四十年周期
反省。
ソリが安全と思ったのは間違いだった。
たしかにソリは速度は出にくいし、後ろに倒れることで止まることも簡単だ。
しかし、速度が出ないわけではないし、確実に止まれるわけでもない。
さらに、蛇行しながら滑走するスキーと違い、ソリは真っ直ぐ降りる直滑降が基本。
直滑降は速度が出る。
……
改めて。
ソリだって、速度を出せば危ない。
雪山から直滑降で降りて、そのまま平らな場所をかなりの時間、止まらないソリの上で俺はそう思った。
昼過ぎ。
俺は客間に設置した大きいコタツに入る。
座椅子がいい感じだ。
でもって、コタツのテーブルの上にはカゴに入ったミカン。
いいね、似合う。
飲み物は紅茶。
コタツには緑茶だと思うけど、ミカンがあるからね。
個人の好みだろうけど、ミカンには緑茶より紅茶が合うと思う。
まあ、緑茶の種類や紅茶の種類で合ったり、合わなかったりするのだろうけど。
今日は紅茶を楽しむ。
その俺の入っているコタツの正面、対面に魔王がやってきた。
妹猫の四匹も一緒だ。
姉猫たちは虎のソウゲツにべったりになっているので、前ほど魔王とは一緒にいない。
その隙をついて、妹猫たちが魔王を独占している形。
一匹ぐらいこっちに来ないかなとコタツを少しまくり、太ももを叩いて誘ってみたが……
やってきたのはクロだった。
うん、重い。
さすがに乗られるのはきびしい。
クロもわかっているのか、すぐに降りて顎を俺の太ももに乗せた。
よしよし。
クロの角にはカバーをつけているので、危なくはない。
角のカバーはやっぱりいいな。
コタツに入っても、コタツ布団を傷つける心配がない。
俺がクロの頭を撫でていると、ユキがやってきた。
クロと同じように角にカバーをしている。
そのカバーの装着の順番で、遅れたのだろう。
そしてクロに並ぶように俺の太もも……は狭いので俺の脛に顎を乗せてくる。
甘えて来るのはうれしいが、そうなると俺はほぼ足先しかコタツに入れないのだが?
あと、ユキの頭が遠いので撫でにくい。
ユキもそのことに気づいたのか、横のクロに視線を送っている。
視線を送っている。
送っている。
……
クロは頑張ったと思うぞ。
うん、誇っていいと思う。
俺がクロの立場なら、すぐに譲ったもん。
ほら、コタツに入っていいぞ。
俺の横がいい?
かまわないぞ。
よしよし。
ユキもよしよし。
だが、クロを大事にしないと駄目だぞ。
改めてコタツに入る。
クロとユキは俺の左右でコタツに入っている。
俺の対面にいる魔王は、コーヒーを片手に猫たちとまったりしている。
そこにヨウコがやってきた。
コタツの右側に入る。
この時間にヨウコが大樹の村にいるのは珍しいな。
なにかあったのか?
「ヒトエと一緒に昼食を食べる約束をしておったのだが、ヒトエがこちらで食べると言ってな。
今日の仕事を切り上げて戻っただけだ」
ヨウコはヒトエに甘いなぁ。
「娘に甘いのは当然のことよ。
それに、ヒトエは我のために、カマクラと鍋うどんを用意してくれておってな」
さすがに幼いヒトエが一人でカマクラと鍋うどんを用意するのは厳しく、誰かの助けを借りたのだろうけど、その気持ちが嬉しいとヨウコが惚気に惚気た。
素直に羨ましい。
魔王も同じ気持ちのようだ。
対抗して、魔王の娘が小さいときに頑張って花飾りを作ってくれたエピソードを披露していた。
俺も対抗して……
「ああ、待て待て村長。
少し仕事の話がある」
ヨウコに止められた。
「村長が以前よりやらせておった魔物調査団の件だ」
五村でやっていたやつ?
問題があったのか?
「直接的な問題ではないのだがな。
それなりの範囲で魔物の調査をしておると、各地に点在している小さい集落を見つけることがある。
そこで情報を交換することがあるのだが……」
ヨウコがそう言って地図を広げた。
横に長い地図。
五村やシャシャートの街の近郊の地図だな。
地図が横に長いのは、北はドライムの巣がある山で、南は海だからか。
魔王も興味を惹かれたのか地図を覗き込む。
「この辺りの集落から集めた情報で、四十年周期で疫病が発生している話がある」
疫病?
「長期間の発熱と嘔吐が病状だ。
体力のないものから死ぬらしい」
ひょっとして、その周期が近い?
「来年の冬がその周期になる」
来年の冬か。
つまり、まるまる一年先。
時間的には余裕があるな。
「薬や治療体制を整えるには十分な時間だろう。
だが、ちょっと気になる話があってな」
気になる話?
「うむ。
疫病の話があった集落の北東……かなり離れた場所になるのだが、ここで四十年周期で活動する魔物の話がある」
四十年周期で発生する疫病と、四十年周期で活動する魔物。
関係があるか?
「わからぬが、その魔物の活動周期は今年の冬になる」
今年って、今?
「うむ。
どうする?」
どうするもなにも、調べるしかないだろう。
疫病の原因なら討伐しないと駄目だろうし、違うなら放置すればいい。
放置でいいよな?
ひょっとして、狂暴な魔物だったりする?
「そういった話は聞いていないな。
四十年周期で見かけるレアな魔物だという話だけだ」
なら調べよう。
こういったのは自分でと思うが、せっかくアルフレートたちが戻っているのだから村から離れたくない。
一緒に調査という手もあるが、疫病が関わるかもしれないのだから止めておくに限る。
万が一があっては怖い。
ヨウコに任せていいか?
「承知した。
冒険者ギルドに依頼し、冒険者を動かそう。
ただ、その調査での被害は抑えたい」
当然だな。
「魔物にやられたなら冒険者の宿命と思うが、近づいて病気になったでは哀れだ。
病気の治療に世界樹の葉の使用を許してほしい」
もちろん、許可する。
好きなだけ……は言い過ぎだな。
百枚ほど持っていってくれ。
「うむ。
世界樹の蚕たちには、村長から話をしてもらえると助かる」
かまわないが、蚕って冬眠しているんじゃないのか?
「あれは特殊な蚕だ。
繭をノックすれば、顔を出すぞ」
そ、そうだったのか。
わかった、話しておくよ。
とりあえず、俺の許可があると言って持っていってくれ。
「うむ。
まあ、五村に行くのは明日だ。
今日は休む」
そう言って、ヨウコは広げた地図をまとめ、コタツから出ていった。
それを見て、魔王が俺に頭を下げた。
「すまぬ、村長。
疫病絡みの話なら魔王国が先に動かねばならなかった。
急ぎ、こちらでも調査に動く」
わかった。
まあ、四十年周期を知らなかったのなら、仕方がないさ。
気に病まないように。
そっちでも病気の治療に世界樹の葉が必要になったら言ってくれ。
用意する。
「かたじけない。
あと、かたじけないついででなんだが……」
なんだ?
「ヨウコ殿の持っていた地図の写し、もらえぬか?
あそこまで精巧な地図は魔王国にもない」
ヨウコに言っておくよ。
ただ、対価は取られると思うけど。
「地図作りにかかる労力は知っておる。
タダでもらおうとは思わぬ。
対価は十分に用意しよう」
魔王はそういってコタツから出て……妹猫たちに文句を言われ、コタツに戻った。
三十秒ぐらい妹猫たちに「すまぬ」と撫でながら謝り、コタツから出ていった。
疫病の調査を命じるために魔王国に戻るのだろう。
猫に惑わされない魔王の鑑だ。
世界樹の葉での治療に関して。
大樹の村以外の場所では「世界樹の葉」の名前を使用せず、「五村の霊薬」「魔王国の秘薬」などの偽名で使用されています。