ミルトン=ヘイ
こんにちは。
五村で古着店をやっている男、ジョンソンです。
年齢?
百は超えていますが、詳しくは覚えていませんね。
私の記憶は、お客さまと古着で埋まっていますので。
古いお客さまのことを思い出すと……二百年を超えてました。
ふふふ。
魔族なので、年齢はあまり気にしないのですよ。
さて、みなさま。
一般の人の服飾事情というものをご存じでしょうか?
一般の人の服は、基本的に古着です。
着ている古着が着られなくなったら、新しい古着を求める。
そんな感じです。
なので、新しい服というのは、滅多に着ることがありません。
一般の人にとっての新しい服というのは、新しい古着ということです。
そして、一般の人が持つ服の数は二~三着。
その二~三着も着まわすのではなく、季節に合わせて重ねて着たりします。
数年前までは、世界のどこでもそうでした。
ですが、この五村は違います。
一般の人で服を十着ほど持ちます。
そして、重ねて着るのではなく、夏には夏の服、冬には冬の服を着ます。
気分によって着る服を変えたりもします。
なので、住人はとても華やかですし、古着を取り扱う私のお店にはいつも人が溢れています。
これは、この五村の治安がとてもよいからでしょう。
服は財産です。
盗まれたりする危険を考えれば、普通は余計な服を持とうとは考えません。
しかし、盗まれる危険がなければ、服を持とうという気持ちにもなろうというものです。
もちろん、住人が新しい服を求められるほどに懐が暖かいのも理由の一つですね。
ええ、この村の住人はお金を持っています。
求めれば仕事はいくらでもあり、収入を得る環境があるからなのですが、それに加えてこの村の税はとても安い。
それで大丈夫なのかと住人が不安になるぐらいに。
私はこの村の村長の代行さまとお会いする機会があり、幾度か話をさせていただきましたが、税が安いことの理由を聞き出すことに成功しました。
その理由とは、住人を育てているからだと。
村や街にとって欲しいのは、税をしっかりと納めてくれる住人。
では、どうすれば税をしっかりと納めてくれるのでしょうか?
経済的に余裕があり、税を納めることで得られる利益……つまり村や街に住み続けたいと思わせること。
だから税で住人の財産を搾り取ってはいけない。
税を安くして、娯楽を提供する。
そして、治安をよくする。
そうすれば人が集まります。
人が集まれば村や街が手にする税が増えるので、運営に問題はない。
娯楽は住人に楽しみを与えると同時に、住人たちがお金を使って経済が回る。
経済が回れば、必要とされる物が増え、仕事も増える。
治安は当然、よくなればよくなるだけ歓迎される。
「集めた税を使うのが行政の仕事。
貯め込んではいかん。
金は動かすものだ」
代行さまはそうおっしゃってました。
なるほどと思います。
まあ、横にいる秘書官から「非常事態に備え、貯えるのも行政の仕事です」と言われていましたけど。
なにはともあれ。
代行さまのお考えは、住人を育てること。
つまり、住人を豊かにすることだと察することができました。
そして、代行さまのお考えに村長も賛同されている。
いや、むしろ村長のお考えを代行さまが遂行しているのが正しいらしいです。
ならば安心して商売ができるというもの。
住人にとって、古着は手を出しやすい贅沢の一つ。
食べ物のように消えることもなく、着て楽しむことができます。
ああ、私の店では古着をそのまま売るのではなく、お客さまに合わせてサイズ調整をしたり、刺繍を加えて新たな個性を出したりしています。
個々の家庭でもできることですが、そういったサービスをすることでほかの古着を扱う店との差別化を狙っているのです。
古着の取り扱いは、お客さまとの繋がりが大事ですからね。
ある日、代行さまから呼び出しがありました。
どういった内容かと思えば、服や布を大量に購入したいとのこと。
買い叩かれるわけではなく、適価での購入とのことで店としては嬉しいことなのですが……
「なにか問題があるのか?」
いえ、求められている量をお売りしますと、当店の在庫が尽きてしまいます。
「ああ、商売の邪魔をする気はない。
売るのは可能な量でかまわん」
ありがたい代行さまです。
では、可能な量をお売りしましょう。
ある程度の質を求められておりますが、この量になると値がそれなりに張ります。
支払いは分割ですか?
「金はある。
一括で払う。
ああ、物での支払いがよければ、そっちでもかまわんぞ」
ははは。
経済を回すというお考えを聞いておりますので、お金で……
ん?
待った。
冷静になれ私。
落ち着くのです。
私は村長にお会いしたことがあります。
代行さまのもとを訪れたときです。
偶然にも会いました。
最初は頼りなさそうな若者だと思いました。
ですが、すぐにその考えを改めました。
彼の着ている服は、デーモンスパイダーの糸で作られたものです。
超高級品を日常使いしている村長が、頼りないわけがありません。
それに、どうみてもただ者ではない代行さまが頭を下げる相手ですしね。
私ごときが甘くみていい方ではないでしょう。
気を引き締めたことを思い出しました。
そうです。
村長の服はデーモンスパイダーの糸で作られたもの。
その服は村長にぴったりのサイズでした。
デーモンスパイダーの糸は、当然ながらデーモンスパイダーからしか採取できません。
災害と恐れられるデーモンスパイダーの糸を集めるのは至難の技。
現存するデーモンスパイダーの糸で作られた服は、遥か昔の時代の服を調整したもの。
村長の服もそうだと推察します。
当然、調整したのでしょう。
つまり、端切れがある可能性が大!
あの服が欲しいとは無礼すぎて死んでも言えませんが、あの服の端切れなどは願えばもらえないものでしょうか?
デーモンスパイダーの糸で作られた服の端切れでも、古着を扱う私にとっては宝。
私の一生に悔いなしと言えますし、息子たちにも自慢できます。
村長の着ているデーモンスパイダーの糸で作られた服の端切れが欲しいです。
言うだけなら叱られたりはしないでしょう。
駄目でもともとですしね。
言ってみました。
断られました。
ですよねー。
「端切れは存在せんのだ。
布ならあるのだが……」
………………
え?
「布でよいのか?
なら、どれぐらい欲しい?」
え?
「とりあえず、服を一着作れるぐらいでかまわんな。
すぐに用意してもらおう」
えーっと……
「布や古着の代価が、布なのも変な話ではあるな。
ふふふ」
私の店には、デーモンスパイダーの糸で紡がれた布があります。
一着分の服を作れる量。
たぶん、これ。
私のこれまでの人生で売り買いした額を遥かに超える貴重品ですよねぇ。
でもって、この布を裁断するには魔法のかかったナイフが必要らしく、それも貸してもらいました。
…………
私の店は古着を取り扱っているが、私は服を作ることだってできます。
正直に言いましょう。
服飾界で噂のデザイナー。
ミルトン=ヘイとは私のことです。
古着と称して私の作った服を販売していたら、噂になりました。
つまり、服を作ることにはそれなりに自信があります。
ですが、まだ布に手を出せずにいます。
失敗を恐れているのではありません。
誰のための服にするかを悩んでいるのです。
これだけの布で作られた服ですので、価格も凄いことになります。
となると、人が限られます。
まず、最初に浮かんだのが村長。
村長に着てもらう服にするのが一番でしょう。
ですが、すでに村長はデーモンスパイダーの糸で作られた服を持っています。
それと比べられることに私は耐えられるのでしょうか。
無理です。
服を作ることに自信はありますが、比べられるのは好きではありません。
競うことが好きなら、ミルトン=ヘイはもっと有名人です。
次に考えたのは代行さま。
しかし、代行さまが着ている服は、魔法製。
代行さまの魔力で生み出された服です。
それを愛用しているのですから、わざわざ私の作った服を着てくれるでしょうか?
では、自分のための服?
…………
もったいない!
うん、駄目です。
息子や娘もかわいいですが、年齢的にはかわいいを通り越して一人前の成人ですからねー。
孫……それなりにいるので、一人にというわけにはいきません。
うーむ。
困った。
誰のために作るべきでしょうか。
そうこう悩みながらも日が進み……
「代行だコン!」
代行さまがデーモンスパイダーの糸で作られた、かわいい服を着ていました。
この瞬間、閃きました。
いや、新しい扉が開いたというべきでしょうか。
代行さまのために作る。
決めました。
ええ、かわいい服がライバルになるでしょうが、かまいません。
私の閃きを形にし、代行さまに着てもらいたい!
代金のことは考えない!
さっそく布の裁断に……
待った。
冷静に。
落ち着いて。
まずは代行さまにお願いせねばなりません。
ええ、お体のサイズを測らせてくださいと。
……
言えますか?
言ってみました!
断られました。
ですよね。
となると……
目で測るしかない。
代行さまの周囲に基準となる物を置いて、その物との差で測る。
やれる。
やれます。
私なら。
待っていてください代行さま。
新しい服をご用意いたします。
きっと気に入ってもらえるでしょう。
ふふふふふ。
ヨウコ 「お主らのために布や古着を集めるのだ。布ぐらい出してもらうぞ」
ザブトンの子供たち「よろこんでー」
かわいいヨウコ 「最近、周囲に四角い物や網目状の物がよく置かれているコン」
お久しぶりです。
更新が遅くなり、すみません。
そろそろ週1なり週2の更新にしたいなと考えております。
理想は週3更新。