村の外のパレード シャシャートの街~王都 判断
村の顔役の一人(魔族の男)視点です。
2023/07/06 本文の最後のほう、少しだけ加筆修正しました。
俺の名は……秘密だ。
簡単に名乗るほど間抜けじゃない。
なぜなら、俺は魔王国に対して反逆の意思があるからだ。
魔族の男とだけ教えておこう。
俺には不満があった。
昔の魔王国はこれでもかと人間の国を攻めたて、滅ぼし、領土を拡張していった。
なのに、ここ十数年は戦線が停滞している。
いや、後退している。
最後の戦いでフルハルト王国の領土を大きく削ったのに、その領土を放棄するかのように大きく戦線を下げた。
その理由で聞くのは、エルフ帝国への警戒と、戦線の整理、それと兵站の強化のため。
十数年前は、魔王国に限らず世界的に食糧不足だった。
だから、当時は戦線を下げることに納得した。
しかし、いまは違う。
魔王国の食糧事情はここ数年で大きく改善した。
前線の要塞には、溢れんばかりの食糧がある。
戦線を押し上げたときに警戒する必要のあったエルフ帝国は、魔王国に併合された。
フルハルト王国を支援するガーレット王国は、混乱している。
いまこそ人間の国に攻め込むべきではないか!
俺はそう考えている。
そして、それを実現してほしくて魔王へ、魔王国の指導者層に訴えた。
だが、相手にされなかった。
ならば、やるしかない。
魔王を倒し、俺が新たな魔王になるのだ。
もちろん、俺が魔王より強いなどと己惚れてはいない。
魔王は強い。
それは認めている。
認めているのに動かないから不満なのだ。
そんな強い魔王を倒すには、正面からは無理だ。
不意打ちしかないだろう。
どういったときに不意打ちができるだろうか?
魔王が油断したとき?
魔王はどんなときに油断するんだ?
わからない。
だから、俺は魔王を見張り続ける。
油断するそのときを望んで。
さて、俺はビトーン村にいる。
魔王国の王都とシャシャートの街のあいだにある村の一つだ。
特徴らしい特徴は、転移門が設置されていることだけだろう。
村の人口も多くはない。
百五十人いるかいないかだ。
この百五十人のうち、五十人ほどは俺の同志だ。
王都で、いまの魔王国と魔王の在り方を批判する俺に賛同してくれた者たちだ。
そう王都で。
村の住人が賛同したのではない。
転移門を建設する騒動にまぎれ、この村に移住した。
その五十人をまとめる俺は、村の顔役の一人としての立場を得ている。
五十人の推薦を受けて村長になることはできるが、村長にはなっていない。
村の面倒をみるほど暇ではないからだ。
いや、村の仕事はやるし、村での催し物にはちゃんと参加する。
近所づき合い大事。
五十人ほどの怪しい集団を受け入れてくれたのだから、そういったところはちゃんとしないといけない。
だが、俺には大きな志がある。
魔王を倒し、人間の国を滅ぼすという大きな志が。
それゆえ、村長にはならない。
まあ、新参者が数にものを言わせたら、嫌われるというのも……あると言えばある。
ところで余談だが、王都からこの村に移ったのは、理由がある。
急に始まった清掃作戦とやらで裏街に潜んでいた多数の同志が捕まってしまい、逃げなければいけなかったからだ。
なんでも清掃作戦は人間の国からの密偵や暗殺者を炙りだす作戦らしい。
その巻き添えを喰らった感じだな。
許さん、人間の国め!
思い出したら腹がたったので、改めて滅ぼしてやると決めた。
ある春の日。
俺たちの前を、魔王のパレードが行進していた。
事前にパレードがあるとは聞いていたし、ビトーン村の村長はそのパレードに参加するように呼ばれたので、パレードに驚いたりはしない。
驚いたのは、思ったよりも規模が小さいことだ。
なにせ魔王の登場が早い。
転移門のせいで後続にどれだけいるかわからないが、メインは魔王だろう。
これは油断だろうか?
護衛が明らかに少ない。
いまならやれるか?
いや、近衛軍の精鋭がいる。
しかも盾持ち。
これは、奇襲に対する備えだろう。
そう思ったのだが、魔王に続く部隊の武装が農具なので、ちょっと混乱してしまった。
やるのか?
やらないのか?
魔王はすぐにでも王都方面の転移門を潜って、次の場所に移動する。
じっくりと考えている暇はない。
俺は、同志たちを見た。
同志の中には、俺よりも強い者がいる。
俺よりも戦歴がある者がいる。
そういった者たちの判断を頼りにしたかった。
……
あれ?
勇猛さを自慢していた同志はどこに行った?
俺は近くにいた同志に聞いた。
「勇猛さを自慢していた同志は、五村にパレードの偵察に行ったじゃないですか」
そういえばそうだったな。
戻っていないのか?
「五村で宿敵の天使族を見かけたとかで、その場で勝負を挑んだそうです」
そ、そうか。
だとすると、生還は望めんな。
同志の死に黙祷を捧げよう。
……
では、魔獣使いの同志はどこだ?
やつもいないのだが?
「シャシャートの街に行きました」
そっちもパレードの偵察か?
「そのようなものかと」
詳しく。
「インフェルノウルフがパレードに参加しているとの話を聞いて、見たいと……」
馬鹿者が!
インフェルノウルフは狂暴な魔獣だ!
そんなものがパレードに参加するわけなかろう!
オオカミ型の魔獣をインフェルノウルフと言い張っているだけだ!
「あと、ドラゴンやワイバーンも見たいと言ってました」
ドラゴンやワイバーンが、パレードにどうやって参加するのだ!
そちらも、似たような魔獣や魔物をドラゴンやワイバーンと言い張っているだけだ!
「そうかもしれませんが……
戻ってきていません」
……捕まったか。
ぬう。
強力な戦力が二人も抜けるとは。
だが、まだまだ同志はいる!
ユニコーン騎兵の同志はどうした?
「ユニコーンが逃げたらしく、無気力状態です」
……
え?
逃げたの?
「冬が終わるぐらいのころですかね。
急にいなくなったそうで」
あの角の折れたユニコーンだよな?
「はい。
人間によって捕まっていたユニコーンを、ユニコーン騎兵の同志が保護して育てていたあのユニコーンです。
急にいなくなったそうで」
そりゃ無気力にもなるか。
だが、どうにか立ち直ってほしいものだ。
「ですね」
とりあえず、ユニコーン騎兵の同志のことは横に置いておいて……
えーっと、暗殺者の同志はどうした?
「シャシャートの街で捕まりました」
シャシャートの街で?
あいつも偵察か?
捕まったって、はっきりわかるのか?
「パレードが一日遅れるって聞いたじゃないですか。
その理由を調べに行ったらしいのですが……
なんでも職人に変装して重要人物そうな人に近づいたら、ゴロウン商会の護衛に捕まったそうです。
一緒に行った者がその情報を持ち帰りました」
むう……
「あと、先に言いますが、学者の異名を持つ同志も捕まっています。
捕まえたのはシャシャートの街の幼女です」
シャシャートの街の幼女というと、イフルス代官の側近か。
あの幼女には、シャシャートの街にあった支部が潰された。
イフルス代官と並び、油断できん相手だ。
しかし、学者の異名を持つ同志は、その幼女の危険性を知っていたはずだ。
やすやすと捕まるとは思えんのだが?
「同行していた者の話では、シャシャートの街で行われていた公開実験を夢中で見ていたそうで……」
あー、あいつ、実験とか大好きだからなぁ。
イフルス学園にも、なんとかして入りたいって言ってたぐらいだ。
しかし、そうか。
……
なんだかタイミング悪い。
よし、今回は魔王襲撃を見送ろう。
俺がそう決めたときには、すでに魔王は転移門を潜っていたが気にはしない。
なに、チャンスはまだあるさ。
「あ、あ、あ、あの、ど、同志」
どうした?
「あち、あち、あちら……」
あちら?
同志が見ているのは、シャシャートの街方面に続く転移門だな。
それがどうした……
転移門からインフェルノウルフらしき存在が、無数に出てきていた。
………………
見たらわかる本物だ。
そうか、あれがインフェルノウルフか。
一頭で街を滅ぼす存在。
それが無数……
村の住人の総数より多いよな?
ははは。
そして、これだけの戦力があるなら人間の国など、いつでも攻め滅ぼせる。
そんな人間の国など、気にする必要もない。
そういうことか。
なるほど。
さすがは魔王だ。
俺はそう思いながら、気を失った。
おまけ
気絶から目を覚ましたユニコーン騎兵の同志は、立派な馬車を牽くユニコーンの一頭から目が離せなかった。
あのユニコーンは……俺のユニコーンだ。
角があるが、間違いない。
こっちを見て、嬉しそうに角を振っている。
そうか……
角が治ったのか。
よかった。
ほんとうによかった。
そして、もう俺のもとに戻ってくることはないだろうとも理解した。
角の治ったユニコーンが、一つのところに留まるはずがないのだから。
ユニコーン騎兵は廃業だ。
その日の夜、ユニコーン騎兵の同志は、自室に隠していた上等な酒を飲み干した。
が、数日後にユニコーンが戻ってきた。
また世話になると、言いたそうな顔をしながら。
●パレードの進捗
現在、本隊はシャシャートの街から王都に進行中。
ワイバーンは、先行して王都で待機中。
ドラゴンたちは、ドライムの巣で待機中です。