村の外のパレード シャシャートの街
魔王国の諜報員の視点です。
●人物
イフルス 魔族。シャシャートの街の代官
パレードは順調に進行中。
いろいろ考えたうえでの報告なのだろう。
嬉しい心遣い。
涙が出る。
だが、報告は正確にしてほしい。
間違った報告は、間違った判断に繋がるから。
俺の名はギギベル=ラーベルラ。
魔王国にひっそりと存在する諜報部の一員だ。
一応、それなりの数の部下を従えている。
ちなみに、俺の父はその諜報員を束ねる長で、俺の母はその参謀。
ほかの弟や妹たちも、諜報部に所属して幹部をやっている。
諜報部一家のように思えるが、これには理由がある。
魔王国の諜報部は、ずっと冷遇されていたからだ。
諜報部はろくな情報を集めない。
予算ほどの働きをしない。
さっさと潰してしまえ。
そんな声が隠されもせず言われてた。
俺としては「集めた情報をうまく使えない現場の問題だ」「予算というほど予算をもらってない」「潰すまでもなく、そろそろ潰れるよ」と言いたいのだが……正確には言ったのだが、なにも変わらなかった。
ただ幸運なことに、諜報部の存在に理解ある貴族たちの庇護で、諜報部は存続を続けた。
だが、待遇が改善したわけではなかった。
だから、諜報部はなんとか結果を求めた。
活躍すれば活動費も人員も困らなくなると。
しかし、諜報は人の数こそ力だ。
冷遇されている諜報部に人が集まるわけがない。
しかたなく身内を巻き込んだら、こうなってしまっただけの話だ。
俺も巻き込まれた一人。
できれば華々しい活躍をする近衛軍に入りたかった。
まあ、最近はクローム伯が諜報部に多くの資金を投入してくれたので、かなり力強く活動できるようになり成果を得ることが増え、冷遇からは脱却した。
働きやすい職場に少しずつ改善されている。
クローム伯には頭が上がらない。
さて、諜報部の俺はシャシャートの街にいる。
郊外にある開けた場所だ。
そこにはパレードを見ようと観客たちが押し寄せている。
俺はそんな観客を誘導する一人だ。
……
あれ? 諜報はどうした? と思ったかな?
俺も思った。
実は数日前、人手不足だから助けてくれとパレード開催実行委員会に泣きつかれた。
諜報部が冷遇されていたとき、助けてくれた文官たちが多数いたから断れなかった。
一応、こっちもそれなりに仕事があるのだがな。
世の中、助け合いだ。
うん、助け合い。
そう思いながら、パレードの観客を誘導している。
パレードは順調に進行中。
五村ではちょっとした混乱があったらしいが、順調らしい。
嬉しいことだ。
五村ではかなりの数の住人がパレードに参加したらしいが、その大半はこのシャシャートの街にはやってこない。
管理ができないからだ。
いや、物理的に無理というやつか。
転移門を通らせるだけで、数日かかる。
通したあとの食事や休憩場所の問題もある。
なので五村の住人は、五村でのみパレードに参加する。
このシャシャートの街も同じだ。
シャシャートの街の住人は、シャシャートの街でのみパレードに参加する。
交渉でそうなったとパレード開催実行委員会から連絡を受けている。
さすがに代官や顔役は最後まで出るらしいけど。
そんなことを考えていると、大きい振動が地面を揺らした。
ドラゴンたちだ。
五村から飛んできたらしい。
振動はその着地の衝撃だ。
ドラゴンたちは転移門を使わず、飛行によって移動すると聞いていたので動揺はない。
まあ、かなり大きいし、その威容には驚かされるが……
複数のドラゴンの背から、天使族が飛び立った。
思わず武器を持ってしまうが、攻撃する前に自分を落ち着かせることに成功した。
天使族もパレードの参加者だ。
味方だ。
そう聞いていたのに、武器を持ってしまったことが恥ずかしい。
しかし、天使族は転移門を使って移動する予定じゃなかったのか?
よく見れば、ドラゴンの背にハーピー族もいる。
転移門での移動にトラブルでもあったか?
いや、逆か。
トラブルを避けるため、ドラゴンの背に乗って移動してきたのだろう。
俺の予想を肯定するように、天使族とハーピー族は事前に定められた待機場所に移動している。
問題があったわけじゃなさそうだな。
っと。
俺も呆然としている場合じゃなかった。
ドラゴンや天使族の登場で、観客が少し混乱している。
それを抑えなければいけない。
俺は声を出して、落ち着くように誘導を続けた。
だが、観客は落ち着かなかった。
これは俺の力不足ではない。
ドラゴンたちのせいだ。
ドラゴンたちは待機場所に移動せず、予想外の行動をとった。
シャシャートの街に向かって、横一列に並んだのだ。
つまり、全てのドラゴンが、シャシャートの街に顔を向けている状態。
なんだ?
なにをする気だ?
嫌な予感がする。
ズシンッ。
ドラゴンたちが歩き出した。
シャシャートの街に向かって。
一斉に。
タイミングを合わせたように。
まさか、このままシャシャートの街に行く気か?
パレードのルートを完全に無視して?
う、嘘だろ……
俺はシャシャートの街が燃える姿を幻視してしまった。
破壊され尽くすシャシャートの街。
シャシャートの街は、ただの街じゃない。
魔王国の経済を考えると、重要過ぎる場所だ。
そこが燃える?
魔王国が揺らぐぞ。
い、いや、まて。
被害はシャシャートの街だけで済むのか?
お、お、王都にまで行ったり……
俺の悲惨な思考は、パチンッという大きく重い破裂音でかき消された。
破裂音?
な、なんの音だ?
音の発生源はドラゴンたちだ。
正確には、ドラゴンたちの指。
ドラゴンたちは、指を鳴らしながらシャシャートの街に向かって行進していた。
リズムを合わせ。
そして、ときには単独で一頭が前に出て一回転。
ま……
まさか……
あれは……
指を鳴らしながら行進?
おいおいおいおいおいっ、なんの冗談だ!
ドラゴンたちはシャシャートの街の連中に対して、マナーチェックをやろうってのか?
魔王国の貴族の一員として、ドラゴンたちがやっていることは理解できる!
同時に、やらなければならないことも。
そう、ドラゴンたちの前に並び、応戦だ!
だが、身体が動かない。
あのドラゴンたちを相手に?
だ、誰が行けるって言うんだ!
情けないことに、俺の身体は竦んでいる。
動かない。
動けない。
動けないんだ……
絶望する俺の耳に、軽快な指を鳴らす音が聞こえた。
その音は小さかった。
だが、しっかりと聞こえた。
それはドラゴンたちの行進を阻むように、たった一人で立ちふさがった男の指を鳴らす音だった。
あの男は……
シャシャートの街が誇る魔王国の男。
イフルス代官!
「非才の身なれど、お相手いたそう。
来いっ、ドラゴンども」
シャシャートの街の郊外で、ドラゴンたちとイフルス代官の勝負が始まった。
観客たちは歓声を上げた。
俺も、いつのまにか動くようになった腕を振り上げ叫んだ。
頑張れ、イフルス代官!
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