ダンサーのヘンダーソン
途中、空白が続きますがミスではありません。
演出です。
我が名はヘンダーソン。
ヘンダーソン=ウィルソン=ジョンソン。
奇妙な名だという自覚はある。
だが、親から授かった名だ。
無下にはできぬ。
それに、ウィルソンは我が父、ジョンソンは我が祖父の名。
大事にしようというものだ。
うむ、我が一族は父方の名を連ねていく。
わかりやすいからな。
おっと、だからと母方を軽んじているわけではないぞ。
母方ともしっかりとした親戚つき合いをしておる。
最後に頼れるのは血縁、それと筋肉だからな。
ははははは。
我は現在、五村に住んでいる。
仕事もなかなか順調で、日々の生活には困っておらぬ。
ん?
ああ、失礼。
我は五村の誇るマスコット、ファイブくんのバックダンサー兼衣装担当をやらせてもらっている。
今日も六ステージをこなし、次の春に行う公演の衣装の発注をしたところだ。
なかなかくたびれた。
衣装を選ぶことや用意することはそれほどでもないが、バックダンサーはどうしてもな。
されど、ファイブくんのバックダンサーは競争相手の多い人気職。
少ない席を勝ち取り、守っていることに我は喜びを覚えている。
もちろん、ファイブくんの近くで仕事ができるということも喜ばしいぞ。
ふふふ、待て待て。
慌てるでない。
わかっておるであろうが、言わせてもらおう。
ファイブくんに、中の人などおらぬ。
さて、日々の仕事に翻弄されているある日。
祖父に呼ばれた。
なんでも我に服を作る手伝いを頼みたいらしい。
意外だ。
祖父は、そういった楽しいことを独占するタイプなのに。
珍しい布を手に入れたとも言っていたので、扱うのに我の筋肉を必要とする布なのだろうか?
……ありえんな。
祖父なら己が肉体を鍛え上げる。
となると……我に求められるのは仕事を理解している小間使い役か。
そんなことを考えながら祖父の工房に向かった。
祖父の工房は、古着を扱う店の奥に隠されている。
そこは小さい空間ながらも、服を作るための快適な環境が整えられている。
羨ましい。
我もこういった工房を持ちたいものだ。
っと、祖父はどこだ?
そう思った我が目にしたのは蜘蛛だった。
我は目を覚ましたが、混乱の極みだった。
なぜ横になっている?
我は倒れていたのか?
気を失っていた?
なぜ?
考えると、蜘蛛の姿が思い浮かぶ。
拳ほどの大きさの蜘蛛だった。
間違いない。
あれは死を紡ぐ蜘蛛だ。
そうだ。
まだいるのか?
ここは安全なのか?
ここはどこだ?
見慣れた部屋……
祖父の工房の隣に作られた小さな寝室だ?
我が寝ていたのは、祖父が泊まり込みのときに使うベッドか。
つまり、祖父の工房に蜘蛛がいた?
なぜ?
あ、いや、それよりも祖父は無事なのか?
我がベッドで寝ていたのだから、無事だとは思うが……
蜘蛛はまだいるのか?
いや、あれは我の見間違いか?
街中にデーモンスパイダーがいるわけがない。
あれは深い森の奥や、深いダンジョンの奥にいる存在のはず。
見た者は死ぬだけとも言われている狂暴な魔物。
もちろん、我だって見たことはない。
だが、なぜかあの蜘蛛を見た瞬間にデーモンスパイダーという言葉が浮かんだ。
だからデーモンスパイダーなのだろう。
なぜだ?
そう思いながら、我はベッドを出て隣の工房に行くと……
祖父と父がいた。
父は、我が倒れたとの連絡を受けて慌ててやってきたそうだ。
心配をかけてすまぬ。
我は無事だ。
うむ、無事……だと思う。
ところで蜘蛛は……
そう我が言おうとしたら、祖父に口を塞がれた。
「蜘蛛はいない。
いいですね」
え?
祖父の言葉に驚いていると、父が続いた。
「こんな場所に蜘蛛がいるわけがない。
そうだな」
は?
……
……………………………………
我は考えた。
そして、周囲を見回す。
工房の机の上に、見覚えのない高級そうな布があった。
これは祖父が言っていた珍しい布だろう。
詳細は知らないが。
ただ、聞いていた話では一着分とのことだったが、どう見ても二着分ある。
……
あと、父の服についているボタン。
見慣れぬというか……逆に見覚えのある木製ボタン。
村長の服に使われていた不倒の大木製のボタンだ。
素材自体が貴重だというのもあるが、それをボタンに加工する技術も凄い。
我も近くで見たいとは思っていたが……
なぜ、そのボタンが父の服についている?
……
祖父と父の不自然な行動。
考えられる答えは一つ。
買収されたな!
そう叫ぶ前に、我の前に差し出されたのはサイン色紙だった。
「お前のために用意された、代行さまのサイン色紙だ」
…………
サイン色紙。
紙をさらに加工して作られた色紙に、インクや墨などでサインを書いた物。
ほかの地域では知らないが、この五村ではファイブくんが配ったことで有名になったファングッズの一つだ。
このサイン色紙のいいところは、色紙と書く物を用意できれば手軽に求めることができる点だ。
なので、ファイブくんだけでなく、ラーメン女王や《クロトユキ》のキネスタ店長代理、《酒肉ニーズ》のニーズ店長代理の色紙なんかも出回っている。
いや、誰も手放さないから出回ってはいないか。
認知されているとすべきだな。
そして、我の口調でわかると思うが、我は村長代行であるヨウコさまの大ファンだ。
ああ、声を大にして言おう。
我はヨウコさまのファンだ!
それゆえ、ヨウコさまのサイン色紙で我を買収できると思ったのか!
愚かな!
ヨウコさまの色紙はすでに十七枚も持っておる!
いまさら、一枚程度でこの我の心が揺らぐ……
……
あれ?
このサイン、かわいいヨウコさまのサイン!!
つい最近、凛々しいヨウコさまから、かわいいヨウコさまに変化なされた!
コンなる語尾がとてもいい!
しかし、そのかわいいヨウコさまはサイン色紙を求められても応じなかった。
偉い人がどれだけ頼んでも駄目だった。
偽物対策で数枚だけ書かれたそうだが、公開されたのは村議会場に飾られた一枚のみ。
その一枚を巡って窃盗騒動が数回起きたので警備が強化され、時間制限がされるようになったが、村の住人ならば見ることができる。
我も何度も見た。
その飾られている物とは多少違うところがあるが、本物だ。
ヨウコさまの文字の癖があることもそうだが、本物証明として作られた判が押されている。
判の偽造は重罪。
五村でヨウコさまの判を偽造する愚か者などいない。
つまり、誰がどう見ても本物。
しかも、通し番号が振られている。
かわいいヨウコさま専用の頭文字で、番号は……004?
004?
村議会場に飾られているのが003だった。
001は村長に、002は娘に渡されたとの噂がある。
004。
つまり、一般に渡される最初の色紙?
そのサイン色紙が我の目の前に……
……………………………………………………………………………………
蜘蛛はいなかった。
うん、いなかった。
我の頭の中では、このサイン色紙をどう保管しようかでいっぱいだった。
奇妙な名と言っているのは、父方の名前を続けることではなく、個々の名に関して。
ヘンダーソン=ウィルソン=ジョンソン
日本人の感覚だと、山田=中田=村田。
ちなみに、父の名はウィルソン=ジョンソン=ジャクソン
祖父の名はジョンソン=ジャクソン=ジェニファーソン
追記)
~ソンが〇〇の息子の意味だとのご意見を感想でいただきましたが、承知しております。
そのうえで、このように扱っております。
~ソンが〇〇の息子の意味ですが、それは語源や由来であって現状を示しているわけではないから、気にしなくていいだろうの精神です。
例えば「フィッシャーマン(漁師)の姓を持つキャラを作ったら、かならず漁業関係者にしなければいけないのか?」「その必要はない」と思うので。
村議会「偽物対策として、本物の展示をお願いします」
ヨウコ「それを参考に、偽物が作られないかコン?」
村議会「大丈夫です」
ヨウコ「存在しないほうがよいのではないかコン?」
村議会「大丈夫ですから」
ヨウコ「わ、わかったコン」
村議会「村長用、ヨウコさま保管用もお願いします」
ヨウコ「仕方がないコン」
村議会「展示しているサイン色紙の窃盗未遂が多発しているので警備を増やします」
ヨウコ「展示を取りやめればよいのではないかコン?」
村議会「警備を増やします」
ヨウコ「いや、だから……」
村議会「警備を増やします」
ヨウコ「わ、わかったコン」
こんな会話がされたとか、されなかったとか。