仲直りの宴会
夕方。
俺とヨウコは、《酒肉ニーズ》に向かう。
今日の《酒肉ニーズ》は宴会のために貸し切りだ。
だが、貸し切りを表明してはいない。
なのでやって来る客はいる。
その客は幸運だ。
今日の支払いは、全て五村(俺)になるのだから。
謝られた側がここまで負担しないといけないのかと首を傾げたくなるが、元を取ってもあまるほどの謝罪の品だったそうなので細かいことは言わない。
しかし、《酒肉ニーズ》から客が溢れて、寒いなか外での宴会になっている者たちもいるけど大丈夫なのか?
「なに、酔って外で寝ても、死ぬ前に警備隊が回収するであろうよ」
いや、そっちの心配じゃなくてだな。
「?」
このままだと、五村中で宴会になるんじゃないか?
「ふふふ。
そうなるであろうな。
大丈夫だ。
それぐらいで五村の財政は傾かん」
それは知っているけど、参加できなかった者が不満に思わないか?
あと、肉や酒の在庫には限りがあるだろ?
まだ冬だぞ。
在庫を空にされたら困る。
「五村中で宴会をやっておるのに参加せん者は、自分の意思で不参加なのであろう。
気にすることもない。
ああ、警備隊の者は交代で参加するであろうよ。
肉と酒の在庫に関しては、今後に困る放出はするなと言っておる。
心配におよばん。
一応の用心として、シャシャートの街のミヨに肉と酒を買い集めるように伝えておるから、不足することにはならん」
むう、隙のない為政者の姿。
俺もこうありたい。
店の外まで客が溢れているが、俺とヨウコには店内の席が用意されている。
二番目にいい場所にあるテーブル席だ。
そこにはニーズとセイテンが座っていて、すでに飲んでいた。
セイテンはかなりできあがっている様子だ。
ひょっとして、謝罪に行った流れで飲みだしたのかな?
それならわからなくもないが、ニーズは飲んでいていいのか?
従業員が育っているから大丈夫?
でもって、ニーズも今回の件には絡んでいるから給仕をするよりは参加したほうがいいと。
そういうものか。
わかった。
それで……
セイテンの横に見覚えのある者がいた。
虎の聖獣サンゲツの人の姿だ。
酒の仕入れに来たら、知り合いのセイテンがいたから一緒に飲んでいた?
まあ、同じ聖獣。
知り合いでもおかしくはないか。
今度、象の聖獣ガネシュイも呼ぶ?
来るなとは言わないが、トラブルは避けてくれよ。
俺が席に座ると、ニーズによって流れるように俺の前の網で肉が焼かれ始めた。
そして、セイテンによってコップを持たされ、そのコップに酒が注がれる。
これは絶対に食べて飲まないと駄目なやつだな。
俺がそう確認の視線をヨウコに送ると、その通りと頷かれた。
えーっと、いただきます。
かんぱーい。
俺は酒を飲んだ。
一気飲みは危ないので、一口分だけ。
そして肉を……あ、まだ焼けてないのね。
もうちょっと待とう。
ところで、一番いいテーブル席に誰も座っていないのが気になる。
十人ぐらいが座れる広さのテーブル席に食事の用意がされているから、誰か来るのだろうけど……
このあと、誰か来るのか?
そうニーズに聞くと、あそこは神の席だと言われた。
「セイテンさまは猿の神の使いでもありますからね。
蛇の神の使いである私と同席しての宴会で、神をのけ者にするのは不敬です。
なので、ああして席を用意し、祭っているのです」
へー。
なかなか信心深いというか、蛇の神の使いだから当然か。
しかし、事情を知らない者からすると店のなかで一番いい席が空いているのはトラブルのもとではなかろうか?
「大丈夫ですよ。
ちゃんと説明すればわかってくれます」
ほう。
「まあ、なかには村長の席かと納得する者もいますが……」
それはちゃんと説明しているのか?
「してますよー。
神の席だって」
それでなぜ俺の席になる?
変な宗教が五村で生まれてたりしないだろうな?
少し不安になる。
まあ、それは置いておいて。
なんだったら今度、蛇の神のための社を造ろうか?
「よろしいので?」
小さくはなるだろうけどな。
ニーズには世話になっている。
店の近くに場所を探そう。
「ありがとうございます」
ニーズがそう答えた瞬間、誰も座っていない一番いいテーブル席がきらりと輝いた。
なんだろうと思っていると、ニーズがそのテーブル席に駆け寄り、なにかを持って戻ってきた。
手の平ぐらいの大きさの……エメラルド色の……なんだろう?
「えーっと……蛇の神の鱗のようです。
ご神体にせよと言ってます」
ははは。
蛇の神も社を望んでいるってことかな。
できるだけ早く造るようにするよ。
「す、すみません」
ニーズが謝ることじゃないさ。
宴会の最中、ヨウコがタイミングをみてセイテンにコンが起こした事件の説明をした。
その上でヨウコがコンに代わって謝罪しようとしたのだが、セイテンに止められた。
「あー、折り込み済み、折り込み済み。
銀狐族を雇った段階で、ある程度は覚悟してます。
謝る必要なんてないですよ」
「そうなのか?
いや、それはそれで申し訳ないのだが……」
「私たち動物系は、どうしても他種族とトラブルを起こしやすいですからね。
ですが、銀狐族の起こすトラブルは穏やかなものです。
気にしませんよ」
「気にせんのはありがたいが……よいのか?」
「ははは。
猿の種族の面倒見ると、わかりますよ。
ええ、きっと。
なんでしたらいくつか事件を語りましょうか?
面白くないうえに、酒が不味くなりますけど」
「あー、いや、その話はまたにしよう。
酒は美味しく飲むべきだ」
「ですよねー。
ささ、ヨウコさまも飲んで飲んで」
「いただこう。
しかし、コンたちが問題を起こしたことにはかわりない。
なにか罰を与えねばと思うのだが」
「んー。
コンさんたちはこの宴には参加していないのでしょう?
でしたら、それが罰ですよ」
「……承知した。
猿の聖獣であり、猿の神の使いであるセイテン殿。
九尾狐のヨウコ、銀狐族に代わって改めて謝罪し、感謝する」
「堅苦しい堅苦しい。
元よりトラブルはなかった。
それでいいではないですか」
「承知した。
では、一献差し上げたい」
「ありがたく」
セイテンへの説明と謝罪はなんとかなったようだ。
セイテンが根に持つタイプでなく、助かった形だな。
セイテンが帰るとき、土産を奮発しておこう。
日が完全に暮れたが、宴会は続いている。
さすがに途中で抜けるわけにもいかず、俺は残っている。
セイテンとヨウコは……完全に潰れたな。
セイテンは知らないが、ヨウコは珍しい。
まあ、セイテンから酒を勧められたら断れないか。
しかし、宴会のあとでザブトンの子供たちとの話し合いがあることを完全に忘れているよな。
ちょっと心配だ。
ニーズは……同じように飲んで酔ってはいるが、潰れる様子はない。
強い。
虎のサンゲツは……なんだろう?
酔って歌っているというか……詩を詠んでいるのかな?
詩の良し悪しはわからないけど、壁に書かないでほしい。
掃除が大変だから。
ん?
誰かが店に入ってきた。
客をかき分け、こっちにやってくる。
聖女のセレスだ。
なにやら怒っている様子。
どうした?
「どうしたと聞きたいのはこっちですよ!
なにをやったんですか!
動物の神が次々に私に語りかけてきて、頭が痛いんですけど!」
え?
「なにを求めているかはわかりませんが、言葉の端々に村長の単語が出てきました。
“私にも”とか、“造ってほしい”とか言ってます」
あー、たぶん蛇の神のための社を造るって言っちゃったからだろうなぁ。
思い出して一番いいテーブル席を見ると、なにやら金や銀に光る物がいろいろと置かれている。
俺はそのままニーズを見ると、ニーズは顔を背けた。
「へ、蛇の神は無関係です。
もちろん私も」
そっか。
「一番うるさいのは狐の神ですね。
たぶん。
ヨウコさまを呼んでいるようですが……お休みでしたか」
あー、飲み潰れただけだから。
起きたら伝えておくよ。
「よろしくお願いします。
あ……声が収まりました。
どうやら、上の神が出て止めてくれたようです」
それはよかった。
そして、迷惑をかけてすまない。
「いえ、こちらこそ怒鳴ってすみませんでした。
悪いのは村長ではないのに……
ええ、悪いのは無理やりに語りかけてくる神のほうです」
聖女のセレスは頭痛が治まったからか、機嫌よく帰っ……帰らない?
「実は夜の食事がまだでして。
ご一緒させていただいても?」
どうぞ。
肉と酒はまだまだある。
宴会はまだまだ続きそうだ。
そして、酔い潰れたヨウコがそのままの姿勢で空中に浮いていく。
ヨウコが浮いている場所の天井をみるとザブトンの子供たちがいた。
ザブトンの子供たちが待ちきれず、ヨウコを連れて行くみたいだ。
どうしよう。
「村長。
こっちのお肉も焼いていいんですよね?」
あ、ああ、かまわないぞ。
その肉はこのあたりで焼くと美味しくなる。
「ここですね。
では、一気に三枚ほど。
あ、村長も食べますよね。
それじゃあ、もう三枚追加しますね」
……
すまないヨウコ。
セイテンが起きたとき、俺とヨウコのどちらもいないのは問題になる。
宴会が終わったら止めに行くから。
セイテンが早く起きることを祈ってくれ。
そう心の中で言いながら、俺は宴会に参加し続けた。
ちなみに、セイテンが起きたのは翌日の朝だった。
コンの処遇まで書ききれなかったです。
すみません。
次話で頑張ります。
年末年始の予定が埋まり始めました。
なので、書けるうちに書きます。