もうすぐ春のはず
ニュニュダフネたちが「まだ冬」だと言っていただけあって寒さがぶり返してきた。
凍えるほどではないが寒いのはたしかなので、屋敷中の暖房器具が再稼働している。
俺の部屋のコタツも頑張っている。
急いで片づけなくてよかった。
俺は自室のコタツに入りながらミカンを楽しむ。
このミカンは鮮度を保つために冷凍で保存していたものだ。
もうすぐ春だから、消費しないとな。
ちなみに、イチゴも一部は冷凍して保存していたのだが、こっちは子供たちに人気があるので消費済みになっている。
来年は収穫量をさらに増やすとしよう。
いや、ミカンの人気がないわけじゃないぞ。
ミカンはなんだかんだで収穫量が多いから、この時期まで余ってしまうだけだ。
クロの子供たちやザブトンの子供たちも、ミカン好きがそれなりにいるしな。
……
うん。
イチゴ好きもそれなりにいるだけだから。
しかし、こういったことをしているとテレビが恋しくなるな。
病室で横になっていたときは、テレビをみるぐらいしかやることがなかったが……
まあ、無い物をねだっても仕方がない。
テレビを作ろうと思っても、仕組みをよく知らないしな。
イレの活動が発展してテレビ放送になるのを期待しよう。
何年先の話かはわからないけど。
俺がミカンを楽しんでいると、クロとユキがやってきた。
俺の部屋にあるコタツに入りに来たらしい。
もちろん、入っていいぞ。
俺がコタツ布団をまくって誘うと、クロとユキはお尻を向けて入っていった。
後ろ移動か。
器用だな。
だが、前までは頭から入っていなかったか?
ツノでコタツ布団を傷つけないため?
たしかに、それで何度か鬼人族メイドたちから苦情が出ていたな。
しかし、クロとユキはそんな失敗をしないだろ?
ああ、群れの上位者がやらないと、誰もやらないのか。
なるほど。
大変だな。
ミカン、食べるか?
……
イチゴのほうがいいと?
残念ながらイチゴは品切れだ。
じゃあ、ドライフルーツがいい?
仕方がないな。
……
ドライフルーツは、俺の部屋に常備されている。
しかし、コタツから出ないと取れない場所にある。
……
俺は倒れ込み、手を伸ばす。
……
かなり届かない。
……
くっ。
俺はここまでなのか。
いや、諦めるのはまだ早い!
俺には【万能農具】がある!
長い棒状で……槍じゃなく……先をひっかける感じの……死神が持ってる鎌じゃなくて。
刃は大きくなくていいから。
えーっと、熊手。
そう熊手だ。
柄の長い熊手を希望!
……
管轄違い?
え?
そうなの?
潮干狩りとかで使うでしょって……たしかにそうだな。
潮干狩りには熊手のイメージ。
……
待て待て。
農具としても熊手を使うぞ。
そうだ。
えーっと、レーキとか呼ばれていた熊手。
落ち葉を集めたり、土をかき混ぜたりする道具。
つまり、農具だ。
落ち着け?
熊手の形の縁起物がある?
そういえば、そうだな。
正月から少し経ったときに、売られていた気がする。
あれの起源も、農具だと思うが?
慌てるな?
縁起物として扱われているゆえに、ややこしい立ち位置の道具?
無理を通すほどではない?
厳密に言えば、農地にいるなら熊手になれるけど、コタツに入って物を手繰り寄せるためにはなれない?
そんなことに使わないでほしい?
ぬう、正論!
すまなかった。
俺は諦めた。
クロとユキが「えっ」という顔をする。
慌てるな。
【万能農具】で取るのを諦めただけだ。
コタツから出て取るとしよう。
天井の梁にいるザブトンの子供たちが、さっきから取りましょうかと待機しているのは知っているが、みっともない姿を見せてしまったしな。
ここは自分で取らなければ。
わかっている。
ザブトンの子供たちにもドライフルーツを渡すよ。
一緒に食べよう。
クロとユキ、それとザブトンの子供たちと一緒にドライフルーツを楽しんでいると、キアービットがやってきた。
千客万来だな。
変装姿に慣れていないから、誰だと焦ったのは秘密だ。
どうした?
王都行きの準備で相談か?
「それもあるのだけど、これは知っていたの?」
キアービットはコタツの上のテーブルに地図を広げた。
魔王国の王都から……シャシャートの街近郊の地図だな。
キアービットが指差しているのは、王都とシャシャートの街のあいだ。
そこにあるのは小さな点。
街や村か。
街や村があるのは知っているぞ。
「そうじゃなくて、王都とシャシャートの街のあいだにある街や村の支配率」
?
支配率って、そのあたりの街や村は魔王国の支配下だろ?
たしか、直轄地だと言っていたはずだ。
だからこそ短距離転移門をスムーズに設置……
スムーズではなかったか。
ユーリが下準備を進めていたのに、急に態度を変更されて止まったりしてたな。
「さすがにそういったところがあると、短距離転移門の運用に問題があるからと支配を強めていたはずなのよ。
ティゼルとミヨが」
そうなのか?
「そうなの。
で、さっきティゼルから聞いたのだけど、ティゼル配下のダルフォン商会が三割、ミヨ配下のゴロウン商会が一割の支配率だったわ」
えーっと、たぶんだけどダルフォン商会はティゼルの配下じゃないぞ。
友好関係と報告を受けている。
あと、ゴロウン商会はミヨの配下じゃない。
「体裁はどうでもいいのよ。
いまは実情の話」
体裁って、事実だぞ。
それで、なにを気にしているんだ?
「一年ほどティゼルとミヨが手を回していて、どうして五割も支配できていないのかってこと」
え?
「当然、ティゼルとミヨは魔王や五村のヨウコさんの手も使っているはずよ。
ユーリさんもミヨに協力していたしね。
なのに、五割も支配できていない。
明確な敵対勢力がいるわ。
ここに」
敵対勢力?
「武力があるかどうかはわからないけど、魔王国に健全な運営をされては困る勢力ね。
正体は人間の国の支援を受けた反魔王国一派……本人にその自覚があるかはわからないけどね」
そのこと、魔王たちには?
「ティゼルとミヨ、ヨウコさん、ユーリさんには伝えたわ。
もう伝わっているんじゃないかな」
なるほど。
魔王たちに伝わっているなら、俺のやることはないだろう。
そう思うのだけど、キアービットが俺にわざわざ話したということは、俺になにかさせたいのだろう。
面倒は困るぞ。
「未来の義娘の頼みごとぐらい聞いてくれてもいいと思うけど?」
ははは。
天使族が結婚するには試練が必要だったよな。
用意しようか?
「あははは。
あれは天使族を娶る者がするもので……」
求めたほうがするべきだと思うんだ。
「ま、まったくもってその通り。
当然、試練に挑む覚悟はあります!
ええ、ありますとも!
なので、手心をお願いします!
……以前の行い?
はい、大いに反省しております!
改めて、人の恋路を邪魔してはいけないと確信しているしだいです!
失礼します!」
キアービットはそう言いながら部屋から出て行った。
ふふふ。
この話が続くと、不利になるとみたようだ。
見事な状況判断。
さすがだ。
まあ、双方が求めあっていれば、俺が邪魔することはないのだけどな。
アンは……どうだろう?
大丈夫と信じたい。
そう思っていると、ティゼルと魔王がやってきた。
うん、わかっている。
俺になにをさせたいんだ?
ああ、大丈夫だ。
キアービットには意地悪をしてしまったが、王都とシャシャートの街のあいだでトラブルは困る。
シャシャートの街には知り合いも多くいるし、五村にも影響がでるだろうしな。
だから、覚悟はできている。
任せろ。
でも、できるだけ面倒ごとは避けてほしい。
あと、血生臭いことも。
村長「支配率? 代官を交代すればいいのでは?」
魔王「それをやっても駄目なことの説明は次回!」
「異世界のんびり農家」書籍15巻、2023年4月28日、発売予定!
よろしくお願いします。




