学園の小さな祭り 夜食
●単語説明
グレプ 現地のブドウのこと。
●修正
ホウの領地関連の会話を修正しました。
ブドウをグレプに修正しました。
夜。
祭りは続いているが、俺は祭りの会場から離れ、学園の敷地内に張られたテントに移動した。
今日の宿になる。
テントといっても、小さい個人用のテントではない。
魔王軍が使っている大型のテントだ。
天井が高く、普通に歩いて移動できるし、内部をカーテンで仕切って小部屋をいくつも作ることができる。
その大型のテントが二十ほど張られており、その一つには持ってきたキャンピング馬車が入れられている。
大型のテントでキャンピング馬車を隠している形だ。
「馬車の位置で、村長の居場所が推測される可能性がありますから」
俺の居場所が推測されて、なにか問題があるのだろうか?
疑問に思ったが、大型のテントを用意してくれたグラッツが真剣な顔だったのでなにも言わなかった。
俺は大きなテントの中で、持ち込んだ大きなクッションに座ってまったりとする。
もう少ししたら寝る時間だが、いつもと環境が違うからか目が冴えている。
無理して寝てもいいが、ちょっともったいない。
明日は起きるのが遅くなっても問題ないはず。
のんびりできるこの時間を大切にしたい。
昔のように、【万能農具】でコップとか作ってみるか?
そして夜更かしして、夜食なんか食べたり……
そんなことを考えていたら、ドノバンたちがやってきた。
酒樽を持ってたので、酒のお誘いかと思ったら違った。
ドワーフたちに続き、天使族のマルビット、ルィンシァ。
メットーラにアサ、アース。
魔王、ビーゼル、グラッツ、ランダンもやってきた。
なにか話があるらしい。
クッションの予備を使って輪になって座っていく。
俺は……動かなくていいのね。
ありがとう。
まず、ドノバンが口火を切った。
「王都で売られている一部の酒が不味い。
これはなんとかせねばならんと思う」
ゴロウン商会やダルフォン商会が差し入れた酒は、魔王国各地で造られた酒だ。
五村の酒もあるが、大半は違う場所の酒になる。
「とくにワイン。
多様な畑で取れたグレプをひとまとめにして酒にしている。
これはこれで味わいのある酒ができるが、出来の悪いグレプも一緒に使っておる。
これではよい酒はできん」
ドノバンは王都の酒が不味いことに不満のようだ。
「対策はグレプの選別を強化する。
もしくは一つの畑からとれたグレプだけで酒を造ることだ」
なるほど。
これに対し、ランダンが反論。
あ、手は挙げなくて自由に発言していいぞ。
「ありがとうございます。
あー、ドノバン殿がおっしゃる不味いワインというのは王都で水の代わりに飲まれるワインのことかと。
なので不味いのは仕方がない部分があります」
どういうことだろう?
ランダンに詳しく聞くと、なんでも複数の畑からグレプを集めてワインを造っているのは、味を均一化してグレプの値を安定させるためだそうだ。
グレプは畑の作物である以上、収穫量は天候次第。
収穫量で収入が上下するのに、さらに味で上下してはグレプを作ろうとする農家がいなくなる。
それゆえ、複数の畑からグレプを集めてワインを造っていると。
「グレプの質に拘りませんので、不味くなるのは仕方がないかと」
そうだな。
しかし、値が決まっていると、いいグレプを作ろうとする農家が減ってしまうな。
「そうなのですが、もともとが小さい畑でもグレプを作ってほしいという各地の政策の一環でして」
?
「食糧難の時代、どうしても畑は酒にするグレプよりも食べられる作物を育てたくなるものですから」
ああ、なるほど。
酒の原料であるグレプを少量でも作ってほしいから、値を定めて買い取っているのか。
「はい。
ただ、すべての領地でこれをやっているわけではありません。
酒好きの領主がいる領地では、資金を投入して品質を向上させたワイン造りが行われています。
まあ、そこで造られたワインはあまり流出しませんが……」
酒好きの領主が独占するのね。
「そうなります。
一部……たとえばレグ領なんかは、品質を向上させた酒を遠慮なく売ってくれるので流通しています。
値は張ってしまいますが」
レグ領?
ホウの領地か?
そういえばホウも領地で酒を造っているとか言ってたな。
外に売っているのか。
意外だな。
独占しそうなのに。
「ホウが管理している領地の酒は独占していますよ。
レグ領はホウの姉の血縁が領主をやっております。
ホウはレグ領の長老格になるので意見はできますが、決定権は領主が持っていますので」
領主はホウに逆らって売っているのか?
凄いな。
「なんでも領主はホウの酒量を抑えたいらしく、それで売っているとか……」
あー。
えっと、長老思いな領主だな。
「ですね。
ホウが結婚したという話をとても喜んでいましたから。
あと、ホウに向かって長老と言うと拗ねるので注意です」
心得た。
でだ。
ドノバンは王都の酒、とりわけワインの味が悪いことが心配。
ランダンは、王都のワインの味が悪いのは理由があって仕方がない。
美味い酒は美味い酒であるのだから、それでなんとか。
ということだが……
これ、俺にどうしろと?
俺が対策する必要があるのか?
王都の話だろ?
こういったのって魔王の仕事じゃないのか?
俺がそう思って魔王を見たら、目を逸らされた。
魔王はそういった細かい政策には手を出さないのだそうだ。
だからって俺が対策する必要はないと思うのだが、ドノバンに頼まれたら仕方がない。
ドノバンの考えはさっき言ってた、グレプの選別を強化することか、一つの畑からとれたグレプだけで酒を造ることだが……
ランダンが無理と腕でバツ印を作っている。
現実的ではないということだな。
まあ、そうだな。
心情的にランダンに賛成。
全てを高品質にするのは無理だ。
安く行きわたらせるためには、低品質になっても量が必要ということだ。
だが、ドノバンの気持ちもわかる。
お酒は少しでも美味しいほうがいい。
水の代わりに飲むというなら、なおさらだろう。
俺がなぜこの問題に関わるかはわからないが、王都のワインの味を向上させる案を考えてみよう。
……
ランダン、水の代わりとなるワインは領地ごとで造られているんだよな?
「そうですね。
だいたい領地ごとです。
一つの村や街ではグレプの収穫量からして酒造りは難しいので」
なるほど。
となると……
酒を美味くする方法は簡単だ。
「本当か?」
いや、絶対というわけではないし、いますぐ改善するわけでもないが、効果はあると思うぞ。
だからドノバン、迫ってこないで。
方法は、ランキングを作るだけだ。
酒の美味さランキング。
これを王都で年に一回、発表する。
酒にはランキングと一緒に、どこの領地の酒かもしっかりと発表する。
すると、全部が全部ではないだろうけど、余裕があるところはこのランキングの上位に名を残そうと美味い酒を造るんじゃないか?
俺の案をランダンが考える。
「たしかに。
領地の名をあげるチャンスと競ってくれるかもしれません。
ですが、すでに美味い酒を造っているところがランキングに並ぶだけではありませんか?」
さっき、美味い酒はあまり流通しないって言ってただろ?
「ええ」
だから、ランキングは王都の住人の投票で決める。
貴族も平民も同じ一票……ビーゼルやマルビット、ルィンシァが駄目だと腕でバツ印を作ったので訂正。
たとえば……貴族が一人百票、平民が一人一票で投票するのはどうだろう。
これなら、それなりに流通している酒が上位になりやすくなる。
美味い酒を目指して生産量が下がる心配は少ない。
まあ、投票にすると影響力の大きい人の意見が通るだけかもしれないけど、そういった人は不味い酒を美味いとは言いにくいだろ?
下手にそんなことを言ったら、歓待される席で不味い酒しか出てこなくなるからな。
「なるほど。
ぱっと考えても実行にはいくつか問題がありますが……実現できるように検討してみます」
ランダンがそう言ってくれたので、ドノバンにこれでいいかと目線を送ってみる。
頷いているから、納得してくれたようだ。
これで話が終わり……なわけはないよな。
いまの話、ほぼドノバンとランダンだけだったもん。
次は誰でなんの話かな?
メットーラだった。
メットーラの話は、学園でのトライン、マアの生活の報告。
「トラインさまは、ティゼルさまに可愛がられているというか、遊ばれているというか……」
あー、まー、そうなったかー。
メットーラからティゼルを抑えることができる人材が欲しいと希望されて、トラインが選ばれたのだが……
すまない。
「いえ。
ティゼルさまに国作りという目的を与えることで、広げていた手の方向性が定まったのはよろしいかと」
そ、そうか。
「それに、トラインさまは王都でのパレードで村長を操るようなことをした反省か、控えているようです。
だからといって、それでティゼルさまに転がされるのはどうかと思うのですが……
一年も経験を積めば、期待した働きをしてくれるでしょう」
なかなか厳しい。
いや、一年で期待した働きをするという評価は、甘いのかな。
マアのほうは、ちゃんとトラインの世話をしているとのこと。
ただ、トラインと離れると、なにかを作っては騒音問題を起こしているらしい。
昼間の近くに学生がいない時間帯とはいえ、騒音問題を注意すべきかどうかで迷っていると。
遠慮なく、注意してくれ。
メットーラの報告が終わると、次はアサとアース。
ここ最近の二人は、ティゼルの部下になった者の身辺調査をしているらしい。
「表、裏の両面から調べましたが、大きな問題がある者はいません」
アサはそう言うが、小さな問題がある者はいるということか?
「無視できる程度の問題です」
アサに続き、アースが報告してくれる。
「概ね、ティゼルさまとの仲は良好。
強く敵対、敵視している者もいません。
ただ、エカテリーゼという人間の国の元公爵令嬢が、ウルザさまとやりあいました」
やりあいました?
ウルザは大丈夫だったのか?
「もちろんです。
ウルザさまの勝利です」
だ、だとしても、やりあう前に止めてほしいのだが。
「目と目があった瞬間、始まりましたので。
私や周囲の者たちも、なにがなんだかという状態でした。
すみません」
い、いや、それでウルザが無事ということは、エカテリーゼさんが怪我したのか?
あれ?
エカテリーゼさんは今日の祭りにいたな。
元気な姿で。
「エカテリーゼはかなりの距離を転がりましたが、大きな怪我はしていません。
やりあったあとのお二人は、友情を育んでいました」
えっと……
やりあった原因はなんだ?
困惑していると、教えてくれたのはマルビットだった。
「順位付けのための儀式みたいなものよ」
順位付けって……
ああ、でもリアたちハイエルフも、新しいハイエルフが来たら順位付けがどうこうでなにかやってたな。
これが一般的なのか?
「ちなみに、双方、テェザンコッなる体当たり技での攻撃です。
仕掛けるのはエカテリーゼが早かったのですが、ウルザさまのほうが技の完成が速かったようです。
さすがはウルザさまです」
同じ技をあと出ししたけど、ウルザが勝ったということかな?
なんにせよ、あとで注意……いや、褒めておこう。
褒めるでいいんだよな?
アサとアースの報告が終わると、今度はマルビットとルィンシァ。
こっちは、今日の祭りでの反省みたいだな。
祭り開始序盤、知り合いに会ったテンションで踊り続けていたから。
ただ、踊り終わったあとはちゃんとウェイトレスの仕事をしてくれた。
問題にしたりはしない。
残るは……魔王とビーゼル、グラッツかな。
いや、ランダンもか。
なにかあるのだろうか?
魔王が代表して言うらしい。
「そろそろ決めておかなければならないと思ってな」
なにをだ?
「ティゼルが作る国の王だ」
国を作れば、その王が必要か。
誰の予定なんだ?
「それが、まるっきり決まっていない」
そうなのか?
「うむ。
ティゼルのほうからも推薦がない。
大きく政治が絡むうえに、魔王国の人事にまで影響があるだろうからと我らに丸投げしてきた」
丸投げというか、魔王が決めるのが一番だろう。
魔王国と人間の国々とのあいだに入って交渉してもらうのだから。
「魔王国と人間の国々とのあいだに入って交渉してもらうのだから、魔王国寄りの者を配するのはいかんだろう」
そういうものか?
「そういうものだ。
かと言って、天使族では人間側がいい顔をせん」
正統ガーレット王国が魔王国に降伏、併合の話があるから、それを知った人間の国々は天使族の誘導かと評判が落ちている。
もちろん、正統ガーレット王国の関係者もよろしくない。
「理想は魔王国に理解がある人間の国寄りの者なのだが……
王都にいるエルフ帝国の関係者にどうだとやんわりと話を振ってみたが、きっぱりと断られた」
むう。
エルフ帝国の皇女だったキネスタに話をしてみようか。
女王になれるとなれば……引き受けてくれるかもしれない。
「村長。
キネスタ殿から手紙が届いております。
王の選定が話題になったときに出すようにと」
アサがそう言って、キネスタからの手紙を渡してくれた。
どうやら、王都にいるエルフ帝国の関係者から連絡が行ったらしい。
手紙には絶対に拒否と書かれていた。
そうか、女王になる気はないか。
そして、これでもかと他者を推薦するんじゃない。
たぶんだけど推薦で書かれている名前、全てエルフ帝国の関係者だよな?
まったく。
とりあえず……
ええと、これは持ち越しだ。
ここでは決められない。
いや、俺が決めることではない。
魔王たちの話し合いの結果を待ちたい。
あと、明日の予定と雑談を少しして話し合いは終了。
解散となった。
……
解散となったのに、なぜ解散しない?
夜食?
そりゃ、なんだかんだで遅くなったし、小腹も空いたからな。
作ろうとは……
ドノバンが酒樽を掲げていた。
そういえば飲んでなかったな。
わかったわかった。
全員でキャンピング馬車のあるテントに移動した。
夜食は小鍋でのキツネうどん。
ガットたちが作った小鍋、持ってきてよかった。
足りない人は、モチか卵を追加するように。
酒に合わない?
贅沢を言わないように。
俺が隠し持ってきたこっちの酒なら、うどんにも合うから。
区切りどころか見つからず、長くなってしまった。
酒の話ぐらいで区切るべきだったか。
誤字脱字の報告、ありがとうございます。
助かっています。
これからも、よろしくお願いします。




