王都のトライン
●人物
アサ 四村、マーキュリー種の一人。初老執事。
アース ウルザの土人形。若い執事の姿。
キアービット 天使族の長の娘。
私はトライン。
大樹の村で生まれた鬼人族の男。
生まれてまだ十年ほどの若輩者ですが、よろしくお願いします。
さて……
疲れました。
学園の敷地内に用意された家に戻った私は、目を閉じて反省します。
そもそも、村の外のパレードの一件。
ティゼル姉さまの暴走を止めるためとはいえ、お父さまを巻き込んでしまったのが駄目でした。
お父さまが気づくことなく、全てを終わらせなければ。
あ、いや、お父さまは私たちがこっそり動くことを好みません。
気づくことなくというのは駄目ですね。
しっかりと報告、連絡、相談をすべきです。
そのうえで、お父さまに迷惑をかけずに動く。
これが理想です。
なのに、お父さまを巻き込んでしまったというか、お父さまから巻き込まれに来るとは予想できませんでした。
私とティゼル姉さまの仲を心配してというのが理由なのは、嬉しいことなのですが……
反省点はまだあります。
ティゼル姉さまの暴走を諫めるという目的だったのに、今後を考えて余計なことをしてしまったことです。
過保護な魔王のおじさんを引き離し、膨大な仕事を与えればそれに集中するだろうという読みだったのですが……
甘かったです。
いえ、読みは当たっていました。
ティゼル姉さまはその仕事に集中しています。
ただ、学園では新参者である私を巻き込んでくることは想定外でした。
ティゼル姉さまの性格から、巻き込むとしてもアサさんかアースさんだと思っていたのですが……
意外にもアサさん、アースさんは巻き込まず、ダイレクトに私だけを巻き込みに来ました。
……
これ、ひょっとして私が裏にいたことがバレたのでしょうか?
いずれバレるとは思っていましたが、予想よりもかなり早いです。
対策できませんでした。
これも反省点ですね。
私の知っているティゼル姉さまは、村にいたときのティゼル姉さま。
村を出て学園に通い、魔王国の政務に関わることでかなり成長しているようです。
私は目を開け、室内を見ます。
学園の敷地内に用意された家は、四人家族で住んでもちょっと広いといった感じでしょうか。
もっと小さい家でかまわないと希望を出していたのですが、ウルザ姉さまがこのサイズに決めていました。
ウルザ姉さまが言うには、なにごとも小さいよりは大きいほうがいいらしいです。
そうかもしれないと思ったので、受け入れました。
この家に、私と私と一緒に学園にやってきた山エルフのマアが住んでいます。
私にとって山エルフのマアは……
なんでしょう。
侍女ではありません。
なにせ私は執事になるべく教育を受けているのです。
侍女に世話をされる執事などいないのです。
たしかに私の身長が足りない部分を補ってくれてはいますが、侍女ではありません。
彼女は私よりはるかに年上なので、実は乳母……ではありませんね。
彼女から母乳をもらったことはないはずです。
となると、恋人?
私はまだ十年ほどしか生きていないので、そのあたりはわかりませんが違うでしょう。
彼女とは一緒に遊ぶ……遊びませんね。
私と彼女は、機械作りを一緒に……一緒ではありませんね。
私が設計というかアイデアを出して、彼女がそれを形にする。
依頼主と供給者の関係が無難でしょうか。
代金は払ってませんけど。
まあ、友人でいいと思います。
私の学園行きについて来てくれたので、親しい友人ということで。
私の親しい友人の彼女と、この家で暮らしています。
なので、この家で私が見るのは彼女のはずなのですが……
なぜかティゼル姉さまがいました。
私が家に戻ってきた直後に目を閉じた理由がわかっていただけますでしょうか?
疲れからくる幻覚だと思いたかったのです。
残念ながら、幻覚ではなかったようですが……
えーっと、ティゼル姉さま?
二つほど質問してもよろしいでしょうか?
「かまわないわよ。
ああ、私がここにいるのは、今日の釣果を聞きたかったから」
ありがとうございます。
質問は一つになりました。
「それはなによりね。
それで、釣果は?」
先にそちらが質問するのですね。
かまいませんが……
私の姿を見るだけで逃げて行くようになりました。
なので釣果はありません。
「むう。
顔を覚えられてしまったのかしら?
あと数日はいけると思ったのだけど……角は隠したのよね?」
もちろんです。
服装も何度か変えてみました。
ですが、駄目でした。
「学園を出るときに見張られていたとか?
それとも、昨日はやりすぎた?」
やりすぎというほど騒ぎにはなっていないと思いますが……
噂にはなっているかもしれません。
「そうなの?
仕方がないわね。
別の手を考えるわ」
承知しました。
「姉弟なんだから、もっと砕けた喋り方でいいわよ。
呼び方だって、昔みたいにティー姉でいいし」
アンお母さまに叱られるので、ご容赦を。
「あはは、厳しいからねー」
まったくです。
ちなみにですが、ここで話題にしていた釣果というのは、私が適当にぶらつき、絡んできたチンピラ等を捕まえることです。
ああ、捕まえるのは私ではなく、私を見張る軍の人たちです。
つまり、私は囮ですね。
ティゼル姉さまはこの行為を“釣り”と呼んでおり、捕まえたチンピラ等の数を釣果としています。
ティゼル姉さまの考えた、労働力確保の方法です。
この“釣り”、ティゼル姉さまがやるとチンピラ等が近寄ってくるどころか全力で逃げるので、顔が知られていない私に回ってきました。
現在までに五日ほどやっていますが、釣果は合計で三十人ほど。
十歳の子供が一人で、それなりに治安の悪い場所を歩いてこの釣果。
魔王のおじさんたちがやっていた、王都の浄化作戦が成功していると考えるべきでしょうか。
それとも、どれだけやっても悪人は減らないということでしょうか。
「ところで、そっちの質問は?」
そうでした。
いえ、シンプルな質問です。
ティゼル姉さまの横にいるご老人は誰ですか?
心配になるぐらい、死んだ目をしているのですが?
「彼?
今日の私の釣果」
ティゼル姉さまに絡んできたのですか?
「いやー、なんか王城にこそこそ侵入しようとしていたから、こっちから絡んだの。
勘がよくて何度か逃げられたから、びっくりしちゃった。
あと、魔力量がすごいのよ。
わかるでしょ?」
ええ、わかります。
なので、どう考えてもただ者じゃないと思うのですが……
これ以上の追求は止めておきましょう。
面倒ごとは遠慮します。
泥棒であるなら、しかるべきところに突き出したらどうです?
あと、縛っておくとか。
「使えそうな人材だから幹部候補よ。
丁重に扱って。
とりあえず、しばらくこの家に捕まえ……泊めてあげて」
……なぜに?
「私の家に連れて行ったら、アル兄やウル姉が怒るじゃない」
怒られることに私を巻き込まないでください!
「部屋は余ってるでしょ?」
余ってませんよ。
正確には、余っていた部屋はマアの開発室と物置になっています。
「地下室は?」
ウルザ姉さまが、武器庫にしてます。
「しまった、先を越された!」
いや、ティゼル姉さまは王城に自由にできる部屋がいくつもあるでしょ?
「学園の近くにも欲しいのよ。
家だとアサやメットーラが厳しいし。
あ、アル兄は学園のどこかに秘密基地を作ったみたいなのよ。
場所がわかったら教えてね」
アルフレート兄さまとティゼル姉さまなら、私はアルフレート兄さまを選びます。
「酷い!
どうしてそんなことを言うの!
こんなにかわいがっているのに!」
自身の行動を振り返ってください。
ん?
来客のノック?
少し焦ったようなノックですね。
誰でしょう?
アルフレート兄さまなら、もっと穏やかなノックです。
ウルザ姉さまなら、ノックの前に声をかけます。
つまり……
「すまない。
人探しを手伝ってほしい!」
ビーゼルおじさんでした。
村で顔見知りなので、警戒はしませんが……
なぜ私に手伝いを?
そういった依頼はアルフレート兄さまか、ウルザ姉さまにすればいいのにと思うのですが?
「君がもっとも騒ぎを大きくしないからだ。
なのだが……えーっと、手伝いの必要はなくなった」
あ、じゃあ、探しているのはあそこにいるご老人ですか?
「うむ」
そうですか。
ティゼル姉さまの姿はありません。
逃げたようです。
ご老人の口から証言されたら、逃げても無駄だと思うのですけどね。
「すまない、助かった。
実はこの方は……」
あ、いや、ご老人が何者か知りたくもありません。
このご老人がここにいるのは偶然に偶然が重なった結果です。
そういうことで、よろしくお願いします。
私は無関係です。
……
は、放してください!
無関係だと言ってるでしょう!
泣き落としには屈しませんよ!
私を巻き込もうとしないでください!
私を巻き込むのはティゼル姉さまだけで十分なのです!
いや、ティゼル姉さまに巻き込まれるのも遠慮したいぐらいなのです!
同情した視線を向けるぐらいなら、勘弁してくださいよ!
ティゼル「トライン、船員の集め方って知ってる?」
トライン「港で募集するのですよね」
ティゼル「ええ、そうよ。でも集まらないときもあるわよね」
トライン「ありますね」
ティゼル「船員が集まらないと船が動かせない。どうすると思う?」
トライン「集まるまで頑張るしかないのでは?」
ティゼル「働ける人を誘拐していたらしいわ。怖いわよねー」
トライン「たしかに怖いですね」
ティゼル「話は変わるけど、釣りをするわよー」
トライン「急に変わりましたね。まあ、いいですけど……川ですか? それとも池?」
ティゼル「王都の裏通りよ」
トライン「え? そんな場所に釣り場なんてありましたか?」
ティゼル「国を建てるのに、労働力ってどうしても必要なのよねー」
トライン「は?」
ティゼル「悪人だって、牢屋に行くよりは新しい場所で働いたほうが喜ぶと思うの」
トライン「……」
ティゼル「頑張って釣ろうね」
楽屋裏
マア 「名前が出たのに、出番がなかった……」
トライン 「開発室に篭っているからです。出番がほしいなら前に出ないと」
キアービット「私はどこに住んでいるのかしら?」
マア 「別の場所ですよ。さすがに一緒に住むのはむずかしいでしょう」
キアービット「むう」




