるぞって」
それはそれで問題になりそうだな。
「競い合う相手がいてこそ、健全な市場ですよ。
文句があるなら、負けない酒を造ればいいだけです」
そうだがな。
全員が全員、酒造りをする余裕があるわけじゃないだろ?
「そうなのです。
ただ、だからと黙っているわけにもいかないのが貴族でして」
なにかあるのか?
「資金を集めて、対抗していいお酒を造ろうとしています」
……ドノバンが喜びそうな流れだな。
「ですね。
それで、シャシャートの街の代官であるイフルスさまに資金提供のお話が来たのです」
出したのか?
「私が止めました。
出すなら村長が絡む形で出しましょう。
いくつかの貴族に首輪をつけることができますよ」
首輪って……
悪いことを考えている?
「いえいえ。
こちらに不利益な動きがあるときに知らせてほしいだけです」
イフルス代官から文句が来ることは?
「大丈夫です。
乗り気ではありませんでしたし、資金提供を求めてきた貴族の領地がシャシャートの街の財務から資金を出すには遠いので」
イフルス代官、個人が出したりは?
「イフルス代官は貧乏ではありませんが、お金持ちでもありませんよ。
大きい献金などは、全部断ってますから」
おおっ、高潔だな。
「いえ。
つき合い程度の賄賂は受け取っていますよ。
見知った相手から問題にならない程度の額を。
まったく受け取らないのも、毛嫌いされますから」
ふむ。
そんなものか。
「そんなものです。
それで、どうします?
資金提供します?」
資金を渡す相手は、ミヨが調べてくれるのか?
「もちろんです」
わかった。
どれぐらい必要だ?
「銀貨で二万枚ほど」
二万枚?
金貨じゃ駄目か?
「資金に困っている貴族に貸すんです。
金貨の両替なんて、できませんよ」
そうなのか?
「金貨の両替をしたという話が出たら、借金取りが集まって来ますから」
あー、資金に困っているから、いろいろなところから借金をしているか。
「はい」
そうなると、こっちが踏み倒される危険性はないか?
資金を提供したのに、そのまま逃げられても困るんだが?
「多少はそういった者が出るのは仕方がないかと」
織り込み済みか。
「はい。
対策として、ランダンさまとグラッツさまに助力を得ます。
魔王国の内政と軍務を統べる者たちを敵に回してまで逃げる度胸があるなら、資金難にはなっていませんよ」
なるほど。
わかった。
銀貨二万枚。
どこに運べばいい?
「シャシャートの街に。
護衛は目立つようにつけてください。
天使族がいいですね」
天使族でいいのか?
トラブルにならないか?
「天使族なら、トラブルになっても蹴散らすでしょ?
それに、資金の提供元が天使族を護衛にできるというのを知らしめることができますので」
了解。
頼んでおくよ。
「よろしくお願いします」
ミヨとの話を終えて夕食時前。
俺の前に、小さいグラスが一つ置かれた。
グラスの中は酒だ。
ドノバンたちエルダードワーフたちが花や草を原材料に造った新しい酒なのだが……
栄養ドリンクみたいな酒。
甘さがなく、香りがキツい。
正直に言って、不味い。
常飲したい味ではない。
「うーむ。
やはりか」
やはりって……
試行錯誤はかまわないが、そっちで駄目だと判断した酒を試飲させないでほしいのだが?
「いや、村長なら我らにない考えで、この酒の使い道を思いつくのではないかと思ってな」
駄目な酒の使い道は料理が定番だけど、今回のは香りがキツい。
熱を加えればある程度は香りが飛ぶだろうけど、料理の邪魔をする可能性が高い。
ケーキなどに使うのにも、同じ理由で厳しい。
なにか味の濃い飲み物に混ぜて飲むぐらいしか、思いつかない。
「むう。
仕方がない。
夕飯のときに、少しずつ飲んでいくか」
飲まずに熟成させるのは駄目か?
「見込みは薄い」
じゃあ飲むしかないな。
ああ、多少は手伝うぞ。
「いいのか?
食事に合いそうな味ではないぞ」
失敗した酒は、早く飲み切ったほうがいいだろ?
「ははは。
その通りだな」
酒は鬼人族メイドたちに預けておいてくれ。
食事のときに出してもらう。
「わかった。
次はうまくやってみせる」
ほどほどにな。
文官娘衆たちが、予想以上に作物を持って行かれたって嘆いていたぞ。
「なに、それらは美味い酒になる予定だ。
飲めば機嫌も直ろう」
そうなることを期待しておくよ。
夕食時。
魔王が俺の飲んでいる試作の酒に興味を持ったので、飲んでもらったら反応に困っていた。
不味いと言って大丈夫だぞ。
ドノバンも、駄目な酒だと言ってたから。
「いや、あー、その、なんだ……」
?
「魔王国の儀式で使われる酒とそっくりの味だ」
そうなのか?
「魔王就任のときに飲む酒でな。
製造方法は厳重に秘匿されていたのだが、厳重に秘匿されすぎて誰も知る者がいなくなってしまった。
私は保存されていた分を少し飲んだだけだから、まったくの同一とは言い切れんが……」
試作の酒を持ち帰って調べたいらしい。
そして、儀式で使われる酒と同じなら買い取りたいそうだ。
ありがたい話だが、この酒ならタダで持って帰ってくれてかまわないぞ。
「いや、タダは困る。
保存していた酒も残りが少なく、儀式が消滅する状況だったのだ」
そう言われてもな。
この酒で代金を取ったとなるとドノバンが怒る。
「儀式で使う酒だから、味は気にせんのだが……」
それはそれでドノバンの機嫌が悪くなるな。
ああ、それじゃあ製造方法を買い取ってくれ。
原材料がわかれば、そっちで造れるようになるだろ。
もちろん、同じ酒とわかったらでかまわない。
ドノバンにはこっちから話をしておく。
「すまぬ。
助かる」
魔王は喜びながら食事をし、残った試作の酒を持って帰った。
そして、魔王を見送ったあとに鬼人族メイドが一言。
「自然に夕食に混ざっていましたねぇ」
いまさらな話だなぁ。
感想、いいね、ありがとうございます。
誤字脱字の指摘、助かってます。
これからも頑張ります。




