冬の終わりに
昼。
そろそろ暖かくなってきたが、まだ春ではない。
ニュニュダフネがまだ冬だと言っているので、冬だ。
なので、今晩は鍋料理にしようと思う。
暖かくなってきたが、夜はまだまだ寒いからな。
問題はない。
なに鍋にしようか?
ははは、実は迷っていない。
カニ鍋だ。
シャシャートの街のミヨが、五村経由で送ってくれたカニがさきほど届いた。
もちろん、巨大なカニではなく食べやすいお手頃サイズのカニだ。
ありがたい。
海の種族に頼んでいたカニは、食べ尽くしてしまっていたからな。
カニは次の冬までお預けかと思っていたところに届いたカニ。
ふふふ。
夜が楽しみだ。
さて、まだ冬だが、春が近いのはたしか。
なので村の住人はいろいろと準備をしている。
まず、見てわかるのは春のパレードの準備。
文官娘衆とハイエルフたちは地図を囲みながら、パレードの順路を決めているようだ。
……
思うのだが、毎年、パレードの移動距離が伸びている気がする。
いや、気のせいではなく、確実に。
まあ、パレードを楽しみにしている住人はそれなりの人数いるので、むやみに規模の縮小を望んだりはしない。
さすがに手に負えないぐらいの規模になったら止めるけど。
山エルフたちは工房に篭って、なにかのパーツを作っている。
これもパレードの準備だそうだ。
数人が工房の隅で横になって寝ているのは?
ああ、徹夜作業になった結果か。
なんだか楽しくなってしまったと。
文化祭の準備みたいなものかな?
気持ちはわかるけど無理は駄目だぞ。
厨房では、フローラと鬼人族メイドたちが、いくつかの小さな樽を取り囲んでいた。
樽の中身はフローラが作った味噌で、フローラが研究の成果として鬼人族メイドたちに発表しているようだ。
「製造場所と製法をいろいろと変えて作っていたら、いい感じになったので」
なるほど。
できた味噌で満足せず、止まらない姿勢。
素晴らしい。
「村長が求める水準が高いからなんだけど」
そうか?
「そうです」
そうだったか。
だが、味噌が美味しくなるのは悪いことではない。
鬼人族メイドたちも……
「ここまで風味が変わるのであれば、お味噌を変えるだけで違う料理になりそうですね」
「しかし、好みがわかれそうで怖いです」
「たしかに。
私はこの白っぽいお味噌が好きだなぁ」
「私はこっちの黒い味噌のほうが使いやすそうだけど」
「黒というより赤では?」
「私はいつものお味噌で十分だと思います。
その味に慣れているでしょうし」
鬼人族メイドたちはフローラが持ってきたいくつかの味噌を味見をし、軽く料理に使って試しているようだ。
「アンさまやラムリアスさまにも意見をうかがいますか?」
「ですが、妊娠中は味覚が変わると聞いていますけど、大丈夫ですか?」
「ああ、そうでしたね。
ですが、まったく相談もしないのも……」
「アンさま、ラムリアスさまが戻るまでは、私たちが厨房を任されているのです。
胸を張って決めたものをお出ししましょう」
「そうですね」
頼もしい。
アンやラムリアスが抜けても大丈夫だな。
「ふふ、お任せください」
ああ、任せた。
ところで、味噌なんだが……
「なんでしょう?」
合わせ味噌と言ってだな、そこにある味噌を組み合わせることでさらなる味を求めることができる。
「………………えっと、配合は?」
組み合わせは自由だ。
「自由ですか」
味の好みは違うからな。
正解はない。
まあ、最初は1:1でやってみたらいいと思う。
俺がそう言うと、フローラが悪い顔をしていた。
「ふふふ。
アンやラムリアスが不在でも、任せていいのよね。
貴女たちの出す合わせ味噌。
楽しみだわ」
こらこら、そんな追い詰めるようなことを言うんじゃない。
できたらでいいんだから。
無理しなくていいんだぞ。
「村長、ありがとうございます。
ですが、お任せください。
私たちで配合を考え、その合わせ味噌に合わせた料理をお出しします」
おおっ、やらせてくださいオーラが凄い。
わかった、任せよう。
頑張ってくれ。
だが、絶対に時間がかかるから無理するんじゃないぞ。
全員が納得する味なんてないんだからな。
それを忘れないように。
俺の言葉に鬼人族メイドたちは声を揃えて返事をし、味噌に向かった。
それを見送りつつ、フローラに視線をやる。
「アンとラムリアスが不在で、少し気を抜いていたようですから。
ちょっと刺激を」
……なるほど。
「味噌の研究は続けますけど、しばらくは醤油に力を入れます。
あそこに並べた味噌の販売は、夏からできます」
夏から?
早いな。
「この冬のあいだに仕込んでおきましたので。
生産量の問題から、大々的に外に売り出すのは数年先になりますけど。
仕込む時期でも味が微妙に変化するから味噌はおもしろいですね」
わかった。
味噌の製造工場は五村か?
五村にもあるけど、シャシャートの街にもあるそうだ。
シャシャートの街の製造工場は、ミヨが用意したのかな?
ミヨが情報をリークして、マイケルさんが用意したのか。
なるほど。
いや、べつにミヨを叱ったりはしないよ。
こっちの行動をみて、先に準備をしてくれただけだろうしな。
助かっているよ。
もちろん、いつもなら寝ている時間に起きて、鬼人族メイドたちに刺激を与えてくれたフローラにもな。
「そういうことをすらすら言うと、ルーお姉さまに叱られますよ」
それは困る。
フローラは寝なおすために研究室に。
自室じゃないのは、研究室に着替えや寝具を持ち込んでいるからだ。
しっかり休めているならいいんだけどな。
無理はしないように。
まあ、好きでやっているのだろうけど。
フローラを見送ると、怪しげな一団が目に入った。
廊下でなにやら変な動きをしている文官娘衆と天使族の一団だ。
なにをしているのだろう?
……
冬のあいだに貯め込んだ脂肪の消化ね。
フラシア(太っているお腹が好き)とアイギス(たくましい翼が好き)のチェックが怖いと。
なるほど。
ここに長居するのはよろしくない。
俺は見なかったことにして、次に行く。
とある部屋から声が聞こえてきた。
五村での仕事を急いで終わらせ、大樹の村に戻ってきたヨウコの声だ。
様子を見ると……
ヨウコはザブトンの子供たちと綿密な打ち合わせをしているようだ。
セリフや場所を決めているのかな?
演劇でもするのかもしれない。
見ていてもいいかな?
「村長か。
緊張感を持って見るなら、かまわぬ。
一世一代の勝負の場ゆえ」
ヨウコの真剣な言葉に、ザブトンの子供たちも頷く。
……
あ、ザブトンに挨拶する練習か。
これは、俺がヨウコに呼ばれて行った場で銀狐族に狙われたことが原因だ。
俺に被害はなかったけど、危ない目に遭わせたということでザブトンの子供たちが怒った。
起きたらザブトンにも報告するらしい。
いや、寝てても伝わっているそうだ。
詳しくはわからないけど。
まあ、ザブトンが目を覚ましたときに、ヨウコがかわいい格好でおはようの挨拶をするということでまとまった話だったはず。
「もちろん、ちゃんと謝罪もするぞ」
そうなのか?
「落ち度は落ち度だ。
それに、銀狐族に矛先が向いても困る」
なるほど。
お役に立てることはあるかな?
「村長に庇ってもらうことも考えたが……その場は許されても、あとが怖い。
さらなる怒りを呼び込む可能性もあるしな。
気持ちはありがたいが、遠慮しておこう」
そうか。
それは残念。
「おっと、早まるでない!
ほどよいタイミングでやってきて、ザブトンをなだめることを拒否してはおらんぞ!」
はっきりと頼むと言わないのは、それがバレると怒られるからか。
「だから、こう……村長の善意でいい感じに動いてくれるとありがたい」
か、考えておこう。
それで……ザブトンの子供たちは、ヨウコを怒る側じゃないのか?
見た感じ、一緒に挨拶と謝罪をするようだが?
「ははは。
こやつらはこやつらで、ザブトンに叱られるようなことをしたのでな」
?
ああ、五村の住人に姿を見られたというやつか。
「うむ。
あれの対処で、それなりの出費があったからな」
出費というほどの出費じゃないだろ?
たしか、相手方への謝罪としてザブトンの子供たちが編んだ布と俺が作ったボタン、あとはヨウコのサインだっけ?
それらを渡して謝罪を受け入れてもらった。
「こやつらが前に出るわけにはいかぬから、我が謝りに行ったのだぞ。
ならば、ここで我と一緒に謝っても悪いことはあるまい」
笑うヨウコの横で、反省のポーズをとるザブトンの子供たち。
つい、服の話ができそうな相手だったから油断したそうだ。
まあ、本人たちが謝ることに納得しているならかまわない。
一般人を脅かしてしまったのはたしかだしな。
「よし、休憩は終わりだ。
再開するぞ」
ヨウコはかわいい姿になり、おはようの挨拶の練習をする。
うーん、かわいい。
しかし、ちょっとあざといかな?
「ぬっ、それはいかぬ……じゃなかった。
それは問題だコン!
自然なかわいさを求めなければ……」
ヨウコは熱心に練習を続けた。
俺は邪魔をしてはいけないと、静かに部屋を出た。
うーん、ヨウコの練習には手抜きがなかった。
俺も頑張らないといけないなという気分になる練習だ。
俺も頑張らないとな。
おっとヒトエ。
ヨウコは忙しい。
うん、見てやるな。
俺と一緒に、農具の手入れでもしようじゃないか。
よし、夕食まで俺は【万能農具】でも磨いておこう。
クワを振るうのはもう少し先だが、手入れをして駄目ということはないだろう。
ふふふ。
春が楽しみだ。
夕食時。
俺の要望通り、カニ鍋が出てきた。
ただ、鍋の出汁は味噌味だった。
求めていた味ではなかったが、これはこれで美味しかったのでよしとしよう。
更新が遅れ、すみません。
風邪と花粉症にやられ、ずっと微熱状態が続いている感じでした。
現在は回復傾向です。
頑張ります。




