泥をかぶる
私の名はマイケル。
マイケル=ゴロウン。
ゴロウン商会の会頭をしている。
ゴロウン商会はそこらの商会ではない。
魔王国では二番手の規模を誇る商会だ。
しかも、一番手のダルフォン商会が複数の商会の連合体であることを考えれば、ゴロウン商会の規模に驚いてもらえると思う。
そして、そのゴロウン商会を維持、拡大するために費やしたこれまでの年月と私の努力。
常に順調であったわけではない。
魔王国で人間であることのハンデに苦しめられたこともあった。
商会が持つ船が沈み、大きく財産を失ったこともあった。
苦労を語りつくすには半年ぐらいかかるのではないだろうか。
そんなゴロウン商会を率いる私は、人生でも数えるほどしかない崖っぷちを味わっていた。
早朝。
商会に一通の手紙が届いた。
差出人はランダンさま。
魔王国の重鎮の一人だ。
それゆえ、その手紙は私の手元に最優先で届けられた。
私はその手紙を受け取り、驚いた。
手紙の封の部分に、大きく文字が書かれていたからだ。
大至急、緊急、一大事、商会存亡の機と。
冗談にしては、文字が暴れすぎている。
急いで書いたことがわかる。
つまり、書かれているとおりに一大事なのだろう。
私は慌てて手紙の中を確認した。
手紙には、村長が関わる祭りに質の悪い酒が差し入れられ、それが話題になった顛末が記載されていた。
ランキングを作る話には驚いた。
票数に差をつけるとはいえ、貴族と平民を交えての投票などトラブルしか考えられん。
正直、無理だ。
しかし、村長が言ったからには実行しなければいけない。
これはゴロウン商会も動かねばならないだろう。
そう思い、手紙を読み進めたのだが……
正直、信じられない内容だったので、五回ぐらい読み返した。
近くにいた息子や部下にも読んでもらった。
内容に変化はなかった。
質の悪い酒を差し入れたのは、ダルフォン商会とゴロウン商会だと。
……
大樹の村のことを知っている息子が言った。
「そ、村長なら、笑って許してくれるのではないでしょうか?」
たぶん、許してくれるだろう。
だが、村長以外が許さない。
なにせ、昨晩の会議で真っ先に話題になった内容だ。
ランキングは罰だ。
実行せねばならないだろう。
だが、すぐには無理だ。
時間がいる。
五年、いや十年は必要だ。
とりあえず、最初の一歩として……ランキングの実績作り。
いきなり貴族と平民を一緒にしての投票は……無理というか不可能。
暴動とか起きる。
人間の国では、投票が原因で滅んだ国がいくつもあるのだ。
貴族と平民の差を明確に感じさせるのは、よろしくない。
貴族一人が百票で、平民が一人一票。
絶妙な差だが、それゆえに貴族も平民も不満を感じる。
さらに、酒の味のランキングというのも、平民を刺激する。
よろしくない。
酒の味に拘れるのは、裕福な層だ。
当然ながら、平民の大半は裕福とは言い難い。
平民を宥めるのに、どれだけの出費が必要か。
いや、実害も出るだろう。
最悪、死人も出る……
死人が出た原因がランキング作り。
ひいてはランキング作りの発案者である村長が原因。
駄目だ。
これは避けなければ。
私が泥をかぶってでも、ランキング作り……いや、貴族と平民が一緒というのを取りやめてもらわねば。
オークションの激励に同行するつもりだったので、村長の予定を聞いておいてよかった。
私は全力で頑張った。
そして、オークションの激励を終え、転移門を通ってシャシャートの街、五村に行く村長たちを見送った。
たぶん、老けたと思う。
最近、若返りましたねーとか言われてたのに。
残念だ。
だが、ここで気を抜いたりはしない。
まず、原因追及だ。
私は言ったはずだ。
大事な相手だ。
手を抜いていい相手ではない。
味のわかる者もいる。
そのうえで命じた。
最上級の酒を、あるだけ差し入れるように。
倉庫が空になってもかまわない。
それ以上の利益をもらっていると。
なのに、なぜ味の悪い酒を差し入れた!
倉庫を空にしてもいいとは言ったが、倉庫に眠る在庫を押しつけろとは言っていないぞ!
私が信頼している王都の支店長、フレディ!
申し開きがあるなら言ってみろ!
「す、すみません。
キーブル子爵に呼ばれ、そちらに行っておりました。
差し入れに関しては部下に任せたのですが、どこかで行き違いがあったのかと」
部下に任せた?
部下に任せた?
部下に任せただと?
彼らに渡す品は、私自らが最終確認をしている。
知っているはずだな。
それをそこらの貴族に呼ばれたからと、投げ出したのか?
「で、で、ですが、貴族からの呼び出しを無視なんてできませんよー」
どうせ金を貸せという話だろう!
支店長のお前が行く必要はないだろうが!
「名指しだったんですー」
ぐぬぬ。
……わかった。
優先順位を十分に伝えなかったのは、こちらの落ち度だ。
すまなかった。
改めて指導しよう。
「会頭……」
今度、一緒に大樹の村に行こうな。
「え?
あ、はい、べつにかまいませんが……」
そうかそうか。
快諾してくれるか。
よかったよかった。
ああ、そうそう。
あとで騙されたと暴れられても困るから伝えるが……
村長がオークションの激励に来たの、見てたよな?
「ええ、そりゃ一緒にいましたから」
村長の周囲にいた女性たち。
知ってるか?
「いえ、綺麗な方々だったと……」
パレードに参加していたのだが見ていなかったのか?
ああ、商売に励んでいたか。
「はい。
かなり儲けました」
そうかそうか。
だとしても、天使族がパレードで大暴れした話は聞いているな?
「そ、そりゃもう。
王都では、その話題で持ちきりでしたから」
あの女性たち、全員が天使族だから。
「え?」
村長を見送るとき、私の両肩に手を置いたのマルビットさまとルィンシァさまだから。
「え?
天使族のトップの?」
そう。
その二人を含めた天使族が護衛する人が村長をやっている村が、大樹の村だ。
「え……あ……か、会頭。
なんだか急にお腹が痛くなって……しばらくお休みをいただけないかと」
安心しろ。
どのような状態でも連れて行ってやるから。
しっかり挨拶するんだぞ。
「ちょ、か、会頭!」
そうそう、両肩に手を置かれたとき、私がその二人からなにを言われたか聞きたいか?
ランキングに関しては村に戻ってから修正するつもりだったけど、真っ先に泥をかぶって修正したから今回は見逃すってさ。
わかるか?
私たちは、試されていたのだ。
「ひ、ひぃぃぃっ……」
怯えてないで、謝罪の品を用意だ。
大樹の村だけでなく、学園にもだぞ。
「は、はいぃぃっ」
まあ、私とてフレディを虐めたいわけではない。
フレディは、私の一族が人間の国から移住したとき、魔王国に根を下ろすのを助けてくれた一族の末裔だ。
もちろん、支店長を任せられる実力がある。
恩があっても、無能な者に王都の支店を任せたりはしない。
フレディは有能だ。
だからこそ大樹の村に連れて行く。
これはステップアップのチャンスだ。
そう思って頑張ってもらいたい。
そして、私の心の疲労を少しでも知ってほしい。
ああ、そういえばダルフォン商会のリドリー殿。
彼女も私の仲間だ。
ティゼルさまに関わっているらしく、いろいろと知っているらしいからな。
彼女が謝罪するとき、思わず助言をしてしまった。
同行してきたのがティゼルさまではなく、イースリーさまだったこともあるけど。
商会としてはライバルでも、協力できるところはしていきたい。
うん。
昔はダルフォン商会を抜いてやるとか考えていたけど、最近は改めた。
平穏が一番。
がんばれダルフォン商会と、素直に応援できる。
魔王国で一番の商会が揺れるのは、商機ではあるがいろいろと問題が発生してしまう。
……
ダルフォン商会。
キアービットさまが介入して内部が再編成されているらしいけど……
大丈夫。
表向きは揺れてない。
がんばれ、ダルフォン商会!
ゴロウン商会の平穏のために!
そうだ。
リドリー殿も大樹の村に行かないか、誘ってみよう。
きっと喜んでくれるに違いない。
マイケル「絶対に絶対に絶対に頼んだぞ」
フレディ「絶対に絶対に頼んだぞ」
部下「絶対に頼んだぞ」
部下の部下「頼んだぞ」
実際にミスした従業員「えーっと、倉庫の酒を学園の祭りに届ければいいんだな」
人を挟むたび、重要性が減っていった。
実際にミスした従業員「ひ、ひいっ!」
マイケル「逃がさんっ!」
フレディ「あ、あれはスピン・ダブルアーム! あの回転速度! なんてパワーだ!」
マイケル「きえーっ!」
フレディ「高く放り投げた! あの体勢は! ま、まさか!」
マイケル「くらえっ! 地獄の●●●っ!」
実際にミスした従業員「ぐぇぇぇぇぇぇっ!!!」
これぐらい怒ってた。
普段なら、フロントチョークぐらいで許してた。
マイケル「リドリー殿も大樹の村に行きます?」
リドリー「そんなに私が嫌いか!」
マルビット「投票……問題が多いわね」
ルィンシァ「でも、魔王たちの前で修正はできません。帰ってからですね」
マイケル「修正希望!」
マルビット「……やるわね」
ルィンシァ「褒められた行為ではありませんが、村長を守ろうとした姿勢は評価しましょう」




