夏と嬉しい報告
●人物
フラウ 魔族。ビーゼルの娘、文官娘衆のトップ。
夏だと思えるほど、急に気温が上がった。
暑くはない。
涼しい。
魔法って、便利だなぁ。
ありがたい。
そして、ルーが作った氷と風の魔道具を使った簡易クーラーっぽい扇風機が、大樹の村の各家庭で活躍中。
山エルフたちの改良がかなり進み、静かで心地よい風が涼しい。
屋敷の各部屋に設置されているが、とくに喜んでいるのは姉猫たちだろう。
虎のソウゲツと一緒に、ベストポジションを常にキープしている。
ん?
グーロンデの家にいるギラルとオルトロスのオルも、扇風機を喜んでいると。
普段は喧嘩する二人が、扇風機の前で仲良く並んでいるのか。
それはなにより。
だけど、扇風機にあたり過ぎて風邪をひかないように注意だぞ。
大丈夫だと思うけど。
そんな夏が始まったころ。
ラムリアスの出産があった。
アンと違い、初産のラムリアス。
半日に渡る長時間の出産となってしまった。
しかし、終わってみれば母子ともに健康。
一安心。
俺もほっとして喜んだが、俺よりもほっとして喜んだのが獣人族の女の子たち。
なにせ、大樹の村に来てからずっとラムリアスが面倒を見てたからな。
王都で生活しているゴール、シール、ブロンの三人も、ラムリアスが産気づいたとの報を聞き、駆けつけたぐらいだ。
そして、トラインとティゼルも一緒に戻って来ている。
今回はアルフレート、ウルザは戻って来なかったんだな。
サクラのときに戻ったから、交代なのだろう。
俺は理解するが、ザブトンとハクレンはウルザが戻らず、ションボリしていた。
ラムリアスの産んだ子は女の子。
ラムリアスが名付け、ラムナになった。
鬼人族に伝わる、女傑の名からもらったらしい。
その名を聞いた鬼人族メイドたちが、いろいろな感情を混ぜたとても不思議な顔をしていた。
どういった女傑なのか活躍が気になるが、俺は悪い名ではないと思う。
さて。
ラムリアスは長時間にわたる出産の疲労を考え、当面は職場復帰禁止。
俺としては数ヵ月は休んでほしいが、十日ごとに判断していくことになった。
これは、鬼人族メイド、獣人族の女の子たち、ゴール、シール、ブロンの全面的な賛同を得た。
本人は職場に戻れず、不満そうだったけど。
ちなみにだが、サクラを出産したアンはウッキウキで職場に復帰している。
もちろん、サクラの世話もしっかりやりながら。
こっちも数ヵ月……いや、一年ぐらいは休んでもいいと思うんだけどなぁ。
戻ってきたゴール、シール、ブロンと少し話をする。
久しぶりだ。
それぞれ、結婚生活に問題はなし。
……
なしで、いいよな?
シール、大丈夫か?
なにかしらの魔法や呪いを、かけられていたりしないな?
口に出せないなら、手紙でもいいぞ。
ほんとうに大丈夫なんだな?
大丈夫ならいいんだ。
なにかあったらゴールやブロンに相談するんだぞ。
ゴールやブロンも、相談に乗ってやってくれ。
ああ、そうだな。
俺が言うまでもなかったな。
すまない。
ただ、ご近所つき合い……ご近所でいいんだよな?
ご近所つき合いは大事だからな。
うん、仲がいいのはいいことだ。
あと、これも言うまでもないが、困ったことがあったらこっちにも遠慮なく相談してくれていいからな。
そして、ゴールから報告。
「エンデリとキリサーナが妊娠しました」
おおっ!
めでたい!
よかったじゃないか!
「あ、ありがとうございます。
それで、その、えっと……」
なんだ?
なにかしてほしいこととか、あるのか?
それとも物か?
なんでも用意するぞ。
「その……彼女たちの姉に伝えないといけないのですが……村長にお願いしてもいいですか?」
ん?
エンデリとキリサーナの姉は、大樹の村で文官娘衆をやっている。
伝えるのは問題ないが……
直接、言えないのか?
「妻たちから、そうしてもらえと言われまして……」
?
なんだろう?
あ、あれか。
姉より先に妹が妊娠したというのは、気を使う部分なのか。
俺に兄弟はいないが、想像はできる。
そうだな。
なに、伝えるだけなら苦労もない。
引き受けよう。
「ありがとうございます」
しかし、妻二人が妊娠中だと大変じゃないのか?
「妻たちの実家が侍女やメイドを大勢派遣してくれたので、そこまででも」
そうか。
それならいいが、いざとなればここに戻ってもいいからな。
妊婦の生活環境を大きく変えることに抵抗があるかもしれないが……
ここじゃなければ、五村とか。
「ありがとうございます。
妻たちと相談して、考えてみます」
うんうん。
いい話が聞けた。
注意しなければいけないのは、ここでシールやブロンに「君たちの妻はまだ妊娠していないのか?」と聞いてはいけないこと。
こういったのは夫婦の事情。
立ち入ってはいけない。
絶対に子を産まなければいけないということもないだろうし……
いや、子供を産まないといろいろ言われてしまうのかな?
その可能性もある。
だが、俺がなにか言うのは違うと思うので話題を変える。
そうそう。
王都も夏はそれなりに暑いのだろ?
扇風機をいくつか持って行くといい。
「いいのですか?」
そろそろ、商品化する予定だからな。
意見をもらえると嬉しい。
大樹の村ではかなり最初のころからある簡易クーラーのような扇風機だが、外部に向けては販売していない。
まずは大樹の村の各家庭に行きわたらせることを重視したからだ。
その後、一村、二村、三村、四村、温泉地と広げていき。
五村のヨウコ屋敷や村役場の執務室、会議室などに設置が完了。
魔王やマイケルさんなどの懇意にしている人たちに渡し終わったことで、やっと外部に向けての販売が計画されることになった。
ただ、ルーが担当している氷と風の魔道具がこれでもかと高い。
買える人は限られるだろう。
販売数はそれほど伸びないとみているが、販売するからにはちゃんと情報収集をしてお客さま満足度を上げたい。
「わかりました。
かならず感想を送ります」
ああ、頼んだぞ。
ゴール、シール、ブロンが王都に戻ったのを見送ったあと。
ゴールから頼まれていた伝言を、エンデリとキリサーナの姉に伝えた。
……
女性の嫉妬とは、激しいものだと思った。
いや、姉の妹に対する嫉妬かな?
なにせ二人の背中に鬼……いや、悪魔のような姿が見えたから。
あー、俺に言われても困る。
エンデリとキリサーナに危害を与えるようなことは駄目だぞ。
妊娠祝いという名のプレゼント攻勢もやめよう。
プレッシャーを与える。
そういうのは子が産まれたあとで。
あ、駄目だ。
聞いてもらえない。
通りかかったフラウに助けを求める。
「あー、騒いでいるなら大丈夫です。
本気なら黙って実行しますから」
……
「それに、鎮めるのは簡単ですよ」
そうなのか?
「ええ、あの二人も妊娠すればいいのですから。
アンさんとラムリアスさんの赤ちゃんをみて、刺激されていますから」
…………………………
俺は逃げた。
全力で。
後ろを振り向かず。
ここ一番の瞬発力をみせた。
だってまだ昼だもん。
日が高いもん。
しかし、フラウたち文官娘衆に回り込まれてしまった。
世の中、はかないものである。
俺は文官娘衆に囲まれた。
俺は助けを呼んだ。
文官娘衆が増えた。
なぜだぁっ!




