交渉上手のベルバーク
●用語説明
バフォメットのダセキ 山羊頭の古の魔族。
幻の屋台 ヒラクが趣味でやっている屋台。
クロトユキ ヒラクが店長の五村の店。
甘味堂コーリン ヒラクが店長の五村の店。
マルーラ ヒラクが店長のシャシャートの街の店。
メイドが給仕をしている店 アース(ウルザの土人形)が王都でやっている喫茶店。
2023/10/19 メイドが給仕をしている店の表現を修正。(理由はあとがきで)
我が名はベルバーク。
ベルバーク=ルチョイス。
魔王国に住む魔族の老人だ。
現在、ピンチを迎えている。
誰か、助けてほしい。
我の反省点は一つ。
素直に領地に帰る報告をすればいいのに、魔王を驚かせようと正体を隠して王城に忍び込んだことだ。
怪しい行動をとってしまった。
だが、わかってほしい。
これは愛情表現なのだ。
我は次のような展開を期待していた。
魔王城に忍び込み、正体を隠して執務中の魔王の背後から肩を叩く我。
驚く魔王。
我が攻撃ではなく、肩を叩いたことから敵意はないと魔王は判断して、攻撃はしてこぬであろう。
たぶん「何者だ」とか言ってくる。
そこで我が正体を明かしつつ、一言。
「まだまだ甘いな……」
「……おお、ベルバークさまでしたか。
驚かさないでください」
「いやぁ、すまんすまん。
だが、王城にいるとはいえ、油断は禁物だぞ」
「そ、そうですね。
弛んでいたかもしれません」
「うむ。
それと、このように正体を隠した我が、この部屋に来るまで誰にも咎められなかった」
「……警備を見直します」
「そうするがよい。
では、我は領地に戻る。
達者でな」
そう言って、魔王の返事を聞かずにさっそうと消える我。
我の見立てでは、魔王城には弛みがあった。
警戒が甘い。
いつ、攻撃を仕掛けられても対処できるようにせねばならんのに、その心構えがない。
原因は二つ。
一つは戦から離れすぎていること。
パレードで模擬戦はしたが、あれは魔王のアピールの側面が強い。
魔王城の気を引き締める役にはあまり立っておらん。
もう一つは、魔王が強いこと。
強い魔王がいるのだから、その指示に従えばいいという意識が働いている。
これはよろしくない。
誰かが指摘してやらねばならん。
だが、魔王国の最高権力者である魔王に「お前のせいで油断している」と指摘できる者などそういないであろう。
魔王が強いなら、なおさら。
その強い魔王を従えたであろう例の男やその周囲にいる者は、魔王になにかを言うタイプではない。
なにかを言うタイプであれば、魔王城にここまでの弛みはないはずだ。
それゆえ、年長者である我が指摘する。
これこそ、愛情であろう。
しかし、現実は甘くなかった。
王城に忍び込んだ瞬間、神人族の娘に見つかって追いかけまわされた。
神人族の娘は若い。
戦えば勝てる。
だが、神人族の娘の背後にいる親たちが怖い。
それゆえに逃げた。
王城から抜け出し、王都の街並みに。
我は王都に不慣れなれど、時間はあったので逃走ルートをいくつか用意できていた。
逃げきれる。
そう判断した。
が、駄目。
王都は神人族の娘の縄張りだった。
王都の民を使い、我を追い詰めてきた。
魔王国軍も神人族の娘に協力した。
包囲網は酷くないかな?
我、犯罪者ではないぞ?
いや、まあ、王城に忍び込もうとしたから犯罪者なのかもしれないが。
あと、我を追いかける兵たちよ。
王城にいる兵よりも気合が入っているのはなぜだ?
学園勤め?
ブリトア家の軍師……グラッツ将軍の直属か。
あやつの噂は聞いておる。
後方にいれば優秀と。
なるほど、翻せば前方を任せるに足る指揮官と兵がいるということか。
つまり、我を追う軍を指揮しているゴール、シール、ブロンなる獣人族の男たちが優秀と。
若いのに、やりおる。
あ、投網はやめて。
トラウマがあるから。
結局、捕まってしまった。
くっ、あの山羊頭の山羊使い、やるではないか。
あそこまで山羊を巧みに操り、我を捕らえるとは。
しかし、見事な山羊への擬態だった。
びっくりした我が思わず飛びあがってしまったぐらいに。
ぬう……
あの見事な山羊の頭部。
ひょっとして、バフォメットのダセキの血縁か?
ダセキ。
懐かしい。
あやつは、野外で肉を焼くのが好きだった。
毎日のように焼いておった。
それが原因でよく火事を起こし、魔王国だけでなく人間の国々からも手配されてしまったが……
元気でいるだろうか?
……
いや、あやつの葬式に出たな我。
うっかりうっかり。
現実逃避はやめよう。
我はいま、貴族学園にある家の一室で神人族の娘の説得を受けている。
魔王の指導で行われる国興し。
それに参加せよと。
「国興しじゃなくて、国作り、もしくは街作りよ」
神人族の娘がその主導者なのだが、女王になるわけではないので国興しではないとのこと。
国の体裁を整えるための街作りが正確な表現なのだそうだ。
そして、この我にその街作りに参加しろとのこと。
もちろん、我に肉体労働を求めてのことではない。
我に求められているのは、知恵と人脈。
報酬は出る。
この話に嘘はないだろう。
なにせ、この説得の場には魔王もいるしな。
……
魔王、我を助ける気は?
「諦めてください。
手後れです」
神人族の娘が例の男の娘だというのは聞いている。
だからか?
「いえ、ベルバークさまの協力があると嬉しいからです」
ぐぬぬ。
「ですが、私は強制しません。
ティゼル嬢を諦めさせることができるなら、領地に帰る手伝いをしましょう」
言ったな。
たしかに我は神人族に苦手意識がある。
だが、目の前の娘はまだまだ小娘よ。
狡猾さが足りん。
魔力が足りん。
そしてなにより、武が足りん。
騒ぎを大きくするわけにはいかんと遠慮しておったが、魔王が手だしせんのであれば、なんとでもなる。
約束通り、領地に帰る手伝いをしてもらうぞ。
「あ、暴力は駄目ですからね。
できるだけ会話でお願いします」
魔王はそう言いながら天井を見た。
我もそれにならって天井を見た。
……
デーモンスパイダーの子がいた。
それも複数。
「パレードには参加していませんでしたが、ティゼル嬢の実家にはイリーガルデーモンスパイダーがいますよ」
あれって伝説の存在じゃないのか?
「ティゼル嬢の着ている服、イリーガルデーモンスパイダー製です」
……
暴力はよくないな、うん。
話し合わねば。
な、なに。
これでも我は無駄に長生きしておらん。
神人族の娘を手玉に取ることぐらい、やってみせようではないか。
娘よ、我の話を聞け。
「手伝ってくれる気になったの?」
ああ、そうだ。
だが、それは貴様が我の出す試練をクリアできたらだ!
「試練?」
そう、試練だ。
神人族お得意のな。
我の口元がニヤリと弛む。
神人族は試練と称して無理難題をふっかけ、無理を通すことを得意としている。
これで交渉上手を名乗るのだから、呆れたものだ。
だが、それゆえに試練を持ちかけられると断れん。
いや、断らん!
神人族には、こう対処するのが正しいのだ!
「試練はいいけど、さすがに実現不可能な試練は駄目よ。
若返れとか、千年待てとか」
もちろんだ。
我は神人族ではない。
そのような試練は出さん。
「範囲も……ある程度絞ってほしいかな。
世界の反対までいかないと駄目とか厳しいから」
そうだな。
では、王都と転移門で繋がっている場所で可能なことに絞ろう。
「試練の数もしっかり決めてよ。
あとで増やしたりするのは駄目だからね」
ふっ。
我の出す試練は五つ!
我の求める五つの品を、この場に持ってくることだ!
「重すぎて運べないとかはなしよ」
そんなことを言うのは神人族だけだ!
我は言わん!
そこらの者でも持てる!
「わかったわ。
聞きましょう」
うむ。
この試練は前々から考えていたわけではない。
即興だ。
だが、我が王都に来てから、手に入らぬ物、自由にならぬ物がいくつかあった。
その数が五つ!
ゆえに、五つの試練!
心して聞け!
一つ、我がどれだけ探しても遭遇できなかった、五村に出現する幻の屋台のラーメン!
一つ、人気過ぎて朝から並ばぬと入店すらできぬ、クロトユキなる店の甘味!
一つ、受注生産など聞いておらぬ、甘味堂コーリンなる店の饅頭!
一つ、出前はしてくれるも持ち帰りは不可な、マルーラなる店のカレー!
これは辛口の大盛で頼む!
一つ、我が王都で唯一認めた、メイドが給仕をしている店のコーヒーなる飲み物!
これらを十五日以内にこの場に持ってきてもらおう。
ふっ、さりげなく期限を決める我、頭脳派。
期限がなければ、達成できる可能性があるからな。
だが、十五日では無理だ。
幻の屋台は、出ないときには出ない。
さらに、甘味堂コーリンの受注タイミングは不定期。
やらぬときはやらぬ。
そして、この場に持ってこいという無茶振り。
クロトユキやマルーラは、どれだけ頼んでも持ち帰りは許してもらえなかった。
メイドが給仕をしている店も同じ。
店の外への持ち出しは許してもらえなかった。
しかし、不可能ではない。
見ていた感じ、クロトユキは常連には持ち帰りを許している。
マルーラは、ビッグルーフ・シャシャートという施設内や近くの学園や宿であれば持ち出せる。
だが、基本はその場で食べることを推奨している。
持ち帰った先で管理が悪く、腹を壊されては困るからだ。
だから信頼のおける者のみに許している。
メイドが給仕をしている店は……
持ち帰られたら、メイドが給仕しているという特徴がなくなるからかの。
貴族の屋敷には配達しているという噂を聞いたことがあるから、メイドがいれば持ち帰らせてくれるのかもしれん。
なんにせよ、幻の屋台はわからんが、ほかの四つの店は金では動かん。
我が金を積んで駄目だったからな。
つまり、説得して協力してもらうしかないのだが、十五日という期間では……ふふふ。
「あのベルバークさま……」
おっと、魔王。
お主は手助けするなよ。
魔王の権力を使えば、揃えることは可能であるからな。
だが、そうでなければ無理だ!
不可能!
ふはははははははははは!
十日後。
五つの品が目の前に揃えられた。
神人族の娘の親たちと一緒に。
メイドが給仕をしている店の表現を修正した件。
女性客が多く腰が引けて入れなかった
↓
我が唯一認めた
以前、魔王にこの店に「入った」風に話をしているのに、「入れなかった」との表現がおかしいので。
一応、女性客が多くて腰が引けて入れなかったところを、アースに助けてもらって入ったエピソードがあるのですが、そこを書いていない段階で、このような表現はよろしくないなと修正しました。
すみません。




