アンとラムリアス
うーん。
トラインとキアービットか。
考えたことのない組み合わせだなぁ。
年齢の差は……まあ、考えないとして。
トラインがまだ若すぎる。
俺としては本格的に話を動かすのはトラインがもう少し大人になってからにしてほしい。
少なくとも、親の意見に反発できるようになってから。
ただ、話があったことは覚えておく。
「承知しました。
よろしくお願いします」
よろしくもなにも、自分の息子のことだ。
ちゃんとするよ。
アンの意見も聞きたいしな。
「私は村長のお考えに従います」
メイドとしてはそれでいいだろうけど、トラインの母親としてはそうはいかないだろ?
そして、今回は母親として考えるところだ。
まあ、ちょっとずつ話し合っていこう。
「……わかりました」
と言っても、アンがこの話に前向きなのは感じている。
キアービットならある程度の性格もわかっているし、息子の相手と考えれば不満が少ないのだろう。
じゃあ、なにを話し合うんだとなるが、それはそれ。
息子を取られる母親として、不満がまったく出ないことはない。
絶対にない。
しかも、アンはトラインを溺愛している。
過剰なぐらいに。
将来を考えてアンはトラインを厳しく鍛えてはいるが、それもこれもトラインを愛しているからだ。
そのトラインに妻になりたいと思う者がいることは、母親としては嬉しいだろうが、同時にトラインが離れていくことに不安や寂しさを感じるだろう。
このあたりをしっかりと整理しておかないと、相手が誰かはおいておいて、トラインが結婚するときに揉める。
……
あれ?
ちょっと待て。
変だ。
おかしい。
アンがトラインの結婚に関して前向き?
あまつさえ、賛成している?
どういうことだ?
普段のアンなら……
「あの天使族、私のトラインに目をつけてました。
ぶち殺してもいいですか?」
ぐらいは平気で言う。
そして実際は、俺に言う前に殴っている。
そう、すでに殴っているはずだ。
なのに、素直に打診を受けて俺に報告している?
んん?
殴り合ってアンが負けたとか?
ありえない。
殴り合いになるなら、アンは負けない状況とタイミングでやる。
なんでもありだとしてもアンの実力はたしかだ。
なにせルーと殴り合えるからな。
キアービットには劣らないだろう。
アンが負けるとしたら、空から奇襲を受けたときだろうけど……
さすがに村の中では不可能。
クロの子供たちやザブトンの子供たちに妨害される。
一部のクロの子供たちは、俺よりもアンに従っている節があるしな。
ご飯を与える者は、強い。
まあ、そういったクロの子供たちも大きくなれば俺に従ってくれるのだけど……
おっと、思考がずれた。
戻して……
なぜアンがトラインの結婚に前向きなんだ?
わからないことは、ちゃんと聞いて確認しよう。
「アン、なにがあった?」
キアービットから裏取引でも持ちかけられたか?
それとも、トラインの結婚後の生活に条件でも付けたか?
孫は渡せと脅した可能性もあると、俺は考えている。
まさか、トラインへの愛情を失ったとかはないよな?
「そういったことはありません」
本当に?
「はい。
ただ、キアービットさまは機を見るのが敏だったということです」
どういうことだ?
「村長。
改めてご報告があります」
ん?
なんだ?
急に?
「子を宿しました」
…………
………………………………
子を宿したって……
妊娠したってことだよな?
誰が?
アンが?
え?
あ、うん、わかっている。
わかっている……
アンが懐妊!
二人目!
おおおおっ!
「まだ妊娠の初期段階ですので、出産は来年の夏ぐらいになりそうです」
そ、そうか。
いや、めでたい。
めでたい!
すごいぞ!
そして、いろいろと理解した。
なるほど。
アンはトラインへの愛情を失ったわけではなかった。
二人目が発覚したから、トラインを任せられる者を探しただけか。
用意周到だな。
……
あれ?
それならラムリアスに任せればいいよな?
「村長。
もう一つ、ご報告があります」
え?
なんだ?
まさか……
「はい」
アンが頷くと、少し離れたところにいたラムリアスが寄ってきた。
「やりました」
ラムリアスもか!
おおおっ!
いや、たしかに最近、一緒にいることが多かったように思えるが……そうか。
めでたい!
「ありがとうございます。
私も、出産は来年の夏ぐらいになりそうです」
ああ、わかった。
仕事のほうは、アンと相談して調整するように。
なんだったら、出産まで休んでもいいぞ。
アンもだ。
……
あれ?
ちょっと待って。
アンとラムリアスが妊娠で休暇?
そうすると……
誰が屋敷の運営を管理するんだ?
これまで屋敷の運営の管理はアンに頼るところが大きかった。
いや、任せっきりだった。
ラムリアスはそのアンの片腕。
その二人が欠けるとなると、残りの鬼人族メイドで回せるか?
交代制でやっているとしても、アンのように指揮できる者はいるのか?
俺は無理だ。
アンやラムリアス並みにメイドたちを指揮しろと言われても困る。
俺がやれるのは料理の手伝い。
それも、数人分。
何十人分の料理は厳しい。
いや、アンやラムリアスのために頑張ろうという気持ちはあるが……
「メイドたちの指揮はトラインに任せることも考えていたのですが、まだ早いです。
なのでトラインは学園のほうに」
「トラインなら、学園でも十分にやっていけるでしょう」
アンの言葉に、ラムリアスが頷く。
俺も頷きたいが、心配事が……
「村長、屋敷のことはご安心を。
こういった事態を考え、用意しております」
おおっ、アンの頼もしい言葉。
「そうです。
二人が欠けた程度で立ち行かなくなる、我らではありません」
ラムリアスも頼もしい。
「ただ、手の数が不足することは、どうしても発生する問題でしたが……」
アンがそう言いながら、ちらりと横を見る。
「運よく」
ラムリアスも、ちらりと横を見る。
二人の視線の先には、夕食後のお茶を楽しむ天使族の一団。
新しくやってきた者たちだ。
「資質のある者を捕ま……失礼。
勧誘して鍛えてなんとかしましょう」
えーっと、アン。
意気込むのはわかるけど、定住の意思がある者だけにしてね。
「今後を考えれば、そうですね。
定住していただかなければ、鍛えがいもありません」
ラムリアス、妊娠中だから危ないことは駄目だぞ。
わかっているならいいんだけど。
まあ、二人もすぐに休みに入る気はないようだ。
だが、少し先を考えて動けるうちにいろいろと準備しておきたいのだろう。
頑張り過ぎないようにな。
必要な物があれば、なんでも言ってくれ。
そういった俺の言葉に返事をしたのはラムリアスだった。
「では、遠慮なく」
なにが必要だ?
「はい。
すっぱい果物を」
ラムリアスがそう言って、微笑んだ。
なんでも、妊娠した者がこういったことを言うのに、少し憧れていたそうだ。
ラムリアスにも、そういった一面があるんだな。
俺用に確保している分からなら、レモンでもオレンジでもミカンでも自由に食べてかまわない。
足りなければ、五村やシャシャートの街で買ってこよう。
アンも、遠慮なく言ってくれ。
ああ、二人目だからと油断はしないように。
慣れたときが失敗するタイミングだ。
料理とかで経験があるだろ?
俺も経験がある。
油断は駄目。
あと、二人の妊娠は誰が知っているんだ?
村のみんなに報告しておかないと。
ああ、そうだな。
明日にでも発表しよう。
だが、アンにはその前に報告しないといけない者がいるだろ?
うん、トラインだ。
恥ずかしがらないように。
一緒に報告しよう。
祝ってくれるさ。
すみません。
遅くなりました。