狐の処遇
ヒトエ 九尾狐(まだ九尾じゃないけど)。ヨウコの娘。
朝。
起きたセイテンに改めて挨拶をし、俺は《酒肉ニーズ》を出ようとする。
ちなみに宴会は終わってはいない。
このまま続行されるようだ。
ただ、謝罪の宴会の意味は終わったので、俺がこのタイミングで帰っても問題はない。
聖女のセレスは、途中参加してきたピリカや聖騎士のチェルシー、《クロトユキ》の店長代理であるキネスタと飲み続けるようだ。
無理はしないように。
それと、ニーズ。
蛇神の鱗と一緒に、あそこの貴重そうなのは保管しておいて。
あとで取りに来るから。
よろしく。
ザブトンの子供たちに連れていかれたヨウコが心配なので、俺は急いでヨウコ屋敷に戻る。
出迎えはザブトンの子供たち。
ザブトンの子供たちが堂々といるということは、屋敷内には大樹の村の関係者しかいないということかな?
ザブトンの子供たちの案内に従って移動すると、和室の部屋に案内された。
ここにヨウコがいるのか。
そう思って部屋に入ると、そこには変わり果てたヨウコの姿があった。
「やっとお帰りだコン。
遅いぞー、もー、ぷんぷんだコン」
えーっと……
ツインテールの髪型にカチューシャを装着し、フリルマシマシの和服をきっちりと着こんだうえに前掛けエプロン?
和風レストランのウェイトレスかな?
いや、言動から和風メイド喫茶のウェイトレスか。
狐耳と九つの狐尻尾は自前だからコスプレじゃないけど、語尾がコンだからコスプレっぽさがあるしな。
きっちりと「私、怒ってます」とわかるポーズも決めているし。
「……こ、殺せ」
ヨウコが顔を真っ赤にしながら、プルプル震えている。
なにがあったのかはわからないけど、正気は保っているようだ。
い、いや、あー、似合っているぞ。
うん。
で、どうしてそんな格好に?
「話し合いの結果だ……コン」
そうか、話し合いの結果か。
ちらりと部屋の隅を見ると、ドレスとかメイド服とか巫女っぽい服がたくさん散らかっており、それをザブトンの子供が片づけていた。
激しい話し合いだったようだ。
救出が遅くなってすまない。
「いや、酔い潰れた我が悪いのだ」
そうヨウコが言うと、ザブトンの子供たちが足で床を叩きながらヨウコを見た。
そしてヨウコが言いなおす。
「……よ、酔ったヨウコが悪いのだぞよ。
気にしちゃ駄目だコーン」
かわいいポーズだ。
わかった。
気にしないことにする。
だから、目で気にしろと伝えてくるのは止めて。
さて、ずいぶんとヨウコのキャラを作り込んでいるようだが、ずっとこのままなのか?
ザブトンの子供たちに聞くと、十日ほど続けてもらうそうだ。
そうか。
その代わり、ザブトンの折檻は免除?
いいのか?
いや、俺も止めるつもりではあったけど。
ザブトンが起きた段階で、この格好でおはようの挨拶をする約束?
えーっと、ヨウコがそれで納得しているなら……
納得しているみたいだな。
わかった。
それじゃあ、俺は村に戻って寝るよ。
徹夜だったからな。
ああ、ヨウコ。
セイテンはしばらく五村に滞在するそうだ。
帰る前には挨拶に来るって言ってた。
あと、狐の神が……わかっている?
了解。
それでは……ん?
ヨウコも一緒に戻るのか?
「うむ、同行しよう。
村に連絡はしておるが、村長を五村に拘束したことを改めて説明せんといかんからな。
……違った。
一緒に行くコン。
みんなにいっぱいお話ししたいことがあるコーン」
……
が、頑張れ。
村に戻ったとき、ヨウコの姿に誰も突っこまなかった。
見て見ぬふりをするのは優しいが、言ってやるのも優しさだぞ。
あと、ヒトエ。
知らないお姉ちゃんじゃないから。
君の母だから。
……
二度見しないように。
起きて昼過ぎ。
コンさんが目を覚ましたとの連絡があったので、五村に行く。
……
まだ人の姿には戻れないのか、大きい銀毛の狐がものすごくションボリしていた。
行いを反省しているのかな?
そうヨウコに聞くと、少し悩まれた。
反省もあるが、宴会に参加できなかったことを嘆いていると。
なるほど。
セイテンの言っていたとおり、参加できないのは罰だったか。
ところでヨウコ。
「なんだコン?」
その姿に対して、コンさんはなんと?
そうヨウコに聞いたが、答えたのはコンさんだった。
「自分の行いの罪深さを知りました。
改めて、申し訳ありません」
そっか。
まあ、いろいろと反省してほしい。
俺はよくわかっていないけど。
「それで、村長。
コンちゃんたちの処遇はどうするんだコン」
ヨウコに促されるが、俺としてはどうしようもない。
殺気を飛ばしてきたので罰せよとなると、ちょっと困る。
俺はその殺気を感じたわけじゃないしな。
ヨウコの言い分では、実際に殺すまではしないだろうとのことだし、動く前に刺しちゃったから未遂になる。
セイテンに倣って、「なにもなかった」でいいんじゃないかな?
「村長がそうするというなら、わかったコン」
かわいいポーズだ。
そしてヨウコはコンさんに向いて……
「わかっておるな」
そう言うと、コンさんは俯いた。
どういうことだろう?
俺には、わからないのだけど。
あとで説明してもらえるかな?
それと足で床を鳴らしているザブトンの子供たち。
いまは許してやって。
うん、シリアスな空気だから。
これで終わりと俺とヨウコは、コンさんを置いて部屋から出る。
「あやつはしばらく動けぬが、セイテンが帰るころには……ええい、わかっておる。
コンちゃんはしばらく動けないけどー、セイテンちゃんが帰るときには動けるんじゃないかなーコン」
十日もこれが続くのか。
なかなか激しい罰だな。
それで、これから向かう場所は?
和室じゃないみたいだけど?
「コンちゃんのお友達の部屋だコン」
ああ、そうか。
同行者がいると言っていたな。
「少し離れた場所だコン」
了解。
あ、それじゃあ道すがらでなんだけど、さっきのはなんだったんだ?
コンさんが俯いたやつ。
「あれは、コンちゃんとのトラブルはなかったことにするのだから、雇ってほしいというお願いもなし。
改めて頼むのも駄目だよーってことだコン」
ああ、なるほど。
だから俯いたのか。
事情を聞いたから、なんとか力にはなってやりたいとは思うけど……
土産にいろいろと持たせるぐらいが精一杯かな。
そんなことを考えながら、目的の場所についたのかヨウコが部屋の扉を開けた。
……
そこには、十頭……いや、十一頭の銀毛の狐が並んで座っていた。
つぶらな瞳でこっちを……いや、俺を見ている。
そのなかで一頭が声を出す。
「銀狐族のキツと申します。
この度はご迷惑をおかけしました。
改めてお詫び申し上げます」
一斉に頭を下げた。
おお、賢い。
じゃなくて……
いやいや、気にしなくていいんだ。
あー、ここにいるのは全員が人の姿になれると聞いていたけど?
「反省の姿勢を見せるためです」
そうか。
えーっと……
どこを見ても銀毛の狐。
尻尾がふわふわしている。
……
不躾だけど、尻尾を触っても?
「どうぞ」
おお、なかなかの毛触り。
悪くない。
うん、悪くない。
いい。
……
ヨウコ。
「なんだコン?」
五村の近くに、人の手の入っていない山ってあったっけ?
禿山じゃなく、木がちゃんとある。
「いくつかあるが、どうするのだコン?」
山の一つを動物の保護エリアにする。
冒険者たちに依頼して、候補の山にいる好戦的な魔獣、魔物の退治を進めてほしい。
「それはかまわぬが……コン」
銀狐族にはそこへの移住を提案しよう。
「……よいのかコン?」
いいのいいの。
思い出してみれば、ヒトエが村に来たときにコンと名づけて飼おうとしたこともあった。
やってきた銀狐族の長の名がコン。
これも縁だろう。
ということでキツさん。
あとでコンさんにそう伝えてもらえるかな。
「あ、ありがとうございます。
えっと、部屋から出ても?」
出てもいいけど、もうちょっと尻尾を撫でさせてもらえると。
「しょ、承知しました」
あ、ほかの銀狐族たちも、尻尾を撫でていい?
では遠慮なく。
幸せな時間を堪能した俺だった。
でも、ヨウコの機嫌がちょっと悪くなった。
いやいや、毛触り自慢をされても困る。
人の姿の者に「尻尾を撫でさせて」は言えない言えない。
前話補足
セイテンを責めるべきじゃないかという意見に関して。
ヨウコがセイテンを責めると、銀狐族の立場がなくなってしまいます。
ヨウコは銀狐族を滅ぼしたいわけじゃないのでセイテンを責めず、コンの行いを銀狐族に代わってセイテンに謝ってます。
それを察してセイテンが「なかったこと」で手打ちを提案しています。
わかりにくい表現、すみません。
●キツの尻尾を撫でながら。
村長 「コン、キツ……ほかの狐にも名前があるよな?」
キツ 「はい、右からブチ、マル、ハナ、ゴン……」
村長 「ゴン?」
キツ 「は、はい、ゴンですが……なにか?」
村長 「そうか……お前がゴンか……」
キツ 「あの、なぜ泣いているので?」
村長 「気にしないで。悲しい物語を思い出しただけだから」
キツ 「はぁ」
村長 「ところで、ヨウコ。ずっとこっちに尻尾を向けているのはなぜだ?」
ヨウコ「気にするなコン」